川人博『過労自殺』

過労自殺 (岩波新書)

過労自殺 (岩波新書)

今年の自殺者数も3万人を超えることがほぼ確実なようだが、著者によればそのうち1,000件は少なくとも過労自殺であるとのこと。

自殺の原因というと、どちらかと言えば失業・多重債務・家族の不和・鬱病というような連関が注目されることが多いような気がするので、むしろ仕事がある人たちの自殺はどのようにして起こるのか考えるよい機会になった。著者は弁護士で、しかも本書は新書でありながら、デュルケムの自殺類型やヴェーバーのBerufの概念に言及していたのには感心させられた。

 「部長殿
 だらしない部下をもって申し訳なく思っております。期待にこたえるべくガンバリましたが、力及ばずの結果となってしまいました。この上は、命にかえておわび申し上げますと共に、社長はじめ人事部、会社の方、組合の方々、関係先の皆さんに深く深くおわび申し上げます。大変な時期にこんなことになり申し訳ございません」(課長の遺書)
[85]

この遺書が特に印象的で、精神的に追い詰められたのが伝わってくると同時に、しかし日本人ならばどこか分かってしまう「おわび」の感情が悲しみを増させている。
他にも今の自分と同年齢の24歳の電通社員と、食品工場社員の過労自殺の事例が出てきて、仕事の責任が重くなる中高年だけの問題ではないことが分かる。

 また、うつ病になりやすい性格として、まじめ、几帳面、責任感が強い、などが挙げられるが、これらは、そもそも企業が労働者に求めている内容である。このような性格を自殺の原因だなどというのは、日本の労務管理政策を自己否定することにほかならない。
 にもかかわらず、自殺者が発生した場合、ほとんどの企業は、労働条件や労務管理の問題点を棚にあげ、自殺を労働者個人の責任としてとらえる。そして遺族に対して、「会社に迷惑をかけた」と高圧的な態度をとり、遺族は「申し訳ない」とおわびをする立場に立たされる。
[62]

過労自殺労務管理上の問題点としてとらえないことを批判している。企業だけではなく、労災の認定でさえも自殺=自己の意思による死=「故意」による災害であるとして、明確に精神障害であることなどが立証できなければ、認定されないという指摘は重要だと思った。


本書が出版されたのが、日本の自殺者が3万人の大台を超えた1998年。それから12年が経ち、今手にしているのは12刷だが、残業時間を規制して過労自殺をなくそうという話は議論されていない。


議論が盛り上がらない理由は一つには、政治や企業の取り組みもさることながら、

自殺に関しては、社会的偏見が根強いため、子どもをもっている配偶者(多くの場合は妻)は、死因を極力隠したがる傾向がある。
[56]

が関係しているのだと思う。こうした偏見はまた難しい問題だと思う。