ジョッシュ・ウェイツキン『習得への情熱―チェスから武術へ―』

 

習得への情熱―チェスから武術へ―:上達するための、僕の意識的学習法

習得への情熱―チェスから武術へ―:上達するための、僕の意識的学習法

 

 

インスピレーションを得るための公式や型紙は存在しない。だけど、それを得る自分なりの方法を発見するために辿るべきプロセスならある。

[p.240]

 

 本郷書籍部で目に留まったので買ってみました。

 著者はチェスから太極拳推手へと転向し、どちらの世界大会でも高い成績を挙げているという、異色の経歴の持ち主です。著者によれば、あらゆる分野において高いパフォーマンスを達成することには共通した原理があるとのことです。しばしば、一流の競技者は無意識でそれを行っており、言葉で説明することはできないと考えられることもあるものの、本書はそれを細かく要素に分解し、意識的に書き留めたものとなっています。

 一人の人間の自伝としても興味深く、自らを題材にした映画(『ボビー・フィッシャーを探して』)のヒット後に、周囲から注目される中でチェスを競技することのプレッシャーによって荒廃した時期や、そこから回復していった過程のあたりは、特に惹きつけられて読みました。

 著者が強調するのは、学習プロセスにおける基本原理の徹底(「小さな円を描く」)であり、それを繰り返すことで無意識下にその原理を定着させる(「数を忘れるための数」)ことです。実際、著者はチェスで学んだ基本原理を太極拳において適用することで、驚異的な速度で上達していったことが明らかにされます。

 後半では、大舞台においていかにしてパフォーマンスを発揮するかということが話題に移ります。スポーツ選手が時として、集中力が極限まで高まり、あたかも時間の流れが緩やかになっているように感じられる例を挙げ、そのような「ゾーンに入る」とはどういうことかや、意識的にそのような状態を作り出すためのルーティンについての考察が行われます。

 自分にとっては卑近な例になりますが、たとえば論文を書いていて次から次へと適切な表現が浮かぶときもあれば、1時間考えてもほとんど1文字も進まないような時もあるので、「ゾーンに入る」ような状態は、アカデミックな研究でもあるかもしれないとお思いました。そうした状態は運よく天から降りてくるように感じられるものですが、本書が述べるように(「引き金を構築する」)、それに至る一定の原理はあるのかもしれません。