アルベール・カミュ『ペスト』

ペスト (新潮文庫)

ペスト (新潮文庫)

『異邦人』におけるムルソーとは異なったかたちで、不条理と向き合う人々の姿が描かれる。


ペストが蔓延し、外部から隔離されたアルジェリアのオラン市において、医師リウーは人々のために治療を続ける。
その姿に心を打たれた人々が集まり、結束してペストに立ち向かうことになる。


「不条理をこそ愛さなければならぬ」と説く神父パヌルーに対して、リウーは「子どもたちが責めさいなまれるようにつくられたこのような世界を愛することなどは、死んでも肯んじない」と反論する。
カラマーゾフの兄弟』において、イワンがアレクセイに「大審問官」を語った後の台詞を彷彿とさせる場面である。
しかし、無神論者の破滅を描いたドストエフスキーとは異なり、カミュは神のような刑而上的な力ではなく、人々の連帯にこそ希望を見出している。
またこれは、共産主義の計画的・合理的な立場も拒否するという意味で、当時のフランス思想界においては、「第三の立場」であったという。


自衛団に結束してゆく人々のなかで、もっとも印象的なのは、若い新聞記者ランベールである。
もともとオラン市の人間ではなく、突如として帰れなくなった彼は、パリの恋人を想って、何とか脱出しようと画策する。
しかし、様々な手間がかかったのち、ようやく脱出するというまさにその日になって、彼はオラン市に残るという選択をする。
彼は、「自分一人が幸福になるということは、恥ずべきことかもしれない」、「自分は、この町には無縁の人間だと思っていた。ところが、現に見たとおりのものを見てしまった今では、自分はこの町の人間であり、この事件はわれわれみんなに関係のあることだ」と述べる。
人々の関係性に埋め込まれたことによるランベールの「転身」は、本書の中でも鍵となる出来事の一つであるように思われる。



ペストは単に疫病としてではなく、様々な悪徳や暴力の象徴として本書では描かれている。1947年に発表されて、本書がまたたく間に人々に熱狂的に受け入れられたというのは、第二次世界大戦後の荒廃した社会に響くものがそれだけあったのだろう。