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Williamson (1993) "Contested Exchange Versus the Governance of Contractual Relations"

論文

Williamson, Oliver E. 1993. "Contested Exchange Versus the Governance of Contractual Relations." Journal of Economic Perspectives 7:103-8.

 Samuel BowlesとHerbert Gintisの1993年の論文に対する、Williamsonからのコメントです。完全情報・完全競争に基づいたWalrasの一般均衡理論に対して、限定合理性・情報の非対称性の下における機会主義的な行動による取引費用の発生、およびそれに対処するための制度の存在を問題にしたのがWilliamsonです。
 こうしたWilliamsonの見方に対しては、Bowles and Gintisは同意しつつも、両者では違いも見られます。Williamsonは制度が資源の割り当てをどのように効率化できるかという統治(governance)を問題とするのに対して、Bowles and Gintisは制度の有効性はそれだけではなく、契約事項の履行を強制(enforcement of claims)できるかどうかの権力(power)が重要であると指摘します。交換の一方の当事者において、次善の選択肢が十分にない場合において、他方の当事者は契約を終了させるという脅しをかけるという権力の行使が可能になります。これを内生的強制(endogenous enformcement)が伴う交換モデルと呼んでいます。
 Bowles and GintisはWilliamsonが、「競争的なプロセスから生まれた制度は、もっとも取引費用を最小化し、それゆえに効率的である」と見なしていることを問題だとしています。内生的強制がある場合には、競争による均衡はパレート基準を満たしていないためだということです。すなわち、制度進化の経路依存性および、複数の均衡の存在可能性を無視していることが問題だといいます。
 しかし、Williamsonは取引費用に基づく経済モデルは、生産の垂直統合(vertical integration)をはじめとした、様々な実証分析によって有効性が支持されていると反論します。それゆえ、Bowles and Gintisの言う権力は、時として補助的な仮説になることは認めつつも、中心的な概念にはなりえないと退けています。
 また、「競争的なプロセスから生まれた制度は、取引費用を最小化している」という見方についても、過剰であるとしています。Williamsonの立場は、競争的なプロセスから生まれた制度は、「相対的に効率的」というものであり、「最大化・最小化」という言葉を用いることは避けているとのことです。
 そして、Bowles and Gintisは行為者の選好が内生的であり、制度とともに共進化してゆくと見なしていることについても、Williamsonは批判的です。これは多くの場合において本質的ではなく、問題を非常に複雑化させるものだと指摘されています。