松本俊彦(2018)『薬物依存症』

 

薬物依存症 (ちくま新書)

薬物依存症 (ちくま新書)

 

 

 主に前半では薬物の種類、日本の法制・薬物乱用の実態、依存性治療の失敗の歴史、薬物依存症・依存者に対する先入観への反論が展開されており、後半では自助グループによる成功事例、著者が実践してきた薬物依存症の治療プログラム(SMARPP)の紹介という構成になっています。

 「刑罰から治療へ」という依存症対策のトレンドが強調され、刑務所への収監が効果がないどころかかえって有害になりうること、薬物乱用防止の教育・啓発キャンペーンがいかに間違っているかということが、繰り返し語られています。

 

  興味深い主張・知見が多数ありました。

  • 依存症の行動原理は、快楽を得るというよりも苦痛から逃れるというものであり、「正の強化」ではなく「負の強化」によって依存症はつくられる
  • 薬物使用がもたらす最初の報酬は、快感のような薬理学的効果ではなく、関係性という社会的効果である
  • 薬物依存症から回復する上で何よりも重要なのは、薬物をやりたくなったときに、やりたいという気持ちを正直に伝えられることであり、それが依存症患者に不利益(逮捕のリスク、恥の感情)にならない場所があることである
  • 自立とは「依存先を増やすこと」であり、依存症とは単に人に依存できない病ではなく、安心して人に依存できない病である

 

 治療のプロセスにおいて重要なのは、援助者や自助グループに継続してつながることだとして、「安心して覚醒剤を使用しながら通院できる場が必要」という大胆な主張には目から鱗が落ちました。

 

 人間関係・社会関係が重要ということで、必然的に社会学的な視点も出てきますね。たとえば、そもそも刑法・刑罰は何のためにあるのかという問題提起は、デュルケームの「抑止法」と「復原法」の区別を想起させます。また、「誰もが依存症になるわけではない」という異質性の問題や、ランダム化実験による治療効果の比較などは、自分の研究の経験と対応させながら読みました。