Estevez-Abe (2005) "Gender Bias in Skills and Social Policies: The Varieties of Capitalism Perspective on Sex Segregation"

Estévez-Abe, Margarita. 2005. "Gender Bias in Skills and Social Policies: The Varieties of Capitalism Perspective on Sex Segregation." Social Politics 12:180-215. 

  性別職域分離(occupational sex segregation)について新たな説明を試みている論文です。資本主義の多様性(varieties of capitalism: VoC)に関する研究と、福祉国家のフェミズム研究の2つを土台としつつ、それらを批判的に拡張してゆくというスタイルをとっています。

 性別職域分離とは男女での職業の分布が異なることに注目するものですが、さらに垂直的な分離(vertical segregation)と、水平的な分離(horizontal segreagation)を区別します。垂直的な分離は経営者や役員に女性の割合が低くなる(underrepresent)ことであり、水平的な分離はサービスセクターや公的セクターなどに女性が偏ることを指します。

 性別職域分離とはこれら2つの要素が複雑に絡み合う現象であり、様々な説明が行われてきているものの、完全な解決はもたらされていないと著者は評価しています。例えば、スカンジナビア諸国は、一般的に雇用のジェンダー平等が進んでいると見られ、実際に垂直的な分離の面では確かにそうなっているのですが、水平的な分離の面では、不平等度合いが高いという現象が見られます。具体的には、(1)人的資本理論、(2)文化理論、(3)制度理論、(4)Charles and Grusky(2004)の「ハイブリッド」アプローチというものを著者は順に挙げており、またそれらの欠陥について議論しています。

 著者が新たに注目するのは、技能形成におけるジェンダー不平等であり、また異なる社会政策がこれを改善したり悪化させたりするというものです。著者はBeckerの議論に基づき、技能を一般的(general)なものと、企業特殊的(firm-specific)なものとに区別します(ちなみに、この著者は別の論文ではさらに企業特殊的・産業特殊的のように技能を区別していますが、ここでは二分類が用いられています)。これらを区別する上で重要なのは、技能の移転可能性(portability)です。一般的な技能は移転可能性が高く、異なる企業でも役に立つものである一方、企業特殊的な技能は、特定の企業でしか役に立たないものとされます。

 VoCの議論は、企業特殊的な技能が異なる制度によって、どの程度に保護がされるかということを強調します。企業特殊的な技能は投資のリスクを伴うので、労働者は何らかの保護がないと、訓練投資を行うインセンティヴを持たないと説明されます。一般的に自由市場経済ではそうした保護的な制度が存在せず、コーディネートされた市場経済では発達しています。

 著者の中心的な主張は、企業特殊的な技能は女性に対して不利に働くというものです。女性のキャリアに対する選好にかかわらず、雇用主は女性が男性より辞める確率高いという信念を持っています。このため、雇用主はサーチと訓練のコストを最小化する上で、女性よりも男性を雇うインセンティヴが存在します。いわゆる統計的差別(statistical discrimination)に関わる議論です。企業特殊的な技能への投資は、雇用主がそのコストを回収できない可能性を恐れるので、女性に対して不利に働くということになります。これに対して、一般的な技能は移転可能性が高く、また投資の主体も雇用主ではなく労働者自身が行うことが多いため、よりジェンダー平等的であるとされます。

 社会政策も技能への投資に関係し、性別職域分離を改善または悪化させることがあることが議論されます。著者は、「女性にやさしい」(women-friendly)な政策として、(1)賃金補償付きの産休・育休制度と、(2)広範囲に及ぶ公的保育を挙げており、これらが異なった帰結をもたらす可能性を指摘します。賃金補償付きの産休・育休制度は、女性が職場を離れる時間を増大させることで、その間の女性の企業特殊的な人的資本蓄積を阻害させるものだということです。一方で、保育サービスは女性が職場を離れる時間を減少させるので、その逆のことが起きるとされます。

 さらに、賃金補償付きの産休・育休制度は、雇用主に別のコストを生むことが主張されます。女性が職場を離れる期間が長くなった際に、雇用主は(1)代わりの労働者を採用する、(2)既存の労働者に仕事を割り当てる、という2つのオプションを有することが想定されます。しかし、企業特殊的な技能が発達している制度の下では、(1)のオプションはコストが大きくなります。その結果、(2)が雇用主にとって利用可能なものとなりますが、女性が産休・育休から戻った際に仕事を再割り当てしたり、再訓練を行ったりすることのコストが大きいことが問題だとされます。

 これに対して公的セクターにおいては、企業特殊的な技能が強調される場合でも、女性が差別に直面することはより少ないということです。これはしばしば政策的な目標がより反映されやすいことによります。こうした結果、女性が公的セクターにより集中するという水平的な分離が進むことになります。

 著者はこうした予測について、OECD諸国のデータから一致するかどうかを検証しています。分析内容については、自ら"preliminary"であると述べており、シンプルな相関を確認する程度のものが多くなっています。しかし、データの質に関してはよく整備されていると感じました。

 結論においては、このアプローチの有効性と今後の社会政策について示唆的なことがいくつか述べられています。その中の一つとして、著者は性別職域分離を改善するためには雇用保護を小さくし、特殊的な技能を発達させる職種を減らすことが有効であると主張します。しかし、このことは世帯の収入の不安定性を高めることとトレードオフの関係にあるので、ジェンダー平等と人々の厚生の間の関係について、より詳細な議論が必要なことに注意を促しています。