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Busemeyer (2009) "Asset Specificity, Institutional Complementarities and the Variety of Skill Regimes in Coordinated Market Economies"

Busemeyer, Marius R. 2009. "Asset Specificity, Institutional Complementarities and the Variety of Skill Regimes in Coordinated Market Economies." Socio-Economic Review 7: 375-406.

 「資本主義の多様性」(Varieties of Capitalism: VoC)についての研究が、技能の特定性(specificity)に注目したことを評価した上で、その欠点を3つの観点から乗り越えてゆこうという論文です。それらは、(1)VoCのアプローチは、コーディネートされた市場経済における技能のばらつきを十分に説明していない、(2)VoCは技能の実際の移転可能性(portability)について、権威的な証明(authoritative certification)という次元を過小評価している、(3)技能形成と社会政策の間の補完性(complementarities)は、VoCの予測するようにはなっていない、というものです。
 教育政策全般、特に職業訓練の問題は、政治科学・比較政治経済学の分野ではほとんど扱われてこなかったといいます。しかし、VoCの学派が現れたことで、福祉国家・生産レジーム・国家のイノヴェーション戦略などの分析において、技能形成というトピックは中心に置かれるようになりました。Hall and Soskice(2001)の議論においては、自由市場経済においては一般的技能への投資がより多く行われ、コーディネートされた市場経済においては、特殊的技能への投資がより行われるということです。非市場的なコーディネーションが存在する状況の下では、長期的な関係に基づいた生産戦略を用いることが可能になり、特殊的な技能への投資が可能になります。
 また、Estevez-Abe(2001)では、一般的・特殊的かという二分法ではなく、(1)企業特殊的技能、(2)産業/職業特殊的技能、(3)一般的技能という3つの分類が提案されています。しかし、いずれにせよ異なる国々におけるばらつきに関して、技能の移転可能性(portability)という単一の次元が想定されているとのことです。一般的技能というのは異なる企業/職業/産業間で通用するものですが、特殊的な技能はそれらのカテゴリーをまたがった時に役に立たないものです。技能の特定性とは、移転ができるのかという観点で区別されています。
 しかし、このように技能の特定性を考えた場合に、うまく説明できない現象があると著者は指摘します。まず、Iversen and Soskice(2001)の議論では、技能の特定性が高い国においては、人々は強い社会保護や職業訓練システムを求めるといいます。これはなぜかというと、技能の特定性が高い仕事というのは、その仕事を失った際の損失も大きいために、それに投資することに伴うリスクの補償を人々は求めるからだといいます。この予測に基づいて、Iversen and Soskice(2001)は、職業訓練の強さ(vocational training intensities)の指標として、(後期)中等教育における職業学校に在籍する人々の割合を提示します。
 しかし、日本は企業特殊的な技能システムの典型例として扱われているにもかかわらず、上記の指標では職業訓練が重視されている国にはなりません。さらに、日本の職業高校は、普通科高校とそれほど大きくカリキュラムは変わらないということも知られています。
 著者は、技能の特定性を移転可能性という一次元で捉えることが問題であるといいます。そうではなくて、(1)様々な技能の形成におけるの企業の関与度合いと、(2)「技能の権威による証明」(authoritative certification of skills)を行うメカニズムの存在、という2つの次元を導入することを提案しています。両者は別の次元の問題であり、様々な形の技能が、「実際に」移転可能であるかどうかは、後者が存在するかどうかに依存するものだということです。例えば、ドイツのように標準化された職業資格制度が、経済全体に広がっている国もあります。
 一方で、日本を考えると、まず企業はKoike(1983)が指摘するように、仕事のローテーションを通じて幅広い経験を労働者に身につけさせます。それらは他の企業でも通用しえるものです。企業が労働者への訓練に関与する度合いは高いものの、しかしそれらの技能を公的に証明するメカニズムを欠いているため、結果として労働移動が少なく、技能の移転可能性が小さいように見えているのだといいます。他にも、企業が技能形成に関与する度合いと技能の公的証明メカニズムが両方強いケースとしてはドイツのデュアルシステムを、前者は弱く後者が弱いケースとして、スウェーデンにおける一般的な職業訓練や積極的労働市場政策が重視されているシステムが取り上げられています。
 著者は、日本の高校における学校経由の就職制度については取り上げていません。しかし、著者の枠組みを用いるとすれば、日本の教育システムは技能の特定性を形成することに関しては弱いが、生徒の「訓練可能性」についての公的証明メカニズムを発達させてきたので、(ある時期までは)学校から職業へのスムーズな移行が可能になってきたと言えるでしょう。
 著者は今後の課題として、こうした異なる技能レジームを可能にしてきた政治的基盤を明らかにすることを挙げています。日本については、企業によって分断されている(segmentalist)の技能レジームについて、それは雇用主が強い立場を保ってきたこと、企業間の組織された労働のあり方が弱いこと、自民党の長期的な政権支配と明らかに関連しているとしています。