J.フィッツジェラルド『キャリアラダーとは何か――アメリカにおける地域と企業の戦略転換』

キャリアラダーとは何か―アメリカにおける地域と企業の戦略転換

キャリアラダーとは何か―アメリカにおける地域と企業の戦略転換

米国における新たな職業戦略である「キャリアラダー」について事例に基づいて解説された本。

 将来につながるまともな仕事(decent work)を、いかにして創出、再創出するのか。創出・再創出のみならず、いかにして拡大し維持するのか――とりわけ、とびきり高い学歴もスキルもなく、特別なコネもないような普通の人々のために。「いつクビになるか分からない雇用(precarious employment)」の不安が心によぎる、普通の人々のために。いま日本はこの問いを、理論的にも実践的にも解かねばならない。
(訳者まえがき,p.i)

高賃金を得られる人々がごく少数で、大多数が低賃金に甘んじなければならなくなった労働市場(表紙の図のような「ガビョウ型」)において、やせ細った中間の職業を再創出させ、人々がスキルを積むことによって、上昇移動をしてゆくことができるような仕組み。キャリアラダーとはそのようなものを指す。例えば、高校を中退した人がホームヘルパーから、学習やスキルアップを重ねて准看護士、正看護士というような階梯を昇ってゆけるような職業のあり方である。

自分は単純なので、最初の方を読んでいるあたりは、「キャリアラダー、いいなあ」という風に思ってしまったのであるが、やはり十全に機能するには数多くの問題があるようだ。

 十全なキャリアラダーは、以下の三つの特徴を持つ。第一に、プログラムは広範に認知された職業階梯に対して、明確な教育資格要件を確立していること。第二に、ラダー内のある段階と次の段階との距離が無理のないものであり、各段階で要求される単位の取得がより高次の資格や学位の取得の土台となっていること。第三に、各段階における特定の訓練の修了によって賃金が恒久的に上昇することを可能とする、十分な資金が提供されていること。
(p.112)

上記のようなプログラムを設計できる意欲のある人や機関はどうすれば増えるか、また十分な資金をどのように確保するかというのが大きな問題である。日本の文脈を考えるならば、訳書の副題にもあるような「地域」がアクターとなれるのかどうかが疑わしい。また、資金獲得のためには、行政に対して政治活動を行ってゆかなければならないことが述べられているが、これも日本では影響力が小さそうである。

さらに、キャリアラダー戦略はそもそもどれだけ重大な変化をもたらし得るのかという問題もある。著者によれば、最大規模のプログラムは、8年間で約6,000人の労働者に訓練を提供してきたが、年間所得が15,000ドル未満であるアメリカ人労働者は、6,420万人に上るということが述べられている。

果たして「焼け石に水」ではなく、労働市場の問題を真に解決する手段になり得るのかどうか。


それにもかかわらず、このキャリアラダー戦略に魅力を感じるのは、「努力すれば、それだけ賃金上昇の機会が保障されている」というメリトクラティックな原理にかなっているからではないかと思う。