チャールズ・デュヒッグ『習慣の力 The Power of Habit』

 

習慣の力 The Power of Habit (講談社+α文庫)

習慣の力 The Power of Habit (講談社+α文庫)

 

 

 タイトルだけ読むと安易な自己啓発本っぽく見えますが、脳科学・心理学の新しい知見が含まれていることにくわえ、様々な興味深い事例が紹介されており、よい本でした。詰まるところ、人間の行動は少なからず意思ではなく習慣から来ており(本書によれば4割)、よい習慣を確立することが大事ということです。

 「キーストーン・ハビット」という概念を新しく知りました。これは、ある習慣を確立することで、それが他の習慣にも波及してよい結果をもたらすというものです。たしかに自分を振り返ってみても、運動をちゃんとしていると、食生活や生活リズムも整えようという傾向が強まるという経験がありましす。

 「習慣」と聞くと、つい個人のことのみを考えてしまいがちですが、本書では個人の習慣→組織の習慣→社会の習慣と後半の章になるにつれて展開されており、成功している企業が従業員のどのようによい習慣を見につけさせたかや、なぜ特定の社会運動は成功することができたかということなどが書かれています。ちなみに社会運動の事例として、1955年にモンゴメリーで起きたバスのボイコットが採り上げられていますが、この成功理由として運動の中心となったローザ・パークスの持つ社会的ネットワークに注目されており、マーク・グラノヴェッターの弱い紐帯の理論を引用してくるのは予想がつきませんでした。というか、社会的ネットワークを「習慣」という視点から捉えるという発想が自分の中にありませんでした(継続的な相互作用・取引関係といった言い方はしますが)。

 事例として興味深かったのは、アメリカの小売りチェーンであるターゲットが顧客の情報を分析して成長したというものです。過去の購買履歴から最適なクーポンを送付するという、いわゆるビッグデータ分析に関わるものですが、単に顧客の「習慣」を見極めるにとどまらず、妊娠している人々をいかに判別して不快に思われないようにクーポンを送付するか、そもそもそのようなマーケティング行為が道徳的によいかどうかといった内容でした。

 また最終章では夢遊病やギャンブル依存という、習慣と病気の境界的な事例が扱われ、夢遊病者が起こす犯罪はしばしば責任能力がないとみなされて無罪となるにもかかわらず、ギャンブル依存者の行動には意志があって責任が伴うと人々が感じるのはなぜなのか、という倫理の問題が提起されています。