大塚(1955/2000)経済史における諸概念・諸理論の性質について

 

大塚久雄,1955/2000,『共同体の基礎理論』岩波書店. 

 

 ところで、具体的な論述に入るに先立ち、この講義の性質について一言注意を促しておくことにしたい。この講義では、いまも述べたように、経済史の研究および叙述に必要な基礎的諸概念および理論の概要を説明することになるであろうが、その際われわれは決してあの《Prokrustesbett》のあやまちを犯さないよう十分に注意したいと思うのである。たとえば「適用」という語などが時にわれわれにそうした錯覚をおこさせることであるが、この講義で説明される諸概念や諸理論をいわば「鋳型」のようなものと考え、総ての史実を何でもかんでもその中に流しこんでしまうようなやり方を、われわれはお互いに固く戒めたいと思うのである。それは、この講義の内容が未熟であって多くの訂正の必要が想定されるということだけではない。理由は一層深く基本的なものである。というのは、われわれの用いる諸概念や理論はそもそも限られた史実を基盤として構想されたものであり、つねに何らかの程度で仮説(Hypothesis)に過ぎず、したがってまた当然に一層豊富な史実に基づいて絶えず検討しなおされ、訂正あるいは補充され、再構成されねばならない。[1-2] 

 

 いま一度比喩をもっていってみれば、地図は現実の地形にもとづいて作られたのであって、現実の地形が地図に従って作られたのではない。もし両者の間にくいちがいが見出されるならば、地図の読み方が正確である限り、もちろん訂正されねばならぬのはつねに地図のほうであって、地形ではないはずである。この講義で説明される基礎的諸概念や理論は、いわば諸君が史実の森に分け入ろうとするばあいに携行すべき、そのような地図にすぎない。そうした意味合いでこの講義を聞いてもらいたいと思う。[3]