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20170821-

「諸君は二つのものを結合せしめるような一つの体系を要求している。すなわち一方においては事実にたいする科学的忠実さと事実を進んで尊重しようとする熱意、簡単に言えば、適応と順応の精神であり、もう一つは、宗教的タイプであるとローマン的タイプであるとを問わず、人間的価値にたいする古来の信頼およびこの信頼から生ずる人間の自発性である。」――ウィリアム・ジェイムズ『プラグマティズム』

 

20170711-

「[公正としての正義では]自我の境界が優先し、断固として固定されているとみなされることによって、われわれの共同性は、善の一側面に格下げられ、善も、たんなる偶発性に、つまり、『道徳的見地からは適切ではない』、見境のない欲望や欲求の所産に格下げられている。」――マイケル・サンデル『リベラリズムと正義の限界』

 

20170618-

「目下のところ、社会学が主として関心を寄せているのは、比較的短期的な過程であり、また一般には、社会のある特定状態に関係する学問にすぎない。社会構造の長期的変形と、それに伴って生じる個人構造の長期的変形に関しては、全般的には現在のところ、ほとんど無視されてしまっている。」――ノルベルト・エリアス『文明化の過程』

 

20170504-

「言っておくが、人間というこの不幸せな存在にとっては、生まれながらにして授かった自由という贈り物をだれにいち早く手渡すべきか、その相手を見つけるための心配ほど、苦しいものはないのだ。」――ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』

 

20170411-

「われわれの主要な任務は、むしろ、こんにち、一定の限られた範囲のデータに適用できる特殊な理論――例えば、階級動態、相葛藤する集団的圧力、権力の発現、人間相互間の影響の作用などに関する理論――の展開にあるのであって、一挙にして、あれやこれやの理論を導出することのできる『統合された』概念的体系を求めてはならない、とわたくしは信ずる。」――ロバート・K・マートン『社会理論と社会構造』

 

20170224-

「実際のところ、行為のルールによって導かれるほとんどの行為は無自覚のうちに行われる。であれば、その行為者は、わたしは『わけもなく』やったのだとか、『やりたかった』からやったのだ、と言うだろう。日ごろあたりまえにやっている行動にブレーキがかけられるときに初めて、行為者は、自分の無色でささいな行為が所属集団の礼儀にちゃんと適合していたことに気づき、適合していなかったら恥にもなり屈辱にもなったことに気づくことになる。」――アーヴィング・ゴッフマン『儀礼としての相互行為』

 

20170204-

「いずれにせよ自然は、人間が安楽に生きることなどは、まったく考慮しなかったらしい。自然が深く心に掛けたのは、――人間は、自分の行動に依って、自己の生活と身心の安寧とを享受するに値いするような存在になる、ということであった。」――イマニュエル・カント『世界公民的見地における一般史の構想』 

 

20170115-

「職業団体であれ、そうでないものであれ、何等かの社会集団が充分な融合性をもち、それ自身とその道徳的統一性についての自覚をもつためには、成員間に一定数の共同の観念や感情が存在するだけでは充分ではない。さらにこのほかに集団がそれに制限を加え、抵抗する他の集団と対立するよう誘われることが必要であった。」――エミール・デュルケーム『フランス教育思想史』 

 

20161216-

「われわれは、これらすべての主題の分割がどこからおこったのか知っている。[中略]市場の領域にも国家の領域にも明らかに存在していない多くの現実が存在しているように思われたので、それを埋め合わせるように、こうした現実は社会学という大きな名称をまとった残り物用の福袋に入れられたのである。」――イマニュエル・ウォーラーステイン『脱=社会科学』 

 

20161026-

「私の自尊心を保つためには精力的に仕事をするしかないのだと思った。私の仕事は面白くもないし魅力的でもないが、だからと言ってまったく無意味というわけでもあるまい、と自分に言い聞かせた。」――ブロニスラフ・マリノフスキー『マリノフスキー日記』 

 

20161017-

「神よ 願わくばわたしに、変えることのできない物事を受け入れる落ち着きと、変えることのできる物事を変える勇気と、その違いを常に見分ける知恵とをさずけたまえ」――ラインホルド・ニーバー

 

20160926-

「リベラリズムは、倫理のある一定の相対的に具体的な水準では、中立的でありうるし、またそうであるべきである。しかし、いかに生きるべきかの細かいところで困惑するのではなく、いかに生きるべきかという問いそのものの性格・力・身分についての困惑という抽象的な水準では、中立ではありえないし、そうあるべきでもない。」――ロナルド・ドゥウォーキン『平等とは何か』 

 

20160905-

「ジェンダーは結局、パフォーマティヴなものである。つまり、そういう風に語られたアイデンティティを構築していくものである。この意味でジェンダーはつねに『おこなうこと』であるが、しかしその行為は、行為のまえに存在すると考えられる主体によっておこなわれるものではない。」――ジュディス・バトラー『ジェンダー・トラブル』

 

20160817-

「人間の弱さは何が原因か? 人間の能力と欲求とのあいだにみられる不均衡がその原因なのだ。わたしたちを弱いものにするのはわたしたちの情念なのだ。なぜなら、それを満足させるには、自然がわたしたちに与えてくれた以上の能力が必要であろうからだ。したがって、欲望をへらしなさい。そうすれば、ちょうど能力を増したのと同じことになる。」――ルソー『エミール』

 

20160802-

「最も野蛮な、あるいは風変わりな儀礼、最も奇妙な神話であっても、なんらかの人間の欲求、個人的であれ社会的であれなんらかの生活の側面を示しているのである。[中略]それゆえ結局のところ、偽りの宗教は存在しない。あらゆる宗教はそれなりに真でである。」――エミール・デュルケーム『宗教生活の基本形態』

 

20160704-

「経済史の示すところによれば、全国市場の出現は、けっして経済的領域が政治的支配から漸次かつ自然発生的に解放された結果ではなかった。それどころか、全国市場なるものは、非経済的な目的から市場組織を社会に押しつけた政府の、意識的で、しばしば暴力的な干渉の結果であった。」――カール・ポラニー『大転換』

 

20160619-

「虚栄心は広くゆきわたって見られる性質で、これがまったくないような人間はいない。そして大学や学者の世界ではこれが一種の職業病になっている。ただ学者の場合には、その表れ方がどんなに鼻持ちならぬものであっても、普通、学問上の仕事の妨げにならないという意味では、比較的無害である。」――マックス・ヴェーバー『職業としての政治』

 

20160521-

「社会科学には普遍的な法則など存在しないし、今後も存在することは決してない。[中略]人間の社会的行動についての一般命題に含まれる因果的条件が、行為者が自らの行為の環境についてもつ知識(あるいは確信)それ自体と関係づけられると、本質的に不安定になるからなのである。」――アンソニー・ギデンズ『社会の構成』

 

20160423-

「民主主義には完璧な平等が必要なわけではないが、市民が共通の生を分かち合うことが必要なのは間違いない。[中略]つまり、結局のところ市場の問題は、実はわれわれがいかにしてともに生きたいかという問題なのだ。」――マイケル・サンデル『それをお金で買いますか』

 

20160405-

「今日、科学の分野では、著書は普通、教科書か科学者生活のある面を描いた回想の書か、いずれかである。科学者は、本を書くと自分の職業的名声を高めるより減じることのほうが多い。科学の発展の初期の、パラダイム以前の段階においてのみ、著書は他の創造活動の分野でまだ見られると同じ専門的業績とみなされる。著書が研究成果の発表機関として意味を持つ分野では、素人と玄人を区別する線が未だ明確ではなくて、素人も専門家の報告を読んで進歩について行けそうな分野である。」――トーマス・クーン『科学革命の構造』

 

20160203-

「名声を博したり、人生で高い地位についたりするのは、悪くはないよ。けれども、私が名声と地位によってなしえたことといえば、他人を傷つけないようにと、他人の意見に対して沈黙を守ること、だけだった。おかげで、私は他人の考え方を知りながら、他人は私の考え方がわからないという点で、私の方が得だからいいようなものの、そうでもなかった日には、じつにひどい、ふざけた話さ。」――エッカーマン『ゲーテとの対話』

 

20151223-

「『正直は最善の策』とは、感傷的な決まり文句というよりもむしろ賢明な格言であるが、それも他者が同じ原則に従うときのみである。社会的信頼が価値あるコミュニティ資産となるのは、それが保証されたとき――そしてその時のみ――である。」――ロバート・D・パットナム『孤独なボウリング』

 

20151207-

“When the poet Paul Valery once asked Albert Einstein if he kept a notebook to record his ideas, Einstein looked at him with mild but genuine surprise. "Oh, that's not necessary," he replied. "It's so seldom I have one.”

 

20151114-

「われわれは、絶えまない活動を求めるはげしい欲求が、孤独と不安にもとづいていることをみた。仕事にたいするこのような衝動は、他の文化における仕事にたいする態度とはことなっている。他の文化においては、ひとびとは必要なだけ働くのであり、かれらの性格構造のうちにある余分な力によって、かりたてられるのではなかった。こんにちでは、正常人はすべて仕事にたいして同じような衝動をもっているので、またさらに、ともかく生存しようと望むならば、仕事にたいするこのようなはげしさが必要とされるので、この特性に含まれている非合理的な要素はみのがされやすい。」――エーリッヒ・フロム『自由からの逃走』

 

20151013-

「観測するだけでは十分ではない。これらの観測を利用しなければならないし、それには一般化を行なわなければならない。これはいつでも行なってきたことである。ただ過去の誤りを回想して人間は次第に用心深くなったから、次第に多く観測して、次第に少ししか一般化しなくなった。」――ポアンカレ『科学と仮説』

 

20150910-

「アガトン。ぼくたちが互いに触れ合うだけで、知恵に満ちた側から空っぽの側へと、知恵が流れていってくれるなら、ありがたいことだ。まるでコップの水が糸を伝い、満ちた側から空っぽの側に流れていくようにね。」――プラトン『響宴』

 

20150713-

「けだし、事物を知るということは、それを通して自己を知ることである。ソクラテスが『汝自身を知れ』と言ったのは、この意味において真理を道破したものというべく、真の知性は、結局、それを通してむしろ自己自身を識り、人間個性をつくることにあると言わなければならぬ。」――南原繁「学徒の使命」

 

20150520-

「でも考えてごらんなさい。悪魔は年寄だ。だから年寄にならないと悪魔の言葉はわかりませんよ。」――ゲーテ『ファウスト』第二部

 

20150424-

「およそ何ごとをとってみても、所詮すべては、それ自身とは別の目的のために選ばれるものなのであって、ただ幸福のみがその例外をなす。幸福こそが究極目的なのだからである。」――アリストテレス『ニコマコス倫理学』

 

-20150423

「人に欺かれるのではない、自分で己を欺くのである」――ゲーテ『格言と反省』