2009年12月29日


■仙台の実家へ帰省した。4列シートの高速バスが体力的にきつくなってきた。歳、というよりも単に運動不足のせいだとは思うのだけれど。次回から3列のやつにしようかな…。

■中3の時から使っていたデスクトップPC(Windows ME)がついに撤去されて、Windows7搭載のノートPCが居間に導入されていた。Vistaより起動が早い。

■色々と仕事を持ち帰ってきたのだけれど、こたつがあるせいで全く持って進まない。サッカー天皇杯の準決勝を観ながら昼寝。ガンバ大阪VSベガルタ仙台戦は、試合内容こそ2-1だったものの、ボールの支配率やスペースの使い方では圧倒的に大阪が上だった。

■父親が早く帰ってきたので、こたつに入りながら父親の就職当時の話を聞いてみた。我が父親は1968年に工業高校を卒業して働き始めているのだが、ある程度予想通り。当時は高度経済成長期で学校に大量の求人が来て、50人のクラスに対して倍以上の求人がきていたとのこと。そこで学校の先生は、成績に基づきどの生徒をどの企業に受験させるかを決め、1人1社の受験をさせる。企業の側もどこの高校からは何人をとるという採用計画にもとづいて求人票を回していた。3年生の3月か4月には面接を受けて合格し(当時は筆記試験もなかったとのこと)、もし落ちたら別の企業を受けて7月には全員行き先が決まっていたとのこと。聞いていて面白いと思ったことは、3年生の夏休みに、内定が決まった企業のところで日当をもらって働いていたということ。今でいう内定研修のようなものが、当時の高卒就職でもあったわけだ。

■『容疑者Xの献身』を見ながら、熊沢誠能力主義と企業社会』を読了。