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青木(2014)pp.110-111

メモ

 青木昌彦,2014,『青木昌彦の経済学入門――制度論の地平を拡げる』 .

 

第2章「制度分析の考え方」

青木 社会科学では、これまで制度についてはいろいろな対立がありました。法実証主義やメカニズム・デザイン論が追求しているように意識的に設計されうるものであるのか、あるいはハイエク〔2007〕が考えるように進化的に、自生的に作られていくものと考えるべきなのか。あるいはサール(Searle 2010)という哲学者が考えるように、人間の権利とか、義務とかいう価値と合理的な選択とは二分法的に考えるべきなのか、そうでなくゲーム理論家のビンモア(Binmore 2005)が考えるように前者もある種の社会合理的な合意の選択として考えられるのか。制度は経済学者のノースが考えるように行動に関する制約なのか、あるいは社会科学者の盛山和夫教授が『制度論の構図』という名著で述べたように、社会的な意味の体系というところに本質があるのか。
 実はこうした対立が、ある程度ゲーム的な考えで統一的に説明できるのではないか、と思っています。さきほども示唆したように、制度を共通認識、予想と考えれば、そういうものが人間行動に何らかの規則性を生み出す。個々人にそういう共通知識は制約として感じられるかもしれないが、それはまた人々の行動選択によって確認され、再生産されていく。そういう循環関係にあるのですが、ただ、個々人のさまざまな選択の中からあるパターンが共通認識として成立していくには、何らかの人々の外部に存在する認知的な範疇の介在が資源として必要です。それが法とか、社会学が強調してきたさまざまな言語的表現や社会的シンボルの役割でもあるわけです。こうした関連性を考えていく上では、なぜそこから人々が共通認識を持ちうるようになるのか、ということを考える上で、山形さんも勉強しておられる認知科学や脳科学なども、今後はおおいに関係してくると思います。

[pp.110-1] 

 

 以前にサールの『行為と合理性』を読みましたが、それは制度が中心的なテーマではなく、古典的な合理的選択モデルの批判、行為の理由づけや、意思決定過程における「飛躍」などが主な内容だったような気がするので、本書で挙げられている文献も読みたいですね。