ケネス・ルオフ(2019)『天皇と日本人――ハーバード大学講義でみる「平成」と改元』

 

天皇と日本人 ハーバード大学講義でみる「平成」と改元 (朝日新書)

天皇と日本人 ハーバード大学講義でみる「平成」と改元 (朝日新書)

 

 

 2018年9月のハーバード大学での講義(1~4章)、2018年5月のポートランド州立大学での講義(5章)、2016年11月に『世界』に掲載された原稿(6章)から構成されています。

 改元の前にということなのでしょうが、かなりのスピード感でもって出版された本ですね。誤字もあるし、翻訳の読みづらさを若干感じる部分もありました。なお、帯に「白熱のハーバード大学講義を全収録!」とあるのですが、明らかにマイケル・サンデルのような挑発的な質疑を伴うスタイルの講義ではないと思います(ちなみに先日読んだ吉見先生の本によると、2004年以降はタイトルに「ハーバード」と銘打った本が毎年10冊以上出版され続けているとのこと)。

 

 明仁天皇美智子皇后の目標(アジェンダ)と象徴性には、下記の5つのテーマが見られるとして、それらに関わる経験的事実や右派・左派の反応、グローバルな文脈での解釈のされ方などが紹介されます。
 
  1. 戦後憲法固有のさまざまな価値を含め、戦後体制を明確に支持してきたこと。
  2. 社会の弱者に配慮し、地理的その他の要因により周辺でくらす人びとに手を差し伸べ、社会の周縁との距離を縮めるように努力してきたこと。
  3. 戦争の傷跡、さらに全般的に帝国の時代がもたらした深い傷跡をいやし、戦後を終結させようと努力してきたこと。
  4. 日本が示すべき誇りを堂々と提示してきたこと。ただし、その誇りは、日本史の見方を含め、単純きわまるナショナリズムとは異なる国際協調主義に裏づけられたものであったこと。
  5. 美智子皇后が際立った行動を示し、重要な役割を果たしてきたこと。

 

 2に関しては、1964年パラリンピックにおける選手の激励、ハンセン病療養所の訪問など、明仁天皇美智子皇后は「社会福祉カップル」と形容可能であるという主張が印象に残りました。

 4に関しては戦後の新憲法制定の際に、国事行為のみならず「象徴としての地位における行為」という天皇の公的役割を広く解釈するという戦略を保守派はとったものの、そのことによって、1990年代に入って中国・韓国への戦争の謝罪など、保守派が望まない象徴的振る舞いを天皇が行ってきたという、保守派にとっての「意図せざる結果」が面白かったです。

 

 天皇制というイデオロギーとタブーが強くなりがちな問題において、「アウトサイダー」による視点が理解を助けることがあると著者は述べます。日本人(とはそもそも何かという問題も著者は提起しているのですが)が書いた文章だと、少し捻くれた捉え方をしてしまいそうな箇所も、すんなり入ってくるのを読んでいてたしかに感じました(戦後処理に関する記述など)。やはり日本人の主張の場合には、政治的な派閥や利害関係などと無意識に関連づけてしまうところが自分の中にあるのかもしれません。もちろん、著者が感情論ではなく経験的事実をきちんと積み重ねているという上での話ではありますが。

 また、自らは中道左派を自認しているものの、「自分と同じような考えを持っている人々を分析しても面白くない」と、あえて右派・保守派を対象にするという著者の姿勢も勉強になります。