『カラマーゾフの兄弟』(2)

カラマーゾフの兄弟2 (光文社古典新訳文庫)

カラマーゾフの兄弟2 (光文社古典新訳文庫)

小説家の金原ひとみが、新潮文庫版について、「上巻は3ヶ月、中下巻はそれぞれ3日」というようなことを書いていますが、これは納得できる話です。それまでのやや冗長な展開に対し、第二部のあたりから急激に面白くなります。


本巻に含まれる第二部では、本作で最も盛り上がる箇所といっても過言ではない、イワンがアリョーシャに叙事詩「大審問官」を語る場面と、アリョーシャの手によるゾシマ長老の若かりし頃の伝記的資料が含まれます。私自身も本作で最も好きな箇所であり、これまでに何度も読み返しています。


激しい異端審問が行われていた15世紀セヴィリヤにおける大審問官の口を通して、イワンは自らの無神論を展開します。その後に、ゾシマ長老の兄の思い出、陸軍学校時代の荒れた生活と自らの「改心」、謎の慈善家との交流といった談話を通じて示されるキリスト教による調和の世界が、イワンの無神論に対置されるような形で続きます。
直接二人の思想的対決が行われるわけではなく、多声的な進行をとる物語に、読者は深い煩悶に陥れられます。松岡正剛は、これを「イワンとゾシマ長老の空中戦」というような表現をしています。


今回亀山訳を読んだ時には、当時のロシア社会における問題であり、イワンの思想にも強い影響を与えている児童虐待というテーマにやや注意を払いました。また、解説に書かれていた、大審問官におけるゲーテの『ファウスト』の影響というのは知りませんでした。『ファウスト』を読んだのも、もうずいぶん前なので、また機会を見つけて読みたいものです。


その他にもこの第二部では、スネギリョフ二等大尉やスメルジャコフ、ホフラコーワ夫人などの脇役の存在感にも目を見張るものがあります。特に、スネギリョフ二等大尉が、自らの正直さと高潔さゆえに、カテリーナから見舞金として送られた200ルーブルを、寸前のところで心変わりをして丸めて地に叩きつけるところは、人間の心理の奥深さを感じさせる印象深いシーンであると思います。