宇野重規(2020)『民主主義とは何か』
発売後わりとすぐに買っていたのですが、半分くらい読んで止まっていました。ここ2,3日で残りを読了しました。
『保守主義とは何か』では、エドマンド・バークが参照点になっている関係上、フランス革命前後のヨーロッパの記述が分厚かった記憶がありますが、本書は民主主義に関する基本的な流れと論点を解説するというもので、古代ギリシアに多くのページが割かれています。
扱われている個々の研究についてある程度は知識があっても、「民主主義」という角度から論じられることで、新しく見えてくるものもありました。たとえばロールズの『正義論』は原初状態は社会契約の概念に基づいており、民主主義とも潜在的にはもちろん関係してくるわけですが、あまりそのような点から考えたことがありませんでした。
- 多数決をめぐる問い
- 「民主主義とは多数決である」
- 「多数派によって抑圧されないように、少数派の意見が尊重されなければならない」
- 多数決にもとづく民主主義に対して、初期の最大の批判者はプラトン(ソクラテスは民衆裁判によって死刑になった)
- アメリカ独立の指導者たちは民主政よりも共和政という言葉を好んでおり、「多数者の利益」よりも「公共の利益」が重視された
- 選挙をめぐる問い
- 「選挙を通じて国民の代表者を選ぶのが民主主義である」
- 「選挙だけが民主主義ではない」
- 「選挙の日にだけ国民が主権者になる」というルソーの議会制民主主義への批判
- アメリカ東部のタウンシップを単位とした自治に民主主義の力を見出したトクヴィル
- 制度か理念か
- 「民主主義とは国の制度のことである」
- 「民主主義とは理念である」
- 民主主義と区別し、「ポリアーキー」(複数による支配)という言葉をつくり出したダール
- 「完全に無力な議会」と「政治教育のひとかけらも受けていない国民」を嘆き、強力な大統領によって打破しようとしたウェーバーの挫折
- 近代の民主主義をめぐる議論が立法権中心になってしまっていることを問題視し、執行権を民主的な統制の下に置くことを提唱したロザンヴァロン
Halford and Savage(2017)「ビッグデータと社会学的に対話する――交響的社会科学とビッグデータ研究の未来」
Halford, Susan and Mike Savage. 2017. "Speaking Sociologically with Big Data: Symphonic Social Science and the Future for Big Data Research." Sociology 51(6): 1132-48.
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Goldthorpe(2016)「ビッグデータが『知識資本主義』に対してどのような価値を持ちようとも、社会科学に対して持つ価値は、少なくとも現時点では非常に疑問の余地がある」
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交響的アプローチとビッグデータ分析の類似性
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(1)複数の、かつ多様な「発見された」データ源を別の目的で使用する、
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(2)相関関係の協調
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(3)視覚化の使用
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交響的アプローチとビッグデータの重要な差異
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(1)交響的社会科学は豊かな理論的認識と(2)野心的で多岐にわたる社会的問題に取り組むために注意深く選ばれたデータとを組み合わせる
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(3)ビックデータ分析は、数時間の間における「リアルタイム分析」や特定のスーパーマーケットにおけ購買行動などのミクロなパターンに注目するのに対して、交響的社会科学は長期的なトレンドと多岐にわたる比較に注目する
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(4)相関は因果に取って代わる(replace)のではなく、むしろ因果を排除し(displace)、因果的な主張は推測統計から社会学的な概念と理論へと切り替えられ、またこれらの概念と理論は繰り返されるモチーフと交響的なナラティブを結びつける
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(5)ビッグデータ分析では可視化はデータを提示する上での技術政治的な方法として用いられるのに対して、交響的アプローチでは可視化は意図的な分析戦略として採用される
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交響的社会科学における因果の主張
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WikinsonとPickettの研究では、複数のデータを利用した線形回帰分析が繰り返し行われ、所得の不平等と特許の数、寿命などの29もの異なるトピックの関係が示されている
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Pikettyも様々な国における富の集中の例を積み上げている
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これらの著者たちは因果に関心がないわけではなく、むしろ因果を多くの実証例による精緻化(elaboration)と詳説(explication)によって立証しているのである
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これらの著者たちは定量的研究の専門家であるものの、複雑な統計モデルを使用するのではなく、理論的な議論によって裏付けされた相関の証拠を繰り返すことで因果を主張している
Molina and Garip(2019)「社会学のための機械学習」
Molina, Mario and Filiz Garip. 2019. "Machine Learning for Sociology." Annual Review of Sociology 45: 27-45.
面白かったところを中心に。機械学習は主に予測を目的にした方法ということで、因果推論とは対立する部分が多いと思っていたのですが、母集団の異質性の問題に対して有用ということが知れたのはよかったです。
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教師あり機械学習は分析内・分析外散布つの誤差を減らす理想的なバランスを求める。この目標はデータ分析の2つの落とし穴である過少適合と過剰適合を避ける上で役に立つ。
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このデータ分割の方法には欠点もある。検証とテストのためにデータを確保することで、推定に使用するデータが少なくなり、過少適合のリスクが増加してしまう。折衷的な方法として、特にデータが小さいときには訓練データと検証データを一緒にして、k分割交差検証を用いるというものがある。
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社会科学者は特定の性質(不偏性や一致性)をともなった特定の推定値をもたらす統計モデルに慣れ親しんでいる。しかし教師あり機械学習はを復元するようにデザインされているのではなく、タスクと呼ばれるものを解くのに優れている。
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教師あり機械学習は、XとYの関係を理解するのが目下の関心ではなく、むしろ新規のデータにおけるYを予測するのにXを用いることに関心がある場合に、政策の予測に役立てることができる。
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観察データを用いた因果推論においては、傾向スコアの推定は予測のタスクをともなうために、教師あり機械学習が適している。伝統的なロジスティック回帰に代わるものとして、ブースティング、ニューラルネットワーク、回帰木が近年の研究では用いられている。
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欠落変数バイアスに対処する方法の一つは操作変数法である。この第一段階では予測タスクが含まれるため、教師あり機械学習のツールを用いることができる。
「なぜ君は総理大臣になれないのか」
- 自宅近くの映画館(徒歩圏内)で公開が本日までだったので観てきました。小川淳也議員に対して17年間という長期に渡った取材に基づくドキュメンタリーです。最近ほとんど職場以外には外出していなかったのですが、入り口での検温、アルコールでの手指の消毒、席間のスペース確保、館内の換気と映画館もいろいろと対策をとっているのだなあと思いました。
- 政治家を被写体としたドキュメンタリーだと、想田和弘監督の「選挙」を以前に観ました。想田監督の「観察映画」手法に基づいた「選挙」はナレーションや字幕がほぼないのに対して、本作ではそれらの要素がしばしば入れられます。10年以上前の映像を用いている場面では、当時の時代背景について理解を補うためにこうした情報があった方がよいという判断もあったのかもれません。また、「この人を応援したいと思うようになった」、「議員には向いてないのではないかと思うようになった」などの監督自身の思想を明確に打ち出したナレーションがあったのも印象的です。
- 「なぜ君は総理大臣になれないのか」というタイトルの問いに対しては、(1)地盤がないために選挙区での当選回数が少なく、比例復活によって当選した議員は党内での発言力が弱い、(2)党利党略によって党内での出世を狙う本人の関心・意欲が弱いということが挙げられていました。この問いをタイトルに据えるのであれば、所属政党の他議員を取材する場面であったり、小川議員が(党利党略ではなく)自身の社会構想について論じたりする場面があってもよさそうだと思いました。2時間の映像の半分近くが希望の党から出馬した際の衆院選に割かれていたのですが、やや冗長にも思われました。
- 想田監督の「選挙」を観たときにも思いましたが、プライベートと公的な生活が交錯する場面は、ドキュメンタリーを観ていて面白く感じられる時間ですね。本作だと、小川議員の長女・次女が街宣に付きそったり、有権者に電話をかけたりするシーンには惹きつけられます。
- 社会保障を手厚くしようと主張していても増税(特に消費税)は積極的に主張できない政治家が多い中で、不利益の再分配について口にできるのはやはり誠実な姿勢が現れていると思います。本作の中でも井手先生が応援演説をしていましたが、評価されるのもわかります。
科研費による学会の年会費支払い
- 以前の所属先では、個人研究費による学会の年会費支払いができたので、新しい勤務先でそれが可能か事務の方に質問したところ、「個人研究費ではできませんが、科研費からはできます」と言われて、思わず「えっ!?」と驚きました。
- 学会の年会費は特に研究課題に関わる活動をしていなくてもかかるものなので、科研費からの支出はできないという理解でした。
- 「最近規定が変わってできるようになりました」と言われて、学振のサイトで科研費FAQをみると、「当該学会の活動に参加することが、科研費の研究の遂行のために必要であるならば可能です」とたしかに記載されていました。
- 個人的には嬉しい変更ではありますが、「課題遂行のために必要」という点が研究者個人の判断に任せられる場合には、いくつでも学会の年会費に適用できてしまうのでよいのかなとも思いました。
データに強くなる
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マクロデータを扱っていると、G先生の授業に出ていた時のことをしばしば思い出します。
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G先生の授業スタイルとして、「今日本に失業者って何人いるの?」、「失業者と無業者の違いは?」、「毎月勤労統計調査と労働力調査が示す労働時間は同じ?」といったことを学生にガンガン質問してくるのですね。公的統計を見る上で、定義を確認することや、比率だけではなく絶対数にも注目する重要性を学びました。G先生の初めの単著も、中高年男性の失業者が絶対数としてそれほど多くないことに気づき、若年雇用の問題に焦点を当てることになったというエピソードも紹介されていました。
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G先生自身はデータへの習熟に関しては意識して取り組まれてきたそうで、「数学では周りの院生に絶対に敵わないと思ったから、データに徹底的に強くなろうと思った」ということでした。院生時代は暇さえあれば、就業構造基本調査の集計表を眺めていたということで、e-Statで確認できるようになった今でも、図書館に潜って紙の集計表を見るべきだともおっしゃられていました。