Bowles, Gintis, and Osborne (2001)


Bowles, Samuel. Herbert Gintis. and Melissa Osborne. 2001. "Incentive-Enhancing Preferences: Personality, Behavior, and Earnings." American Economic Review 91:155-158.

 本論文では、ある個人がインセンティヴを他者に与えようとする際に、その有効性が対象の持つ選好に依存するという観点から分析が行われます。雇用主は、労働者の持つ選好が、仕事が確実に遂行される確率に影響を与えることから、労働者がどのような選好を持っているかに関心を持つと言います。principal-agent問題の状況で、労働者が確実に仕事を行うかどうかが不確かである場合が想定されます。
 著者たちは、雇用主が低コストで労働者の努力を引き出すことが可能な場合に、対象の労働者が持つ選好を、「インセンティヴ強化的」(incentive-enhancing)であると命名します。そのような選好は雇用主にとって魅力的であり、生産関数に入ってくるような要素ではないものの、競争的な市場における合理的な雇用主によって報酬を与えられるものになるということを論じてゆきます。
 労働者が供給する労働サービスが、労働時間と、努力の水準の関数であると仮定されます。雇用主は労働時間については契約可能であるものの、努力の水準は検証ができないので、契約を結ぶことができません。しかしながら、雇用主は努力の関数であると考えられる、労働者の怠ける("shirk")ことについては不完全ながら観察可能と考えられます。雇用主は高い賃金率はより多くの努力を引き出せるだろうと想定し、労働時間と賃金率をはじめに設定します。もし労働者の怠けが見つかった場合には解雇をすることが可能であり、高い賃金である場合ほど仕事を失うことのコストが大きいだろうと考えられるためです。労働者は次にどの程度の努力を行うかを、怠けが見つかる確率についての信念にもとづき、期待される効用の現在価値を最大化するように設定します。
 賃金率と、もし解雇された場合の主観的な生涯効用で、努力の水準についての最適反応関数を考えた際に、あるパラメータによってこの最適反応関数を増加させるならば、このパラメータはインセンティヴ強化的だと言います。インセンティヴ強化的な選好は、他の条件を等しくした際に、任意の賃金率において労働者をより熱心に働かせるようになるといいます。そして他の条件が等しい労働者が、異なる水準のインセンティヴ強化的な選好を持つ場合に、雇用主はより高い水準のインセンティヴ強化的な選好を持つ労働者を雇うことができます。そして、そのような労働者は競争的な均衡状態において、そうでない労働者よりも高い賃金を支払われるはずだといいます。
 インセンティヴ強化的な選好としては、次のようなものが具体的に想定されています。第一に、時間選好が小さいこと(より将来志向的であること)は、将来においても仕事を維持することへの主観的な効用が大きいと考えられるため、努力の水準を高めるはずだということです。第二に、自己有効感(personal efficacy)の低い個人は、自分の行為がその経験する結果に与える影響が小さいと考えがちであるので、解雇される確率が小さいと考えるといいます。そのため、そのような個人においては努力の水準が低くなるはずだということです。
 実証的な証拠として、まずChristopher Jencksが、労働市場における成功にたいして、まじめさや、忍耐力、リーダーシップなどに注目したことを挙げています。しかし、HeckmanやBowlesらの近年の研究まで、経済学者はこうした問題を扱ってこなかったといいます。その理由として第一に、どの人格的要因や行動性向が所得に影響するのかの指針がなく、またある性向が異なった職種に対して同じ効果を持つと信じる理由がなかったためだといいます。これについては、社会学ではPeter Blauの研究が不十分ではあったものの指針を与えていたといいます。第二に、あるインセンティヴ強化的な選好が所得を規定していたとして、それは内生的である可能性が高いためだとしています。しかし、操作変数を用いた近年の研究において、インセンティヴ強化的な選好は、外生的に労働市場のアウトカムに影響していることが示されてきたことが論じられています。また、社会的な属性による違い、例えば地位の高い仕事において、男性の場合は攻撃的な性格を持つことが、賃金に対してプラスに働いている一方で、女性では逆にマイナスに働いていることなどが示されています。
 結論では、次のような主張がなされています。第一に、学校教育の効果を測る上で、認知的な要因だけでは十分ではなく、学校教育によってどのような性向を身につけたかについての、指標が必要であるということです。第二に、あるインセンティヴ強化的な選好は、ある仕事では有効でも、別の仕事では有効でないという異質性を本質的に持っており、認知的な要因とはこの点で異なるということです。第三に、インセンティヴ強化的な選好は、貧困の世代間連鎖とも関連しうるということです。自己有効感の低さが低所得につながり、それが子どもの自己有効感の低さに連鎖するというようなことです。第四に、学校教育において生徒の認知的スキルを増大させることが生徒の厚生を増大させ、それが学校教育の目的となることにはおそらく異論がないものの、生徒に対して無職状態や失業保険を受け取ること(どちらもインセンティヴ強化的な選好と関連)が恥であることを叩き込むのは尻込みするだろうということです。同様にして、地位の高い仕事に就くような男性に対して、攻撃的な性格を植え付けるというような、「マキャベリ的」な行為についても同様の危険があるだろうと締めくくられています。