瀬尾まいこ『天国はまだ遠く』

天国はまだ遠く (新潮文庫)

天国はまだ遠く (新潮文庫)

幸福な食卓』の人。薄くて、会話中心なので、さくっと読めた。

とある若いOLが職場の人間関係に疲れ、自殺を決意する。日本海側の山奥の村にある小さな民宿で睡眠薬を飲むが、自殺は失敗。その後、民宿の主人を中心とした土着的な人間関係に触れることで、生きる意志を持つが、やはり自分はその村の人間にはなりきれないことに気付き、元の生活に戻ってゆく、というような話。

社会学チックに言えば、主人公は会社という共同体ではない、山奥の村に参入することで、自己の変容を経験する。しかし、その村は結局自分が所属すべき集団ではないことを認識し、日常に再参入してゆく、と定式化できるだろうか。

都会の生活に対して、山奥の民宿を安易に対置し、美化していないところは好感が持てた。山奥と言えど、携帯電話の電波は届くし、30分も車を走らせれば、大抵のものが店で買える。実際、そうした村は少なくないのだと思う。

それから、食材・料理の描写がうまかった。出てくる食べ物が美味しそうと感じさせるのは、よい小説家の条件の一つだと思う。

一方で、自殺をする瞬間や、意識が変容する過程の描写は単純すぎると感じた。自殺願望を持っている人の心理って、そんなに簡単に変わるものなのか、というか。まあ、そんなに深刻じゃない人間が自殺をすることがあり得るのだということを描きたかったのかもしれないが。