岩波明(2017)『発達障害』

 

発達障害 (文春新書)

発達障害 (文春新書)

 

 

 誤解の多い「発達障害」という概念に関して、豊富な事例とともに一般向けにわかりやすく紹介されています。

 軽症の場合や合併症がある場合に診断が難しいため、幼少期からの生育歴などを含めて事例を詳しく記述する必要があるというのはわかったのですが、それもでやや冗長に感じられる部分がありました。特に、フィクションの登場人物や歴史上の偉人が発達障害かどうかという辺りには自分はあまり関心を持てず、むしろ後半で扱われている支援・治療プログラムがどのような理論に基づいているのかというようなことが、もっと知りたかったです。とはいえ、発達障害に関して素人が知っておくべきことはおおむねこの一冊で網羅されていると思いました。

 2000年代以降に発達障害という用語は一般に広まるようになったということで、たしかに私の子ども時代には耳にしたことはなかったかもしれません。しかし、振り返ってみると本書で言われるASDに該当していそうな事例は身の回りにもあり、コミュニケーションが苦手で対人関係のトラブルをしばしば起こす一方で、学年の生徒全員の誕生日を暗記しているという、限定的な領域における興味と能力を発揮する同級生がいたことを思い出しました。

 

  • ここ10年あまり、発達障害はマスコミでも頻繁に取り上げられ、一般の人々でも耳にするようになったものの、精神科医でさえ正しく発達障害の概念を把握しているのはごくわずかである;なぜなら、これまで医療や福祉で扱われてきた発達障害は比較的重症のものに限られ、また発達障害は児童期の疾患であるとして小児科で扱われてきたため
  • 一般的に「発達障害」は、アスペルガー症候群を中心とする自閉症スペクトラム障害ASD)、注意欠如多動性障害(ADHD)を漠然と指すことが多い;「発達障害」という病名は総称であり、個別の疾患ではない
  • スペクトラムとは「連続体」という意味であり、軽症から重症の人々まで広汎に分布していることを指す
  • ASDの主要な症状は、「コミュニケーション、対人関係の持続的な欠陥」と「限定された反復的な行動、興味、活動」
  • 発達障害は生まれつきのものであり、成人になってから発症するものではない
    • ASDの原因は明らかになっていないものの、家族内の発症率は高く、遺伝的な要因が大きいことは確実
    • 長い間、自閉症などの原因は、「親の養育の失敗」、「親の愛情不足」とみなされてきたものの、現在ではこれらの点は明確に否定されている
  • ASDとくらべてADHDの有病率は高く、小児期においては総人口の5~10%程度に及ぶという研究もある(ASDの10倍以上)
  • ADHDの原因としては、1980年代に「微細脳機能障害仮説」が誤りであることが明らかになってから、ノルアドレナリンなどの脳内神経伝達物質の機能障害によるものだとする仮説が提唱されているものの、まだ検証の段階である
  • 発達障害ADHDをキーワードとする新聞記事、論文は2000年代に大きく増加
  • アスペルガー症候群に対する誤解が広まっている;「対人関係、コミュニケーションの障害」だけでは、診断基準を満たしておらず、他に「同一性へのこだわり」の症状が伴う必要がある
  • アスペルガー」という言葉が広く知られるようになったのは、2000年に起きた愛知県豊川市の主婦殺人事件であるものの、実際はこの事件の加害者に対する診断は誤診であった
  • 検察寄りの結論を出す傾向のある医師は、検察や裁判所から頻繁に依頼される現状があり、これに対して弁護側の依頼による精神鑑定の結果は被告人に有利な傾向がある
  • 過去の研究においては、ASDADHDを持つ人々の犯罪率は、一般の人々よりも高率であるという研究と、ほぼ同等であるというものがあり、明確な結論は得られていない;この理由の一つとしては、診断に伴う曖昧さの影響がある
  • 犯罪率については不明な点があるものの、ASDにおいては、奇異な動機や犯行の方法が見られることがある;さらに社会性・コミュニケーションの障害によって、「反省の情がない」と捜査段階や法廷で否定的に評価されたり、裁判上の有利・不利を省みずに捜査側の誘導に沿った供述をしたりしやすい傾向も指摘されている
  • 成人の発達障害に対する支援プログラムは十分ではなかったものの、近年ではレクリエーションと軽作業を中心としたデイケアが設けられるようになってきた
  • こうしたプログラムは、「うまくこなす」ことが治療の目的ではなく、むしろプログラムを通じて他者と接し、様々な問題やトラブルに取り組むことが主な目標である