二神能基『希望のニート』

希望のニート (新潮文庫)

希望のニート (新潮文庫)

著者は不登校、引きこもり、ニートの若者を支援するNPO法人をの代表を務めており、本書はそこでの事例を交えつつニート問題を扱ったもの。

ニート」と括られる若者には様々なタイプがいるが、そのようなNPOの性格からか、○中学・高校で不登校に→ひきこもりが長期化→ニートに、○学校を卒業後働きに出るが、退職→ニートに、というタイプの若者が多く出てくる。

しかし、著者は「ニート=働く意欲のない甘えた若者」という見方は厳しく批判し、そうではなくむしろニートになる若者には非常にまじめな人が多いということを繰り返し強調している。曰く、「よい学校、よい会社」という考えを根強く持っている親や、「自分のやりたいことを見つける」ことを求める風潮が失敗を恐れさせ、若者を踏み出せなくさせてしまっているという。そのため、親はまず子どもへの依存を減らし、焦らず見守ることが大事だという。

このあたりの実証はまあ別として、面白いと思ったのは「新パラサイト主義」というもの。日本経済が右肩上がりの成長を続けていた時代と違って、年収1千万円を超えたり、マイホームを持ったりできる人は少なくなっている。そこで親の年金と子どもの安月給でも生活ができるような、相互扶助的な「新パラサイト主義」を提案しているというわけである。

また、本書のタイトルを見たときに、どうして「希望」なのだろうかと疑問が湧いた。これは本書の最後の方で説明される。
すなわち、ニートはこれまでの日本社会の効率至上主義的な考えを改め、年収は低くてもゆとりのある生活を求める働き方などを認める、多様な働き方がある社会へと開かれるきっかけになり得るのではないかということである。
これについては、不平等の再生産を正当化してしまうという危険などももちろんあると考えられるものの、ニートの問題を従来にはなかった、ある種社会哲学的な方向の議論をもたらしており、面白いと思った。



全体として、若者に対してとても寛容で、読んでいて心地よい箇所が多かった。

 ニートの若者と話していて、「親から聞いた言葉で何を一番守らないといけないと思っているか」を訊いてみると、よく出てくる言葉があります。それは、
「自立しなさい」
「他人に迷惑をかけてはいけない」
「人生の目的を持ちなさい」
 その三つです。
 だから私は、即座にそれを否定するようにしています。
「自立なんかする必要はない」
「他人ともたれ合って生きろ」
「人生に目的なんか必要ない。ただの人として楽しく生きろ」
(p.41)

 彼[とある開業医の息子]の父親は、典型的なわれわれ世代。立派な庭付きの豪邸に住んでいて、高級車ジャガーに乗っている。私に「先生、1500万円でジャガーを買いました。今度これでどこかへ行きましょう」と言ってくれるのですが、私が見るに、息子はそういう父親をせせら笑っているふしがある。
 直接、言葉にはしないけれど、父親をつまらないやつだなと思っているわけです。(中略)
 つまり、私たちの世代とは明らかに違う価値観を彼らは持っているのだということを、きちんと認識する必要があるのです。
(pp.49-50)

「あらゆる子育ての結果は偶然にすぎません」
 自分の子育てを振り返ってみることは大切です。ただ、失敗の原因を究明して、反省しすぎるのは、その後の子どもへの対応にかえってマイナスになってしまう危険性が高いのです。

 それでも現実問題として、まだまだ日本では、母親の愛情が子どもを健全に育てるという考え方が根強くあります。だから、私たちのところのような第三者機関に、子どもを預けることへの抵抗感もかなり強い。お母さん自身も「私は母親失格だ」と考えてしまいがちです。
 古いタイプのカウンセラーの中には、子どもが生き方に迷うと、お母さんの愛情で立て直すしかない、という論法で説得する人がいます。今後、お母さんはパートも全部やめて、子どもの問題に専念しなさい、というわけです。
 しかし、子どもから見れば、自分がニートや引きこもりの状態に停滞していることで、親に迷惑をかけていることは当然わかっています。
(pp.101-102)

 私に言わせれば、あらゆる家族は出来損ないです。機能不全なのです。
 完璧な人間がいないように、完璧な家族もありません。傍目には完璧な家族に見えたとしても、どんな家族にも多かれ少なかれ問題はあります。
(p.191)


こういうことを言ってくれる大人に子どもの頃出会っていたら、もしかしたら全然違う人生を歩んでいたかもしれないな、と思いつつ読んだ。