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Ritzer and Stepnisky. 2013. Sociological Theory 9th Edition. Chapter 4. "Max Weber". pp.112-57.

Ritzer, George and Jeff Stepnisky. 2013. Sociological Theory 9th Edition. McGraw-Hill.

 

 ・ヴェーバーの研究は、パーソンズを通じて、構造機能主義の研究に対して影響を及ぼした。また、葛藤理論と批判理論に対しても重要だとみなされている。シンボリック相互作用論においても、理解(verstehen)というヴェーバーの用語の影響がある。エスノメソドロジーに対して大きな役割を担ったアルフレッド・シュッツは、意味(meanings)と動機(motives)についてのヴェーバーの研究に大きく影響されている。合理的選択理論においても近年、ヴェーバーに負うところが多いと認められている。

・ヴェーバーは純粋な理論的抽象化には反対しており、彼の理論的なアイディアは、実証分析の中に埋め込まれている。彼の実証分析の多くは歴史研究であった。

 

方法論(Methodology)

  • 歴史学と社会学(History and Sociology)

・ヴェーバーは、法学の学生であり、また最初の研究職も法学であったが、初期のキャリアにおいては歴史学に対する関心で占められていた。ヴェーバーは、歴史学と社会学はお互いを必要としていると感じていたが、彼の考えは社会学の仕事は歴史学に対する「サービス」を行うことであるというものだった。ヴェーバーは、社会学と歴史学の違いを次のように説明する。「社会学は類型の概念を探求し、実証的なプロセスにおける均一性(uniformities)を一般化する。これは歴史学とは異なる。歴史学は、個人の行為、構造、文化的な意義をもつパーソナリティの因果的な分析・説明を志向する。」
・ヴェーバーの社会学に対する考えは、当時のドイツにおける知的討論に影響されたものだった。この中でもっとも重要なのは、歴史と科学の関係についてのものである。この議論は、歴史は一般的な法則によって成り立っているという論者と、歴史を特有の(idiosyncratic)行為と事象に還元する論者に分かれていた。ヴェーバーはどちらの極端な考えも退けた。彼の考えは、概念はけっして経験的な世界(empirical world)を捉えることはできないが、しかし現実のよりよい理解を得るための発見的な(heuristic)道具になるというものだった。
・ヴェーバーは、一般化を行うことには明確に賛意を示していた。しかし、歴史を一連の単純な法則に還元しようとする歴史学者には反対した。「もっとも一般的な法則は内容を欠いているので、もっとも価値がない」というのである。
・ヴェーバーは、歴史学(歴史社会学)が個別性と一般性の両方に適切に関係していると考えた。個別の人々、事象、社会の研究は、一般的な概念(「理念型 ideal types」)を発展させることで、統合することができる。一般的な概念を用いることで、「差異を生じさせる原因を特定すること」ができる。こうした因果分析を行うにあたって、ヴェーバーは意識の上では、歴史を通じて存在する単一の原因を探求することは否定していた(しかし、皮肉なことに彼はそうした原因として合理性というものを考えていたようにみえる)。
・ヴェーバーの歴史社会学は、経験的な歴史データが利用できたことと、彼がそれに関心を持ったことによる部分がある。彼は世界各地の歴史的な現象について、信頼可能なデータが利用できる最初の世代であった。

 

  • 理解(Verstehen)

・ヴェーバーは、社会科学者は自然科学者よりも有利な点があると考えていた。それは、社会学者は社会現象を理解することができるという点である。understandingのドイツ語はverstehenである。ヴェーバーが自らの歴史社会学研究における、verstehenという単語の特殊な用法は、現代社会学における彼の貢献のうち、もっとも知られているものであり、かつもっとも議論を呼ぶもののひとつとなっている。
・ヴェーバーのverstehenに対する考えは、当時のドイツの歴史学者の間では一般的なものであり、それは解釈学(hermeneutics)という分野から来ているものだった。解釈学とは、公表された文書にたいする特別なアプローチである。その目的は、テキストの基本構造を理解し、さらに著者の考え方を理解することである。ヴェーバーなど(他には、例えばディルタイ)は、このアイディアをテキストの理解から社会生活の理解へと延長しようとしたのである。観察可能な事象の背後にある「意味」(meanings)を特定するという方法が、行為者間の相互作用へも当てはめることが可能だとヴェーバーは考えたのである。
・verstehenに対するよくある誤解は、それが単なる「直感」(intuition)を用いたものにすぎないということである。よって、多くの批判者はそれが、非合理的で主観的な方法論だとみなしている。しかし、ヴェーバーにとっては、verstehenとは体系的(systematic)で厳密な(rigorous)研究を行うものであった。言いかえれば、ヴェーバーにとっては、verstehenとは、研究における合理的な手続きなのであった。
・ヴェーバーのverstehenという概念を解釈する上で重要な問いは、それが個人の主観的な状態にたいして当てはめられるものなのか、それとも大規模な分析単位の主観的な側面にたいして当てはめられるものなのか、ヴェーバーがどちらを考えていたのかということである。後に見るように、ヴェーバーは行為がなされる上での文化・社会構造の文脈に焦点を置いており、verstehenはマクロレベルの分析道具であると考えられる。

 

  • 因果関係(Causality)

・ヴェーバーの方法論における、また別の側面は因果関係への強い関心である。ヴェーバーは、社会現象の原因を研究することは歴史学の領域であるとみなす傾向があった。しかし、彼の実際の研究では歴史学と社会学は明確に区別されているわけではなく、因果関係は社会学においても関係しているといえる。
・因果関係という時に、ヴェーバーは単にある事象に別の事象が後続する確率を意味していた。彼にとっては、歴史的な継続性(constants)、反復(repetitions)、類似(analogies)、同時性(parallels)を見るというような、多くの歴史学者のやり方は十分ではなかった。ヴェーバーはマルクスの弁証法的な考え方とは異なり、一方向の因果モデルで捉えていたとみなすことも可能であるけれども、彼は常に、経済、社会、政治、組織、社会階層、宗教などの相互関係にたいして敏感であった。
・ヴェーバーは、多重因果(multiple causality)の問題についても明敏であった。彼は誤解されることがあるが、プロテスタンティズムの倫理が近代資本主義の精神の発生の原因の「うちのひとつ」であると主張した。彼は、プロテスタンティズムが唯一の原因であるというのは、「ばかげたこと」だと表している。
・ヴェーバーの因果関係についての考え方で重要なことは、社会生活については特別な理解(verstehen)が可能なので、社会科学における因果的知識は、自然科学におけるそれとは異なるというものであった。ヴェーバーは次のように言う。「『意味のある』人間の行為の解釈とは、『評価』を参照することにより、可能である。この理由により、歴史における存在の因果的な説明の基準とは、独特の立証によるものなのである」。
・ヴェーバーの因果関係についての考え方は、法則定立的(nomothetic)な知識と、特異的(idiosyncratic)な知識の対立をつかもうとする彼の努力と密接に関わっている。彼は中間の立場をとっており、これは彼の「適合的因果関係」(adequate causality)の概念に典型的に表れている。この概念によれば、社会学者ができる最善のことは、社会現象の関係について、確率的な言明を行うことである。すなわち、もしxが起きるならば、yが起こる可能性が高い(probable)というものである。

 

  •  理念型(Ideal Types)

・理念型とはヴェーバーが現代社会学に行ったもっとも有名な貢献のひとつである。前に見たように、ヴェーバーは歴史学者が用いる概念道具を発展させることが、社会学者の義務であると考えていた。そのもっとも重要なものが理念型である。
・「理念型が獲得されるのは、ひとつの、あるいは2,3の観点を一面的に高め、その観点に適合する、ここには多く、かしこには少なく、ところによってはまったくない、というように、分散して存在している夥しい個々の現象を、それ自体として統一されたひとつの思想像に結合することによってである。この思想像は、概念的に純粋な姿では、現実のどこかに経験的に見いだされるようなものではけっしてない」 。
・この定義にもかかわらず、ヴェーバーは理念型の用い方について一貫していなかった。基本的な理解としては、理念型とは、何らかの社会現象の本質的な特徴をつかむために、社会科学者が構成する概念であり、その構成の仕方は社会科学者の関心や理論的志向性に基づいて行われる。
・理念型についてもっとも重要なことは、それが発見的な装置(heuristic devices)であるということである。ラックマン(Lachman)がいうように、理念型とは、「本質的に物差し(measuring rod)」である。あるいは、カルバーグ(Kalberg)の言葉では、「ヤード尺(yardstick)」である。
・例えば、社会科学者は歴史データに基づいて、官僚制(bureaucracy)の理念型を構築するとしよう。この理念型は、次に実際の官僚制と比較される。研究者は誇張された理念型と、実際のケースとの相違(divergences)を探し求める。そして、その相違の原因が求められなければならない。相違が起きる典型的な理由としては、(1)間違った情報(misinformation)に動機づけられた官僚の行為、(2)官僚制の指導者による戦略的な過失(strategic errors)、(3)指導者と追随者の行為を補強する論理的な誤謬(logical fallacy)、(4)感情(emotion)に基づいた意思決定、(5)指導者と追随者の行為におけるあらゆる非合理性(irrationality)である。
・理念型の要素は、恣意的にかき集められる(thrown together)ものではない。ヘクマン(Hekman)がいうように、「理念型とは社会科学者の気まぐれ(whim)や幻想(fancy)の産物ではなく、論理的に構成された概念である」。
・ヴェーバーの考えでは、理念型とは現実の歴史から、帰納的に(inductively)導き出されるものであった。ヴェーバーは、抽象的な理論から演繹的に(deductively)導き出されただけの概念では十分ではなく、実証的に適合しなければいけないと考えていた。
・法則定立的(nomothetic)な知識と個性記述的(idiographic)な知識の中間を見つけようとした努力と一致して、彼は理念型が一般的すぎても特殊的すぎてもよくないと主張した。例えば、宗教の場合では、彼は宗教の歴史一般の理念型は否定しただろうし、個人の宗教的経験のような特殊すぎる現象の理念型も批判しただろう。そうではなく、理念型はカルヴィニズムのような中間的な現象について発展させられたのである。
・理念型は現実世界から導き出されるものであるが、世界の鏡像であるべきではない。ヴェーバーは、理念型は一方向に誇張されたものであればあるほど、歴史研究にとって有用であると考えていた。
・idealやutopiaという言葉は、いかなる意味においても、記述されている概念がもっともよいものだとして理解されてはならない。これらの言葉は、現実世界ではまず見つからないという意味なのである。実際、ヴェーバーは、理念型は有益であったり(positive)、正しかったり(correct)する必要ないと主張している。
・理念型はそれ自身で意味をなしていなければならないし、それを構成する要素は意味的に矛盾しておらず、かつ私たちが現実世界を理解する上で助けとなるものではなくてはならない。
・理念型は一度できたら二度と変わらないというものではない。社会はたえず変化しており、社会科学者の関心もまたたえず変化しているため、変化する現実に適合する新しい分類を作り出すことが必要になる。ヴェーバー自身も、社会科学において永遠の概念はないと考えていた。
・ヴェーバーは自身の研究においては、理念型を自らの定義とは異なったやり方で用いている。バーガー(Burger)は「『経済と社会』(Economy and Society)において提示されている理念型は、定義、分類、個別の仮説がごちゃまぜになっており、ヴェーバー自身の主張とは相違が多すぎて矛盾している」と述べている。バーガーは、ヴェーバーが自らの定義と矛盾していることについて異議を唱えているが、ヘクマンはヴェーバーがいくつかの異なる理念型を提示したと認めている。それらは、次の4つである。(1)歴史的理念型(historical ideal types):近代資本市場のような歴史的出来事において見つかる現象と関連するもの、(2)一般的な社会学的理念型(general sociological ideal types):官僚制のように、多くの時代や社会を通じて存在する現象と関連するもの。(3)行為の理念型(action ideal types):感情的行為(affectual action)のように、行為者の動機に基づいた純粋な類型の行為。(4)構造的理念型(structural ideal types):伝統的支配(traditional domination)のように、社会的行為の原因および結果という形をとるもの。
・カルバーグは、実証研究における発見的装置としての理念型は重要であるとしつつも、それがヴェーバーの研究において主要な理論的な役割をも担っていたことは、忘れられるべきではないとしている。ヴェーバーは、理論的法則というアイディアは否定したものの、カリスマの日常化や社会の合理化など、様々な理論モデルを生み出す上で理念型を実際は用いたのである。

 

  • 価値(Values)

・現代のアメリカ社会学的な思考において、社会科学における価値の役割というのは、ヴェーバーの(しばしば単純で誤った)価値自由(value-free)という概念の解釈にかなり影響されている。ヴェーバーの考えに対するよくある捉え方は、 社会科学者は個人の価値観をいかなる方法においても科学的な研究に影響させるべきではないというものである。しかし、 ヴェーバーが行った価値についての研究ははるかに複雑であり、社会学から価値を排除すべきであるという単純な考えに還元するべきではない。

 

価値と教育(Values and Teaching)
・ ヴェーバーが、もっとも明確に述べたのは、教室において教師が個人的な価値観を抑える必要性だった。大学教師は、スピーチや報道などにおいては、個人的な価値観を⾃由に述べる完全な権利を有する。しかし、大学における講義室は異なっている。 公共のスピーチと大学の講義のもっとも大きな違いは、聴衆の特徴である。公共の場における演説者に対する群衆は、そこにいることを選択しており、いつでも去ることができる。しかし、学生は成功するためには教授の価値観に染まった話を注意深く聴かなければならないのである。よって、ヴェーバーによれば、大学教師は個人的な価値観ではなく、 「事実」(facts) を明言しなければならない。ここでの唯一の疑問は、教授がいかなる価値をも⾃らの説明から排することができるかということである。ヴェーバーは価値と事実を分離することは可能だと信じていた。しかし、マルクスは価値と事実は弁証法的に関連していると考えたので、この⽴場には反対しただろう。

 

価値と研究(Values and Research)
・社会についての研究における価値の役割について、ヴェーバーの⽴場ははるかに曖昧である。ヴェーバーは事実と価値は分離できると信じており、この考えは研究の世界においても延⻑可能なものだった。彼はしばしば、「何であるか」という存在に関わる知識(existential knowledge)と、「どうあるべきか」という規範的な知識(normative knowledge)を区別した。
・しかしながら、ヴェーバーは、価値を研究から完全に排するべきだという単純な見方を採用したわけではない。彼は、価値観は研究の対象を選ぶ出す上では影響しているべきだと考えた。ヴェーバーのこの考え方は、彼の「価値関係」(value relevance)という概念によって捉えられる。ヴェーバーの他の多くの概念と同様に、価値関係とはドイツの歴史学者であるリッケルト(Rickert)の研究によるものである。歴史研究においてはこの概念は、研究対象は、研究者が生きている特定の社会において重要だと考えられるものに基づいて選び出されるべきだという考えである。例えば、ヴェーバーの時代において官僚制はドイツ社会の重要な部分であり、そのために彼は様々な歴史における官僚制の存在(あるいは欠如)を研究したのである。
・よって、ヴェーバーにとって価値判断は完全に科学論文の手続きによって導き出されるものではなかった。ただし、社会学者は自らの価値観について表明する際には、常に自らとその聴衆に対して、その立場を明らかにするようにしなければならないと、ヴェーバーは注意を促した。
・しかし、ヴェーバーが述べたことと、実際に行ったことの間にはずれが存在する。アブラハム(Abraham)は、特にヴェーバーが行った、世界宗教としてのユダヤ教の見方は、彼の価値観によって歪められていると指摘した。自らの宗教社会学において、ヴェーバーはユダヤ人を、「のけ者」(pariah people)と呼んでいる。ヴェーバーは当時の一般的な考え方を受け入れており、ユダヤ人がドイツ社会に統合されるためには、ユダヤ教を放棄しなければならないと主張したのである。アブラハムは、このような価値観の歪みは、ユダヤ教だけではなく、ヴェーバーの研究一般に見られるという。
・大部分のアメリカの社会学者は、ヴェーバーは社会学における価値自由の提唱者であるとみなしている。実際のところは、これらの社会学者自身も価値自由のアイディアに賛同をしており、自らの立場を補強するためにヴェーバーの名前を引き合いに出すのが有用だと考えているのである。しかし、実際にはヴェーバーの研究には価値観が散りばめられている。
・ヴェーバーが行った価値に関する研究で、また別に注目するべきは、人々が究極的な価値観を選ぶ上で、社会科学が助けになるかどうかということであった。基本的にヴェーバーの考えは、ある価値観を選択する上での科学的な方法は存在しないというものだった。実証研究は目的に対する適切な手段を選ぶ上での助けにはなるが、別の目的を選ぶ上での助けにはならないのである。

 

Substantive Sociology

・ヴェーバーが『経済と社会』において始めたように、行為と相互行為のレベルから注目を行ってゆく。しかし、すぐにヴェーバーの研究おける基本的なパラドックスに出会うことになる。彼は一見して小規模なプロセスにおける社会学に傾倒していたが、彼の研究は主には社会的な世界における大規模な研究であった。

 

  • 社会学とは何か(What Is Sociology?)

・ヴェーバーはしばしば大規模な進化論的社会学(evolutionary sociology)、あるいは有機体論(organicism)に反対をした。社会学は個々人の行為から始めることによって、すなわち「個人主義的な方法」(individualist method)への固執によって可能であるというのがヴェーバーの考えであった。実際には、完全に集合主義的(collective)なアイディアを社会学から排することはできないと、ヴェーバーは認めざるをえなかった。しかし、集合主義的な概念の意義を認めているときでさえ、彼はそれらを個人の行為のパターンや規則性に還元をしたのである。
・個人のレベルにおいては、ヴェーバーは意味と、意味の構成のされ方に深く関心を持っていた。ウデーン(Udehn)によれば、ヴェーバーは「個人主義的(individualist)で主観主義的(subjectivist)な方法論」を用いた。主観主義的という面では、ヴェーバーは個人が何を行い、なぜそれを行うのかということに関心を持っていた。個人主義的という面では、集合体(collectivities)を個人の行為に還元することに関心を持っていた。しかし、実際の研究では、彼は官僚制や資本主義などの大規模な構造に焦点を当てており、個人の行為には関心を示していなかった。
・こうした背景をふまえて、ヴェーバーによる社会学の定義に進むことができる。「社会学とは、社会的行為を解釈しつつ理解し、これによってその経過と結果の因果的な説明を行う科学である」。

 

  • 社会的行為(Social Action)

・ヴェーバーの社会学全体は、彼の言葉を額面通りに受け取るならば、社会的行為という概念に基づいている。彼は、行為と反射行動(reactive behavior)を区別する。刺激(stimulus)のように、反応との間に思考のプロセスを挟まないような行動については、ヴェーバーの関心ではなかった。行為とは、個人が主観的な意味を付与する際に発生するものである。より具体的なよい例は、経済的行為についての彼の議論である。ヴェーバーの定義は、「意識的(conscious)で直接的(primary)な、経済的な志向であり、そこで重要となるのは、客観的な経済的な必要性ではなく、必要であるという信念(belief)である。」
・自身の分析を精神的なプロセスおよびその結果としての意味を付与された行為に位置づけるにあたり、ヴェーバーは注意深く、心理学を行為の社会学的な解釈の基礎とみなすのは間違いであると指摘した 。ヴェーバーは(少なくとも精神的な社会的事実については)デュルケームと本質的に同じことを言っているようである。
・ヴェーバーは、行為の意味を明らかにする上で、理念型の方法論を利用し、4つの基本的な行為類型を特定した。特に重要なのは、ヴェーバーが2つの合理的行為を区別したことである。ひとつは、手段―目的合理性(mean-ends rationality)であり、外的な環境における対象や他の個人に振る舞いに対する期待によって決まるものである。この期待は、行為者の目的の達成を合理的に追求する上での、条件(conditions)や手段(means)として用いられる。もうひとつは、価値合理性(value rationality)であり、倫理的・審美的・宗教的な価値それ自体への信念によって決まるものである。他には、感情的行為(affectual action)であり、これにはヴェーバーはほとんど関心を向けなかった。最後に、伝統的行為(traditional action)であり、慣習的な振る舞いによるものである。
・ヴェーバーは4つの行為の理念型を区別したが、彼は実際のすべての行為はこれらの組み合わせであることを意識していたことには、注意すべきである。

 

  • 階級、地位、政党(Class, Status, and Party)

・ヴェーバーは階層(stratification)を経済的要因(ヴェーバーの言葉では階級)に還元することを拒否し、多次元的なものとみなした。社会は経済、地位、権力(power)によって階層化されているというのである。人々はある次元では高く位置し、別の次元では低いということがありえる。ある種のマルクス主義では、階層を単に経済状況に還元するが、ヴェーバーの分類ははるかに洗練された分析を可能にするのである。
・ヴェーバーは、階級は共同体(community)ではないと主張する。そうではなく、階級とはある状況を共有し、その状況が行為の基盤となる可能性をもつような集団だというのである。ヴェーバーは次の3つの条件がある際に、「階級状況」(class situation)が存在するという。(1)多くの人々が生活上のチャンスにおけるある要素を共有し、(2)この要素が財と収入への機会を獲得するという経済的利害によって表されるものであり、また(3)商品あるいは労働市場という条件によって表される場合である。
・階級と異なり、地位とは通常、共同体に関わるものである。地位は生活スタイルと関連している(地位は生産された財の消費に関係しており、階級は経済的な生産に関係している)。地位のヒエラルキーの頂点に位置する人々は、その底辺に位置する人々とは異なった生活スタイルを有している。
・階級は経済的な序列の中にあり、地位は社会的な序列の中にある。一方で、政党は政治的な序列の中にある。ヴェーバーによれば、政党とは、「支配(domination)を常に求めて闘う構造」である。政党はヴェーバーの階層システムの中で、もっとも組織化された要素である。ヴェーバーは、政党を国家に存在するような狭いものではなく、社交クラブに存在するものまで含めて考えた。

 

  • 権威の構造(Structures of Authority)

・権威の構造についてのヴェーバーの社会学的関心は、少なくとも部分的には、彼の政治的関心によるものだった。ヴェーバーは決して政治的にラディカルではなかった。実際のところ、マルクスとは知的な関心は似ていつつも、非常に異なった政治的志向から、「ブルジョワのマルクス」と呼ばれた。ヴェーバーは、マルクスと同様に近代資本主義に批判的であったものの、革命を主張したわけではなかった。彼は社会を少しずつ変えていきたいと考えていた。彼は大衆が「よりよい」社会をつくることができるとはほとんど信じていなかった。しかし、彼は中間階級(middle classes)にも同様に希望を抱いていなかった。ヴェーバーはビスマルク(Bismarck)のような権威主義的な政治指導者に対しても批判的であった。彼は国家を何よりも重視した。彼は民主主義を望ましいと考えたが、それは大衆を信じていたからではなく、民主主義が政治的指導者を生み出す上での最高のダイナミズムと環境をもたらすと考えたからであった。
・ヴェーバーは支配を、「ある人々の集団にたいして命令に服従させることができる可能性」として定義する。支配は様々な基盤を持ちえるが、ヴェーバーが関心を持ったのは、正統(legitimate)な形態をとる支配、すなわち権威(authority)である。

 

合法的権威(Rational-Legal Authority)

・合法的権威は、様々な構造的な形態をとるが、ヴェーバーがもっとも関心を持ったのは官僚制(bureaucracy)である。ヴェーバーは理念的な官僚制について、最高の効率性を達成することができ、もっとも合理的な権威を行使することができるものだとしている。しかし、こうした利点を指摘している一方で、彼は「お役所仕事」(red tape)のような官僚制の問題点にも気づいていた。しかし、ヴェーバーがもっとも恐れたことは、すべてを支配する合理化が、個人の自由を脅かすということであった。「この官僚制という機械において、合理的な計算は、すべての労働者を単なる歯車にしてしまう」。
・ヴェーバーは、官僚制を「逃げ場のない」(escape proof)、「壊すことのできない」(unshatterable)ものだと表した。
・理念的な官僚制は、組織の一形態である。その基本単位は、規則、機能、書かれた文書、強制の手段によって階層化された部局である。以下は、理念的な官僚制における主な特徴である。(1)規則にしばられた公的な機能による、ひとつづきの組織からなる。(2)それぞれの部局はさだめられた権限(competence)の領域がある。また、様々な機能を果たす上での、一連の義務、権威、強制の手段を有している。(3)それぞれの部局は階層的なシステムへ統合して組織されている。(4)それぞれの部局においては、その成員は適当な訓練を受けているという技術資格が要求される。(5)部局における成員は、生産手段を有しない。(6)在任者はその地位を独占することはできない。(7)行政的な行為、意思決定、規則は、文書において公式化され、また記録される。

 

  • 別の可能性はあるのか(Any Alternatives?)

・官僚制が近代社会の中でもつ役割は、増加の一途をたどっている。官僚制ではない別の可能性はあるのかという疑問があるかもしれない。ヴェーバーの明確な答えは、別の可能性はないというものだった。
・近代資本主義において官僚制は必然的な一部だと認めたとして、社会主義においては異なるのだろうか。これに対してもヴェーバーは曖昧さがない。「官僚制の統制の下にある者がそこから逃げだそうとする場合、同じように官僚制のプロセスに従う組織を作り出すことによってのみ通常は可能である」。ヴェーバーは、社会主義においては官僚制の減少ではなく、増加が起きると信じていた。社会主義が資本主義と同じ水準の効率性を達成するには、専門的な官僚をはるかに多くしなくてはならないというのである。資本主義においては、少なくとも資本の所有者は官僚ではないが、社会主義においてはトップレベルの指導者さえ官僚なのである。よってヴェーバーは、様々な問題があるにもかかわらず、資本主義は個人の自由と創造的なリーダーシップを維持する最大の可能性をもたらすものだと考えたのである。

 

  • 希望はあるのか(Any Hope?)

・ヴェーバーの研究におけるかすかな希望は、官僚制システムの外側に位置する専門家(professionals)はそれをある程度まで統制できるということである。このカテゴリーには、政治家、科学者、知識人、資本家、官僚の長である。例えばヴェーバーは、政治家は、「官僚的な支配に対する対抗的な勢力でなくてはならない」という。彼の有名なエッセイである、『職業としての政治』(”Politics as a Vocation”)は基本的に、官僚制および官僚の規則に反対するとともに、政治指導者の成長を求める嘆願である。しかし、ヴェーバーのいうところの専門家は、単に合理化のプロセスの別の側面であり、このプロセスを加速させるにすぎないと見ることが可能である。

 

伝統的権威(Traditional Authority)
・合法的権威は合法的なシステムの正統性によるものだったのに対して、伝統的権威は指導者の主張、長い年月を経た規則や権力には神聖な価値があるという支持者の信念によるものである。ヴェーバーの言葉を用いると、「非人間的な義務ではなく、個人的な忠誠が指導者に対する行政スタッフの関係を規定している」。
・ヴェーバーは伝統的指導者に対するスタッフが、どうすれば理念的な官僚制における基準を満たすのかに関心を持った。彼の結論は、多くの点で不十分だというものだった。伝統的なスタッフにおいては、非人間的な規則に従い、決まった権限を持つ部局が存在しない。何が優越するかについての合理的な序列の関係が存在しない、すなわち階層性が存在しない。自由契約に基づく任命と昇進のシステムが存在しない。技術訓練は、ある地位を得るために必須ではない。
・ヴェーバーは、歴史的に異なる伝統的権威の形態を分析する上で、理念型の方法論を用いた。彼は2つの初期の伝統的権威を区別した。長老支配(gerontocracy)とは年長者による支配である。一方で、原始的家父長制(primary patriarchalism)とは地位を相続したものが指導者になる。より近代的な形態は家産制(patrimonialism)であり、行政スタッフおよび軍隊が存在する。さらに近代的なものは封建主義(feudalism)であり、指導者と従者の間における日常化した(routinized)、さらには契約的な関係の発達によって、指導者の裁量は制限される。こうした制限は一方で、家産制よりも権力を安定化させる。
・ヴェーバーは伝統的権威の構造が、合理性の発展、とりわけ資本主義に対する障害であるとみなした。

 

カリスマ的権威(Charismatic Authority)
・カリスマとは通常、人並み外れた資質を持っているという意味で用いられる。しかし、ヴェーバーはカリスマ的指導者がきわだった特徴を持つ可能性は否定しなかったものの、彼がいうカリスマとは、信奉者(disciples)の集団および、カリスマ的指導者がどのように定義されるかにより依存するものであることを強調した。単刀直入にいえば、信奉者が指導者をカリスマ的だと定義すれば、その指導者は本人の資質にかかわらず、カリスマ的指導者になりやすくなるのである。

 

  • カリスマと革命(Charisma and Revolution)

・ヴェーバーにとって、カリスマは革命をもたらす最も重要な力のひとつであった。伝統的権威は本質的に保守的であり、カリスマ的指導者が現れることは伝統的権威に対する脅威になる。カリスマは行為者の精神に働きかけ、「主観的、内的な再編成を起こす」。
・ヴェーバーの理論において、他の革命を起こす力は、(形式)合理性である。カリスマが内的な力であるのに対して、(形式)合理性は最初に社会構造の変化を起こし、最終的に人々の思考や行為を変化させる外的な力だと考えた。

 

  • カリスマ的な組織とカリスマの日常化(Charismatic Organizations and the Routinization of Charisma)

・ヴェーバーの関心は、カリスマ的な権威において指導者が亡くなった時に何が起こるかということだった。カリスマ的なシステムは本質的にもろく、指導者が生きている限りで存続するように見える。組織のスタッフにとっては、純粋ではなくても何らかのカリスマの状態が作れるかどうかが課題であるが、これは困難であり、不安定である。
・組織のスタッフは新しいカリスマ的指導者を探すかもしれないが、新しい指導者が同じようなオーラを持っている可能性は小さい。未来のカリスマ的指導者を特定するための一連の規則を生み出すかもしれないが、こうした規則はすぐに伝統になってしまう。すなわち、カリスマ的なリーダーシップが伝統的権威になってしまうのである。長期的には、カリスマは日常化されざるをえない。伝統的権威または合法的権威になるしかない。近代社会において、カリスマは合法的権威の方向へ日常化されることが多くなる。近代的、合理的な世界は、重要な革命的な力としてのカリスマの死を意味するのである。

 

  • 合理化(Rationalization)

・ヴェーバーの社会学の中心にあるのは合理化の概念であるということが認識されるようになってきている。カルバーグ(Kalberg)が言うように、「西洋文化における特有の『合理化』、そしてその固有の起源と発達への関心がヴェーバーの社会学の中心にある」。前に挙げたように、ヴェーバーは2つの合理化、すなわち手段―目的合理性(means-ends rationality)と価値合理性(value rationality)を区別した。しかし、これらは行為(action)の分類である。ヴェーバーの主要な関心は、文明、制度、組織、階層、階級、集団における行為の規則性とパターンにあり、こうした大きなレベルにおける合理化と、上の2つの分類にはずれがある。カルバーグは、ヴェーバーの研究から4つの基本的な合理性を分類している。これらは、「社会文化的なプロセスとしての合理化が、歴史的にもたらす結果を分析する上での、ヴェーバーが用いた探索装置」である。

 

合理性の種類(Types of Rationality)
・第一の種類は、実用合理性(practical rationality)である。カルバーグによれば、「個人の純粋に実用的(pragmatic)で利己的(egoistic)な利害から、世俗的な行為を判断する生活様式」である。実用合理性を行使する人々は与えられた現実を受け入れ、その困難を処理する上でもっとも効率のよい方法を計算する。この合理性は原始的な呪術(primitive magic)がもたらす絆が衰退した時に生じるものであり、異なる文明・異なる時代を通じて存在する。すなわち、西洋近代に限られるものではない。この合理性は、日々の決まりきった仕事を脅かすものとはそれが何であれ、対立する。この合理性によって、人々は非実用的な価値については、宗教的なものであれ、非宗教的なユートピアであれ、次に述べる理論合理性であれ、不信に陥る。
・第二に、理論合理性(theoretical rationality)とは、行為よりもむしろ抽象的な概念を通じて、現実を征服しようとする認知的な努力と結びついている。これは、論理的な演繹法(deduction)、帰納法(induction)、因果帰属(attribution of causality)などを伴うものである。この合理性は、歴史の初期においては魔術師や司祭によって、後に哲学者、裁判官や科学者によって遂行されるものであった。実用合理性とは異なり、理論合理性は日々の現実を超越し、世界を有意味な秩序として理解するように行為者を導く。実用合理性と同様に、理論合理性も異なる文明・異なる時代を通じて存在する。理論合理性は認知的なプロセスを含むものであり、必ずしも行為に影響しない。
・実質合理性(substantive rationality)は、(実用合理性と同様だが理論合理性とは異なり)価値の集合的パターンを通じて、直接的に行為を導く。実質合理性は価値システムの文脈の中で、目的に対する手段の選択を伴う。ある価値システムが別のものよりも(実質的に)合理的であるということはない。よって、この合理性も異なる文明・異なる時代を通じて存在する。
・最後に、カルバーグの考えではもっとも重要である、形式合理性(formal rationality)である。これは、目的に対する手段の計算を伴うものである。しかし、実用合理性ではこの計算は実用的・利己的な関心に準拠したのに対して、形式合理性では「普遍的に適用される規則、法、規制」に準拠する。ブルベイカー(Brubaker)は、「形式主義的な法や官僚的な行政においては、合理性は社会構造の中に体現されており、個人に対して外的な何かとして持ち上がる」。
・他の合理性とは異なり、形式合理性は産業化とともに西洋においてのみ現れた。合理的権威・官僚制の議論を通じて、西洋における形式合理性についてはすでにいくつか見てきた。

 

  • 包括的な理論なのか(An overarching Theory?)

・ヴェーバーは近代西洋世界のイメージについて、合理化という概念を強力かつ有意味に用いた。それは特に、形式合理的な構造がもたらす鉄の檻(iron cage)としての、資本主義経済と官僚的組織に対してである。ヴェーバーは資本主義と官僚制を、「合理化を進める2つの巨大な力」だと述べた。実際のところ、ヴェーバーは資本主義と官僚制は、由来を共通にしているものであり(特に精神における禁欲主義)、同じように合理的で秩序だった行為を伴うものであり、またお互いを強化してさらなる合理化を西洋に進めるものだと考えた。

 

形式合理性と実質合理性(Formal and Substantive Rationality)
・形式合理性の基本的な特徴を明らかにするための様々な試みが行われてきた。リッツァ(Ritzer)の考えでは、6つの特徴から定義できる。(1)計算可能性(calculability)、すなわち数値化できるものを強調する形式合理的な構造や制度。(2)効率性(efficiency)、すなわちある目的に対する最良の手段を見つけることの重視。(3)予測可能性(predictability)、あるいは物事が別の場所や時間においても同じように動くことを確かなものにしようという関心。(4)人間的な技術(human technology)を非人間的な技術(nonhuman technology)に置き換えてゆく形式合理的なシステム。(5)不確実性を管理(control)することを求める形式合理的なシステム。(6)合理的なシステムは、一連の非合理的な結果(irrational consequences)をもたらす傾向にある。ヴェーバーの考えでは、合理性がもたらす非合理性の例として、世界が魅力を失い、魔術的なものではなくなり、最後には人々にとって意味が感じられなくなるというものがあった。
・形式合理性は、他のすべての合理性と対立するものであるが、特に実質合理性と対立する。カルバーグによれば、ヴェーバーは、これら2つの合理性の対立は、「西洋における合理化のプロセスを明らかにする上で、決定的な役割を担っている」。
・カルバーグは、4つの合理性は、秩序だった生活をもたらす程度においても異なると論じている。実用合理性は状況に対する反応を引き起こすものであり、秩序への努力をもたらすものではない。理論合理性は、認知的なものであり、実用合理性を抑えこむのに限界がある。また、理論合理性は何かを生み出すものというよりも、それ自体が最終的な結果である。ヴェーバーにとっては、実質合理性のみが、「秩序だった生活をもたらす可能性」を持つものであった。西洋においては、秩序だった生活を強調する特有の実質合理性、すなわちカルヴィニズムが、実用合理性を抑えこみ、形式合理性の発達に導いたのである。
・ヴェーバーが恐れていたのは、実質合理性が、他の種類の合理性、特に形式合理性よりも重要ではなくなってゆくことであった。官僚や資本家のように形式合理性を実践する人々が西洋を支配するようになっていった。そして、「究極的な目的を基準とすることで一連の行為をなす、自律的で自由な個人」という、「西洋文明における最高の理想を体現した」ものが消え去っていったのである。

 

様々な社会的環境における合理化(Rationalization in Various Social Settings)
経済(Economy)
・ヴェーバーは、世帯(household)、氏族(clan)、村落(village)、荘園(manorial)の経済など、様々な非合理的、伝統的な形態から議論をはじめた。例えば、封建主義における荘園制について、ヴェーバーは伝統主義的と述べている。しかし、12,13世紀までには、農奴や土地が領主の支配から解放され、貨幣経済が導入されるにつれて、西洋の封建主義は崩壊を始めた。こうして、「荘園的なシステムは資本主義的な方向に発展しはじめた」。
・また、中世においては都市が発達を始めていた。重要なのは、都市において自由な職人(craftsmen)が現れたことである。この理由の一つは、消費にニーズが大きくなったためである。また、奴隷は採算があわず、都市では自由が与えられて不安定になったことも、別の理由である。
・職人とともにギルドの発達が起きた。ヴェーバーによれば、ギルドとは、「労働の内部での規制および外部者に対する独占を有する、専門化された職人たちの組織」である。結社の自由もまた特徴である。ギルドは多くの点で合理的であるが、伝統的、非資本主義的な側面もある。例えば、ある親方(master)は別の親方よりも多くの資本を持つことが許されない。これは巨大な資本主義組織の発達にとっての障害であった。
・中世が近づくにつれ、ギルドは解体を始めた。ギルドの解体とともに、特に繊維産業において、「下請け」(putting out)システムが現れ、生産の大部分は労働者の家で行われるようになった。
・次にヴェーバーは、作業場(workshop)と工場(factory)の出現について詳述する。工場を特徴づけるものは、専門化・組織された自由な労働、生産手段を企業家が所有していること、企業家の固定資本、資本の形成に不可欠な会計のシステムである。
・近代的な合理的資本主義企業をもっとも明確に定義するものは、計算可能性である。これは、近代的な簿記(bookkeeping)への依存に表れる。
・資本主義システムの発達のためには、経済の内部・外部で様々な必要条件が存在する。非経済的な要因の中で、次の節で注目するのが、「合理的な生活行為の倫理(ethic)である。」

 

宗教(Religion)
・ヴェーバーは、合理化される以前の原始的な宗教の分析も行っている。初期の宗教には、驚くほど多くの神々が存在する。しかし、合理化されるにつれて、明確で一貫した、一連の神々が現れる。初期宗教においては、家庭内の神、血縁集団の神、地方政治の神、職業の神などが存在した。理論合理性による文化的な力が、普遍的な神の出現を押し進めたのである。
・ヴェーバーは、合理化が集団心理のように働き、人々に行為を強制するとは考えていなかった。宗教における合理化は、確固とした集団と結びついている。それは、司祭(priests)である。司祭は、より非合理な呪術師(magicians)と次のように異なっている。司祭は体系的な訓練を受け、専門化されており、体系的な宗教の概念を持ち合わせているのである。
・司祭だけではなく、預言者(prophets)も合理化において重要な役割を持っている。預言者の重要な役割は、俗人(laity)の動員である。なぜならば、支持者がいなければ宗教は成り立たないからである。ヴェーバーは、倫理的(ethical)預言者と、模範的(exemplary)預言者の2つを区別した。倫理的預言者(ムハンマド、キリスト、旧約聖書の預言者)とは、神から直接に使命を受けたと信じており、支持者に対して倫理的義務として服従を要求する。模範的預言者(ブッダ)は、宗教的な救済への道を自らの例によって示す。
・預言者は初期には重要な役割を持つが、いったん信徒の集団が形成されたら、もはや必要ではない。実際、預言者は非合理な存在であり、合理化にとっての障害なのである。司祭と預言者の間には対立が持ち上がるが、長期的にはより合理的な司祭が勝つのである。

 

法(Law)
・宗教と同様に、ヴェーバーは初期の法を非合理なものとみなし、その分析から始めている。原始的な法は規範(norm)と分離されていない。犯罪に対する復讐も頻繁に起きる。また、指導者は法に束縛されていない。
・宗教と同様に、ヴェーバーは専門化のプロセスを重視している。彼は法的な訓練を2つに分類している。ひとつは、職人的訓練(craft training)である。これは、実際の法の実践を通して、親方から徒弟が学ぶというものである。この目的は、包括的で合理的な法システムをつくることではなく、たびたび起きる状況について実用的な先例をつくることである。
・これに対して、学問的な法的訓練(academic legal training)は、西洋の合理的な法の基礎をつくった。このシステムでは、特別な学校で訓練が行われ、法理論・法科学が重視される。言いかえれば、法的な現象は、合理的・体系的に扱われるのである。

 

政治組織(Polity)
・合理的な政治組織は、非合理的な法システムとはともに機能しない。逆も同様である。
・ヴェーバーは、政治組織を「物理的暴力(通常は軍隊)の行使を通して、ある一定領域の内部において正統な支配を目的とする共同体」と定義する。
・ヴェーバーはこれまでと同じように、原初的な事例に遡る。正統な暴力の独占および合理的な秩序化は初期の社会においては存在しなかった。西洋の近代国家の発展は、立法、警察、裁判、行政、軍隊といった機能の精緻化を含むのである。

 

都市(The City)
・都市は封建的な秩序に取って代わるものであり、近代資本主義および合理性の発展のための条件をもたらすものである。ヴェーバーは、都市は次のような条件を有していると述べた。(1)相対的に閉鎖された共同体である。(2)相対的に大きい。(3)市場が存在する。(4)部分的な政治的自律性を有する。
・ヴェーバーは他の社会を研究し、中国の伝統的共同体やインドのカーストシステムは、このような都市が発展することを阻害したと述べている。

 

芸術の形態(Art Forms)
・ヴェーバーは、西洋の音楽は合理的な方向に発展してきたと考えている。西洋における音楽は、「すでに知られた手段による計算可能性、効率的な楽器、理解可能な規則によるプロセスへと変化した」。音楽とは表現における柔軟性が示される領域であるが、だんだんと合理的で数学的なシステムになってしまっているというのである。ヴェーバーは、絵画や建築など他の芸術の形態でも同様の発展が起きていると見ている。

 

  • 宗教と資本主義の発生(Religion and the Rise of Capitalism)

・ヴェーバーにとって最も重要な関心のひとつは、様々な世界宗教と、西洋においてのみ発展した資本主義経済システムとの関係性だった。ヴェーバーが特に興味を持っていたのは、世界宗教の理念システム(systems of ideas)、すなわち資本主義の「精神(spirit)」、および近代的な規範・価値システムとしての合理化であった。
・ヴェーバーは宗教と資本主義の関係においても、比較歴史社会学の研究を行った。フロインド(Freund)は、ヴェーバーが研究した相互関係を次のように要約している。(1)経済的な力がプロテスタンティズムに影響した。(2)経済的な力がプロテスタンティズム以外の宗教(ヒンドゥー教、儒教、道教など)にも影響した。(3)宗教理念システムは、個人の思考と行為、特に経済的な思考と行為に影響した。(4)宗教理念システムは、世界のあらゆる場所で影響を持ってきた。(5)宗教理念システム(特にプロテスタンティズム)は、西洋において、経済セクターと他のあらゆる制度を合理化する上で固有の効果を持った。さらに、次のことを加えることができる。(6)非西洋世界における宗教理念システムは、合理化にとっての大きな構造的な障害を作り出した。
・宗教的な要因に大きな重要性を与えていることで、ヴェーバーは、マルクスの研究に基づき、かつ批判を行っているように見える。しかし、ヴェーバーは後に、物質的な要因がより重要であると考えるようになった。

 

救済への道(Paths to Salvation)
・世界の宗教と経済の関係を分析する上で、ヴェーバーは救済への道についての分類を行った。禁欲(Asceticism)とは、第一のタイプの宗教性であり、快楽を否定するよう、人々に献身させるものである。禁欲主義的な宗教はさらに2つの下位タイプに分けられる。世俗外禁欲(otherworldly asceticism)は、信奉者に対して、世俗での労働を行わず、また世俗における誘惑に対して抵抗するように命令する、一連の規範と価値によって成り立っている。これに対して、世俗内禁欲(innerworldly asceticism)は、カルヴィニズムもそこに分類されるものであり、ヴェーバーはより関心を持った。世俗内禁欲の宗教においては、人々は世俗において働き、それによって救済を見つけるか、あるいはその徴候を見つけることが求められる。これにおける目標は、厳格で秩序だった生活、思考、行為のパターンの統制である。
・ヴェーバーは神秘主義(mysticism)についても2つに分類した。現世否定(world-rejecting)の神秘主義とは、この世からの完全な逃避を伴うものである。世俗内神秘主義は、世界の意味について理解する瞑想的な努力に至る。しかし、これらのどちらも、世界は個人の理解を超えていると見なしているので、失敗する運命にある。これら2つの神秘主義と、世俗外禁欲主義は、資本主義と合理性の発展を阻む理念システムであり、世俗内禁欲主義が西洋におけるこれらの現象の発展に貢献した規範と価値を含むシステムなのである。

 

プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神(The Protestant Ethic and the Spirit of Capitalism)
・ヴェーバーのもっとも有名な著作において、彼は禁欲的プロテスタンティズム(主にはカルヴィニズム)が資本主義の精神に与えた影響をたどった。
・ヴェーバーは特に後期の作品において、もっとも一般的な興味は、西洋に特有の合理性の発生であることをはっきりと述べた。
・ヴェーバーはプロテスタンティズムの倫理という理念システムを、資本主義システムの構造に直接結びつけたわけではなかった。彼は、プロテスタンティズムの倫理を、「資本主義の精神」という別の理念システムに結びつけることで満足したのである。よって、ヴェーバーのこの作品は、近代資本主義の発生についてではなく、それを結果的にもたらした特有の精神の起源についての研究なのである。
・ヴェーバーは、なぜ16,17世紀の西洋において資本主義が発生したかについて、他の説明を否定することから検証をはじめる。物質的な条件が適していたからだという主張に対しては、ヴェーバーは他の時期にもその条件は満たされていたのに、資本主義は発生しなかったと反論する。ヴェーバーはまた、資本主義の発展は単に、強欲な衝動によるものだという心理学の理論も否定する。彼の考えでは、そのような衝動は常に存在したものの、他の状況では資本主義は発生しなかったのである。
・ヴェーバーがプロテスタンティズムを重要だと考えたことの証拠は、混在した宗教システムを持つ国の検証によって明らかになる。これらの国における経済システムのリーダーは、圧倒的にプロテスタントが多いのである。
・ヴェーバーの考えでは、資本主義の精神は経済的な強欲によって単純に定義されるものではない。他の多くの社会においては、個人による利潤の追求は、少なくとも部分的には強欲によるものだとみなされている。しかし、プロテスタンティズムは利潤の追求を道徳的に正しいものとして、反転させることに成功した。この道徳システムによる後押しによって、これまでにない利潤の拡大が生まれ、結果的に資本主義システムができあがったのである。
・資本主義の精神は、数々の相互に関係する理念を含む規範システムである。例えば、「利潤を合理的かつ体系的に追求する態度」であり、人生の快楽を拒否するように指示する。さらに「時は金なり」のような理念も含まれる。とりわけ、富を絶えず拡大することが人々の義務であるという理念がある。ヴェーバーは、ある種の資本主義が中国、インド、バビロンなどに存在したことを認めたものの、これらの社会においては、「この特有のエートス」を欠いていたために、西洋資本主義とは異なるのである。
・ヴェーバーはこの倫理システムを記述するだけではなく、そこから導きだされるものにも関心があった。彼はプロテスタンティズム、特にカルヴィニズムが資本主義の精神の発生にとって重要だと考えた。しかし、カルヴィニズムは経済システムの継続にとってはもはや必要ではなくなる。今日の資本主義は、デュルケームの言葉を用いれば、個人にとって外在的で強制的な社会的事実となっているのである。
・また他に重要な点として、カルヴィニストたちは意識的に資本主義システムを作り出したわけではないということがある。ヴェーバーの考えでは、資本主義はプロテスタントの倫理による意図せざる結果(unanticipated consequence)なのである。人々は社会構造を作り出すが、その構造はすぐに自らの生命をもち、作り出した人々が制御できなくなるという、彼の理論的な考えが表れている。ミッツマン(Mitzman)は、ヴェーバーは物象化(reification)の社会学を作ったと主張している。

 

カルヴィニズムと資本主義の精神(Calvinism and the Spirit of Capitalism)
・カルヴィニズムの特徴のひとつは、ごく少数の人々のみが救済に選ばれるという考え方である。さらに、カルヴィニズムには予定説(predestination)の考えがある。人々は救済されるか地獄に落とされるかがあらかじめ決まっているということである。個人や宗教がその運命を変えることはできない。この考えは人々を、自分は救済されるのかどうかと不安にさせる。この不安を減らすために、個人が救済される徴候(signs)という考えを発展させた。人々は勤勉に働くことを要求された。なぜなら勤勉であることによって、救済の徴候を示すことができると考えられたからである。
・孤立した行為だけでは十分ではない。カルヴィニズムは自己統制とともに、統合された一連の活動、特に商取引の活動を要求した。これは、特定の罪を贖うためには孤立した行為に従事させた、中世のキリスト教の理念とは反対に位置するものである。
・カルヴィニズムは、資本主義との一般的なつながりだけではなく、より具体的なつながりも有する。カルヴィニズムは勤勉な労働者を生み出すことで、資本家による搾取もこれまでにない水準に高めることを可能にしたのである。さらにカルヴィニズムは不平等な階層システムを、神の摂理(Divine Providence)として正当化した。
・ヴェーバーは、合理化された世界のあらゆる側面と同様に、資本主義システムに対しても留保もくわえた。例えば、彼は資本主義が、「魂なき専門家、心なき享楽人」(specialists without spirit, sensualists without heart)を生み出す傾向にあると指摘している。
・カルヴィニズムが西洋において資本主義を発生させた原因のひとつであるならば、なぜ他の社会において資本主義は発生しなかったのかという疑問が浮かぶ。この疑問に対してヴェーバーは、精神的・物質的な障害によって説明しようとした。

 

  • 中国における宗教と資本主義(Religion and Capitalism in China)

・西洋と中国を比較することをヴェーバーに可能にさせた重要な仮定のひとつとして、どちらも資本主義が発展する上での必要条件を満たしていたというものがある。強欲や無節操な競争の伝統があり、巨大な産業や労働が可能な人口も存在した。強力なギルドも存在した。貴金属の順調な増大も起きていた。これらの条件にもかかわらず、なぜ中国には資本主義は発生しなかったのか。中国にまったく資本主義が存在しなかったというわけではない。高い利潤を追求する金貸しや調達人はいた。しかし、市場や他の合理的資本主義システムの要素が欠けていたのである。

 

構造的な障害(Structural Barriers)
・ヴェーバーが挙げる第一の構造的な障害は、中国に特有の共同体である。共同体は血縁に基づく、強固な親族関係で成り立っている。親族は年長者によって支配され、伝統主義の砦をなしている。親族は自己充足的な存在であり、他の親族との取り引きはほとんど存在しない。これにより小さく閉じられた土地所有が生まれ、市場よりも世帯に基づいた経済が促進される。詳細な土地の分割は大きな技術促進を妨げる。なぜなら、規模の経済(scales of economies)が不可能になるためである。西洋資本主義の中心となる近代的な都市は、中国においては発展が抑制されたのである。
・第二の障害は中国国家の構造である。国家は世襲的であり、伝統、特権(prerogative)、えこひいき(favoritism)によって支配されていた。ヴェーバーによれば、合理的で計算可能な行政と法の執行システムが存在しなかったのである。
・第三の障害は中国語の性質である。ヴェーバーによれば、中国語は体系的な思考を難しくするものであり、合理性に対して不利に働くものであった。なぜなら中国語は、「図形的」で、「記述的」な領域に大きくとどまるものだからである。さらに、知的思考が寓話(parables)の形態のままであり、知識の蓄積的な発展が抑制されていた。
・他にも資本主義の発生に対する構造的な障害は存在するが、重要なのは、必要な「気質」(mentality)、すなわち必要な理念システムが欠けていたことである。ヴェーバーは中国において支配的な宗教理念システムとして儒教と道教を挙げている。

 

儒教(Confucianism)
・儒教の思考における中心的な特徴のひとつは、読み書きの知識を官職と社会的地位の必要条件としていることである。このシステムによって生み出された知識階級(literati)は、行政における実際の仕事は、下級者の行うものだと見なすようになる。知識階級が経済活動に無関心であることは、結果的に国家の政策に反映される。よって、中国の国家は、経済および社会の他の部分を合理化する上では、最小限しか関わらなかったのである。
・儒教の他の要素も資本主義に対して不利に働いた。儒教は基本的に、世界、およびその秩序と慣習への適応をすることに価値を置いている。カルヴィニストが行ったように、物質的な成功と富を救済の徴候とするのではなく、儒者は物事をありのままに捉える。結果として、救済という理念は儒教には存在せず、緊張関係が存在しないことによって、資本主義の発生は抑制されたのである。

 

道教(Taoism)
・ヴェーバーは、道教は中国における神秘主義の宗教だと感じていた。道教においては最高の善は精神状態にあるとされ、現実世界における行いによって得られる恩寵(state of grace)にあるのではないとする。結果として、道教における人々は、外的な世界を合理的に変えようとはしない。道教は本質的に伝統主義であり、その基本的な教義のひとつは、「革新をもたらすな」(Do not introduce innovations)なのである。

 

  • インドにおける宗教と資本主義

・インドについてはヴェーバーの議論は、中国の事例と同様である。例えば、ヴェーバーはカーストシステムによる構造的な障害を議論している。カーストシステムは社会移動における大きな障害となり、人々の最も小さな側面でさえ制限する傾向にあった。例えば、バラモン(Brahmans)の理念システムには数々の構成要素がある。例えば、バラモンは品のない職業を避け、作法における礼節を守ることが期待される。この世の通俗的な事柄に無関心であることは、バラモンの理念における頂上をなす考え方である。
・ヒンドゥー教も同様の理念的障害をもたらした。その重要な理念は、生まれ変わり(reincarnation)である。ヒンドゥー教においては、個人は前世での行い対してふさわしいカーストに生まれ変わる。ヒンドゥー教はカルヴィニズムとは違い、救済は規則に忠実に従うことで得られると考えるために、伝統主義的である。革新、特に経済の領域におけるものは、来世における高いカーストに結びつかないのである。現世における活動は、重要ではない。なぜならば現世は仮の住まいであり、精神の旅に対する障害だからである。

批判

・ヴェーバーに対しては数々の批判が存在するが、特に重要な4つを検証する。第一の批判は、ヴェーバーの理解(verstehen)という方法についてである。ヴェーバーは理解についての2つの問題に板挟みとなっていた。一方で、理解とは科学的であるためには、単なる主観的な直感を意味するものではない。もう一方で、社会学者は単純に社会現象の「客観的」意味を宣言することはできない。ヴェーバーは、自らの方法はこれら2つの選択の間に位置するものだと主張したが、どのように行うのかについては完全に説明したことはなかった。ヴェーバーの方法論における不十分さは、彼自身の解釈に基づいた洞察にあふれた分析を読んでいる時には、それほど明らかではない。しかし、社会学者が彼の方法を自らの研究にあてはめたり、理解とは何かを他の人に教えようとしたりする時に明らかになる。理解の方法とは、明らかに体系的で厳格な研究を伴うものであるが、そうした研究をヴェーバーの啓発的な洞察に変える魔法は、私たちには捉えられないのである。社会学者の中には、理解とは真に科学的な研究に先立つ、探索的な作業であると格下げをする者もいる。また、理解とはそれ自体が社会的なプロセスと見なす必要があり、他者の理解は常に対話の中から生まれると述べる者もいる。
・第二の批判は、ヴェーバーには十分に理論化されたマクロ社会学が存在しないというものである。ヴェーバーは階級と政治の構造が人々に影響を持つことを明らかに認識していた。しかし、彼はこれらの影響を意図せざる結果の集まりとして以外には、理論化することができなかったのである。
・第三の批判は、ヴェーバーは批判理論(critical theory)を欠いているというものである。言い換えれば、ヴェーバーの理論は前向きの変化が生まれる機会を見つけるために利用できないというものである。この批判は、ヴェーバーの合理化理論の検証を通じて明らかにできる。
・ヴェーバーは合理化という言葉を、多くの意味で用いたが、重要なのは2つのタイプである。ひとつは官僚制とその権威の法的な形態の発展に関するものである。もうひとつは、形式合理性という態度における主観的な変化についてである。官僚制と形式合理性が合わさることによって、ヴェーバーが意図せざる結果と呼んだものが現れる。ヴェーバーの有名な鉄の檻(iron cage)は、合理性のもたらす非合理的な結果のひとつである。官僚制と形式合理性は、当初はある目的を達成する際に、その効率性、予測可能性、計算可能性、制御可能性のために発展させられるのであるが、合理化が進むにつれて当初の目的は忘れられてしまうのである。
・よく引用される文章において、例えば鉄の檻の比喩のように、ヴェーバーはこのプロセスは避けられないものであると示唆している。しかし、必然的な合理化という、一般的な進化系列(general evolutionary sequence)を見出すのは間違っている。
・多くの人々は自らの共犯関係(complicity)を無視し、合理化とは自らに押し付けられているものだと見なすことをより好む。ヴェーバーに対するもっとも引き合いに出される批判は、合理化に抵抗する戦略を彼がもたらさなかったということである。私たちは官僚制(大学)の中で働いており、また官僚制が十分に効率的・予測可能でないときに不満を述べるために、ヴェーバーを強く批判できる立場にはない。しかし、私たちが共犯を行っている理由の一部は、増大する官僚的な世界に対する代替物が十分に発展していないことによるのである。
・第四の批判は、ヴェーバーの社会学における絶え間のない悲観主義である。ヴェーバーの社会学的方法から、彼は個人における意味の重要性を固く信じていたことがわかる。しかし、彼による合理化と支配の研究は、私たちがますます無意味で脱呪術化された世界に囚われていることを示している。ヴェーバーがこのことを指摘したのを批判するのは短絡的である。しかしながら、ヴェーバーは意図せざる結果の中には有益なものもあることを見逃していたようである。