平野啓一郎『日蝕』

日蝕 (新潮文庫)

日蝕 (新潮文庫)

平野啓一郎のデビュー作。

異端審問が盛んに行われていた15世紀のフランスにおいて、ある僧侶が希少な文献を求める旅の途中に小さな村を訪れ、錬金術師との出会いをきっかけに、不思議な体験をするという話。

何というか、評価が難しい作品だと思った。意図的に昔の文体を用いていたり、知識を要する哲学やキリスト教の言葉が出てきたりすることもあるのだが、「聖性」というテーマを扱っていることが一番の理由だ。

秘蹟や霊肉一致というような、現代日本に生きているとあまり考えることのない現象が出てくるので、それらについて語るのも難しい。90年代以降だと、新興宗教の影響で寧ろ悪いイメージが流布してしまっている気さえするし。


かといって、本作で扱われているテーマが重要性を失っているのかというと、そうでもないと思う。

「聖性」とは、社会ではなく世界に通ずるための言葉だという気がする。「なぜ世界はこのようにあるのか」とか、「なぜ自分は存在するのか」というような社会科学には答えようのない問題を考える上では、きっと重要だし、それらの答えへの要請は弱まるどころか、寧ろ強まっているのではないだろうか。