エミール・デュルケーム『社会学的方法の規準』

社会学的方法の規準 (岩波文庫 白 214-3)

社会学的方法の規準 (岩波文庫 白 214-3)

序論 
第1章 社会的事実とは何か
第2章 社会的事実の観察にかんする諸規準
第3章 正常なものと病理的なものの区別にかんする諸規準
第4章 社会類型の構成にかんする諸規準
第5章 社会的事実の説明にかんする諸規準
第6章 証明の実施にかんする諸規準
結論

実証主義の精神を掲げたデュルケームが、本書で強調しているのは、いかにして社会学を哲学をはじめとした他の学問から独立したものとするかということと、社会学とは社会的事実を「物のように」研究するものだということ。

デュルケームは社会を、自然科学と同様に科学的な手続きによって研究可能なものだと考えた。それまでの社会学形而上学的な面を抜け出せていなかったことに対し、因果律の原理を社会諸現象に適用しようとしたわけである。

また、デュルケーム社会学の研究対象は社会的事実であるという。社会的事実とは、個人にとって拘束性と外在性をもった、ある種の実在のことである。例えば、デュルケムは『自殺論』の中で自殺率という統計数値に注目する。この数値がある社会やある時代に特有の数値を示すことは、一見して個人的な出来事と考えられる自殺というものが、実は個人に対して何らかの拘束力を及ぼしていることを示している。また、多くのサンプルが集まることにより、個々人間の差異は消え、個人を超えた外在的な特徴が見られるようになる。このような社会的事実を扱うとすることで、デュルケーム社会学ディシプリンを確立しようとした。

ただし、デュルケームが社会的事実を「物のように」研究すべしというとき、あくまで「社会的な物」としてだという留保がつけられる。すなわち、要素還元主義的な態度を批判し、あくまで社会現象としての固有の性質を失わないように扱えということである。


原初が刊行されたのは1895年。もう100年以上前になるのに、共変法による因果関係の特定の記述などは、今読んでも勉強になる部分が多かった。

もちろん本書で言われていることは、その後多くの批判がなされているようで、社会に対する見方が保守的だとか、個人と社会の区別を実体化しすぎてしまっているというようなことがあるらしい。

しかし、読んでいて自分が気になったのは、原因の単一性に関する基準である。デュルケームは「同じひとつの原因には常に同じ一つの結果が対応している」と主張する。そして、もしある社会現象が二つ以上の原因に基づいているならば、そこでの因果関係が混乱しているか、あるいは二つ以上の社会現象を観察しているのだという。

統計手法が発達し、複数の独立変数によって従属変数の説明を行う多変量解析の手法が広く普及している現在、この原因の単一性の規準をどう考えるべきだろうかと思った。