ソルジェニーツィン『イワン・デニーソヴィチの一日』

イワン・デニーソヴィチの一日 (新潮文庫)

イワン・デニーソヴィチの一日 (新潮文庫)

今年8月に亡くなったノーベル賞作家、アレクサンドル・イサーエヴィチ・ソルジェニーツィン。そのデビュー作にして、当時中学校の一田舎教師に過ぎなかった彼の名前を、全世界に知らしめた作品。1962年に発表された作品でありながら、この新潮文庫版が翌年に出されていることからも、当時の反響が窺える。

ソビエト強制収容所に服役している、イワン・デニーソヴィチという男のある一日を描いたもの。零下30〜40度にまで下がる、酷寒の冬の中で強制労働をさせられる様子や、まともな食事も与えられない様子など、当時のソヴィエト社会の厳しい現実を覗かせる。

しかし、その文体はソヴィエト政府への怒りを表すものでも、服役している人々に深い同情を示すものでもない。極めて抑制的で、淡々と綴られている。主人公が8年間を収容所で過ごすうちに、拷問のような生活が日常として馴染んでしまったことが文体に表れているのかもしれない。

この野菜汁の一杯こそ、今の彼には、自由そのものよりも、これまでの生涯よりも、いや、これからの人生よりも、はるかに貴重なのだ。
(pp.190-191)

強制収容所に服役している人々は、当然のことながら自由を求めていると考えがちだが、上の引用のような箇所が多々出てくる。


また、登場人物が農民、軍人、インテリ、バプテスト信者、元富農など多様であり、面白い。収容所という閉ざされた空間の出来事しか描いていないにも拘わらず、当時のソヴィエト社会の階層・制度などが俯瞰できる。