「ゆきラーメン 山手」(数ヶ月ぶり???回目)

 

  • 山手が閉店すると聞いたので、行ってきました。
  • お店の移り変わりが激しい本郷通りですが、ラーメン屋は安定しているイメージがありました。なので驚きであるとともに、一時期は頻繁に通った身としては残念です。
  • そういえば、鰹醤油ラーメンはなくなったのでした。ということで、焦がしねぎラーメンをチョイス。味玉・麺かため・脂少なめにて。

 

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  • 久々でしたが、変わらず安定感のあるスープでした。2月まで閉店を延期するということなので、もう1回は行きたいところです。

Matthews(2000)「コウノトリが赤ん坊を連れてくる(p=0.008)」

 

Matthews, Robert. 2000. "Storks Deliver Babies (p = 0.008)." Teaching Statistics 22(2): 36-8.

 

  • 授業のネタ用に読みました。GoertzとMahoneyの本でも指摘されていましたが、明らかに何かがおかしいのにすぐには交絡要因が思いつかないというのが、この例のポイントなわけですね。

 

  • 統計学の入門書は、相関と因果の混同について決まって注意を促すが、その時に引用される例(子どもの靴のサイズと読解力など)は、現実のデータに基づいていないことが多く、また交絡要因が明らかなことも多い
  • コウノトリが赤ん坊を連れてくるという伝承に関して、実際に検証した
  • 1980年~90年のヨーロッパ17ヶ国のデータを使用する
  • 出生率を(1,000人/年)を、コウノトリの数(つがい数)に回帰させると、相関係数は0.62であり、p値は0.008であった
  • 帰無仮説が正しいとすれば、これだけ極端な結果が得られるのは、125回に1回という割合である
  • もちろん、観察された相関の妥当な説明は交絡要因によるものであり、たとえば土地の広さがその1つになるだろう
  • コウノトリと出生数の関係は統計学の入門書に出てくる多くの例とは異なり、すぐには説明できないものの、因果的に無意味な例である
  • このばかばかしさは、相関/因果の誤謬に関する教育的価値のみならず、p値の厳密な意味や、帰無仮説の棄却が実質的な仮説の正確さとはならないことに、注意を促してくれる

 

Abbott(1998)「因果の継承」

 

Abbott, Andrew. 1998. "The Causal Devolution." Sociological Methods and Research 27(2): 148-81.

 

  • 前に研究会で読みました。Abbottは難しいことを難しく論じる特徴があり一読ではあまり理解ができません。

 

  • Durkheimにおける因果は決定論的・機械的な力であった
  • Durkheimにおける因果の種類は、19世紀医学における「誘発因子」(predisposing cause)に主にあてはまる;誘発因子とは特定の病気を人々が罹患しやすくするもの(特定の気候など)
  • ただし、遺伝を自殺の要因として否定している箇所では、遺伝を誘発因子として退けており、後に導入される社会的要因は増悪因子(precipitating cause)とみなされている
  • 後にDurkheimは、分散分析(ANOVA)モデルの因果と呼べるアプローチを採用している;これは社会的な力が潜在的なパラメータを直接決定しており、その周りに個人は局所的な因果に呼応してばらついているというモデルである
  • 誘発因子/増悪因子モデルとは異なり、Durkheimは社会的要因を決定論的な必要条件としてみなそうとしていた
  • 19世紀の医師たちは高次の水準(誘発因子)は変えることができず、それゆえ単に学術的関心以上のものではないと考えていたのに対して、Durkheimの関心はまさにこの高次の水準の要因(つまり社会的要因)にあり、むしろ直接的な原因は興味の対象ではなかった
  • 社会科学に統計学を導入した3つの潮流では、因果に対して複雑な態度がとられていた;生物統計学者と計量経済学者は、不変の関連・相関という意味で因果を議論し、心理統計学者は因果にまったく関心を払っていなかった
  • これに対して社会学では、因果を議論しようとしたのは古いスタイルの定性的研究者であった;MacIverは、数量化によって因果が相関の中に霞んでしまうことを批判した
  • 「存在するのは相関のみである」という極端な実証主義者を批判するときにMacIverが念頭に置いていた因果の概念は、むしろ説明の概念に近い;MacIverにとって因果の評価とは、「なぜ、あるものやある規則性が生じるのか」に対する答えを探すことであった
  • 戦後、因果の概念は定量社会学で用いられるようになっていった
  • Lazarsfeldは因果の探求をその方法的プロセスの中心に置いたものの、懐疑を持っていた;分析者は因果の評価よりも「説明」、すなわち「一般的な規則性の発見」を求めるべきとされていた
  • パス解析を社会学に導入したのはBlalockとDuncanであり、Blalockは定量的分析と因果が本質的に結びついていると考えていた;これに対して、Duncanはパス解析を使用するにあたって明示的に因果の概念を喚起することはなかった
  • DuncanよりもBlalockによる因果のイメージが支配的となり、因果とは現実の性質というよりも、数理的・統計的な性質とみなされるようになった
  • Blalock/Duncanの時代に因果分析がこのような形で広がった理由としては、社会学者の「科学」に対する信奉があったと考えられる
  • 因果主義者たちは個々の戦いには勝利したものの、戦争には敗北した;この戦争とは社会生活に関する説得的かつ面白い説明を行うという意味での戦争である
  • Durkheimや多くの社会科学者・自然科学者は、西洋哲学における因果の伝統をまったく無視してしまっている
  • 哲学の研究から示唆されるのは、社会学的説明は、解釈的説明(意図的、目的論的説明)と因果的説明(決定要因による説明、法則論的説明)を統合することが可能かどうかということである
  • 解釈学的哲学における説明では、規則的な関係のみならず、そこからの偏差も同様に重要なものとみなされる
  • 解釈学的哲学と歴史哲学は、分散分析的な因果観とは異なり、行為を中心に置く
  • 社会学が公共的な影響力を失ってしまっている理由として、因果にのみ焦点をあてて記述を軽視してきたことがある;社会学者は純粋な記述に徹する論文を拒むのである
  • 記述の手段としてみたときに、回帰分析はデータの次元を縮減してしまうため、きわめて劣っている
  • 生物学における種の分類研究の発展に見られるように、真の科学とは因果よりもむしろ記述であり、社会学は記述に対して真摯に向き合わない限り、社会生活の一般科学として受け入れられることはないだろう
  • Goffmanの研究に見られるように、社会的プロセスの相互作用を分析する定量的方法が必要であり、そのためには、シミュレーションが必要であろう
  • 「パラメータの意味」は人々の戦略的な行為によって変わりうるものであり、この意味においてシミュレーションはありうる最善の方法と思われる

Checchi and van de Werfhorst(2018)「政策、スキル、所得――教育の不平等はどのように所得の不平等に影響するのか」

 

Checchi, Daniele and Herman G. van de Werfhorst. 2018. "Policies, Skills and Earnings: How Educational Inequality Affects Earnings Inequality." Socio-Economic Review 16(1): 137-60.

 

  • 教育の格差(テスト得点と最終学歴)が所得格差に与える影響を分析する
  • 新古典派経済理論はスキルの不平等(テスト得点で測られる)と所得不平等の正の関連を予測し、学歴はそれ以上につけくわえるものはないと想定される;社会的閉鎖理論はスキルの不平等よりも学歴の不平等がより所得の不平等を予測すると主張する
  • 新古典派モデルでは能力に基づいたふるい分けが完全であると想定されるのに対して、社会的閉鎖理論ではインフォーマルな規範あるいはフォーマルな規制が人々の階層秩序を形成することを議論する
  • 両者を区別する上では、スキルと学歴を異なる指標で捉えることが必要である
  • 教育政策の地理的・時間的分散を操作変数として使用する
 
  • 第1のデータとして、学力得点にはInternational Mathematics Studyの情報を使用し、これに含まれる3つのコーホート(1950,1966,1981年生まれ)の学歴と所得の情報をEuropean Community Household PanelとEuropean Union Statistics on Income and Living Conditionsから得る
  • 上記のデータでは、出生年が大きく異なるコーホートが含まれており、国・調査年の固定効果では適切に考慮できない交絡要因が存在する可能性がある;より同質的な成年人口で検証するために、PISAの2000年調査に対応するコーホートの学歴・所得の情報をPIAACから利用する
 
  • どちらのデータセットにおいても、学力得点の不平等は学歴を統制した後にも所得の不平等に影響している;さらに学力得点の効果は学歴の効果よりも大きい
  • 教育政策の国家間・時点間の分散を操作変数として用いた分析では、教育改革が学力得点と最終学歴の不平等に影響することが示された
  • 分析結果は、閉鎖理論よりも人的資本的/機能主義的説明とより整合する;ただし、学歴は独立した効果を所得に及ぼしているという閉鎖理論と整合する結果も得られた
  • 明示的には分析しなかったものの重要となりうるのは、グループ内の不平等である;もし学歴グループ内の不平等が測定されたスキルと強く重なりあうならば、スキルのより大きな効果が見られたかを説明できる(これは新古典派/機能主義モデルとは依然として整合する)
  • 既存研究と同様に、教育のアウトカムの格差は所得格差と関連することが示された;所得格差を懸念する政策立案者は、教育の分布を政策アジェンダに組み込むべきことが示唆される
  • 分析の限界として、パネルデータではないために、現在の所得の格差が拡大していくのか縮小していくのかが不明である;しかし、能力の衰えは学歴によって異なることが既存研究で指摘されていることを踏まえると、所得の不平等は時間が経つとともに拡大するかもしれない

Hudik(2019)「合理的選択理論の2つの解釈と行動経済学的批判との関連性」

 

Hudik, Marek. 2019. "Two Interpretations of the Rational Choice Theory and the Relevance of Behavioral Critique." Rationality and Society 31(4): 464-89

 

  • 著者は経済学の先生ですが、社会学における合理的選択理論の位置を考える上でも、非常に勉強になりました。集合レベルの現象を説明することが目的なので、下位レベルの行為の記述は正確なものではなくともよく、目的に叶う範囲で単純化されたものでよいというのは、Arthur Stinchcombeがメカニズムに関する論文で指摘していた点とも関連すると思いました。

 

 

  • 合理的選択理論の2つの解釈を比較する:(1)意思決定理論的解釈(decision-theoretic interpretation: DTI)と、価格理論的解釈(price-theoretic interpretation: PTI)
  • 前者は効用最大化の仮定が意思決定手続きを文字通り表していると受け取り、後者は集合レベル行為の変化・分散を説明する上でのモデリング装置とみなす
  • 合理的選択理論に対する近年の批判として行動経済学によるものがあり、合理的選択理論は非現実的な仮定に根ざしており、そこからの予測は実証的に反駁されると主張されている
  • PTIの下では、合理的選択理論は「合理性」とも「選択」ともほとんど関係がない;むしろ、集合レベルの行為に関する変化やグループ間の差異の説明に重きが置かれる
  • こうした変化や差異のすべては、グループの内在的な特性ではなく制約の影響として説明される;つまり、PTIの核心は人々が根本的に同質的だというものである
  • PTIはもっぱら伝統的にシカゴ学派の経済学者、特にGary Beckerに結び付けられている
  • これに対してDTIは、合理的選択は人々の実際の意思決定ルールであるとみなす;
  • DTIは典型的には数学的な背景を持つ研究者によって採用され、意思決定理論やゲーム理論で用いられている
  • DTIはPTIの特性の一部と組み合わされ、とりわけPTIの行動的基礎として理解されることもある
  • この論文では、行動経済学による合理的選択理論への批判はDTIには直接あてはまるものの、PTIには限定的な意味でしかあてはまらないことを議論する
  • Weyl(2019)は価格理論を「配分の問題に対する解決法として、豊富でかつしばしば不完全に特定されたモデルを『価格』に縮約する分析」と定義し、かつこれを個人の意思決定に焦点をあてる還元主義(reductionism)と実証主義(empiricism)のアプローチと比較している
  • 価格理論と還元主義の区別は、FriedmanによるWalras的な経済理論とMarshall的な経済理論の区別と密接に関連する;Walras的経済理論は説明や予測よりも事実の記述を重視し、還元主義の特徴に関連する;Marshall的概念は説明と予測を強調し、価格理論と対応する
  • 価格理論の関心は集合レベルの現象であるので、PTIにおける合理的個人は実際の行為をモデル化したものではなく、単なる方法論的装置である;こうした観点からは、PTIは合理的選択理論の理念型としての解釈と関連する

 

  • DTIの観点からは、合理的選択とは一連の代替選択肢を所与とした際において、もっとも選好に一致する特定の選択を行うという手続きを指す
  • DTIにおける主要な問いは、合理的選択モデルが実際の選択行為を説明・記述しているかどうかである;この問いに対しては行動経済学者をはじめとして多くの反証が述べられている
  • もしDTIが唯一可能な解釈であるとすれば、規範的な目的を別にすれば合理的選択理論に固執する理由はほとんどないように思われる
  • PTIは個人の選択ではなく、集合的現象に焦点をあてる;この理由は個人の行為は個別のショックによる影響を受けるものの、集合レベルでは消失するとみなせるからである
  • PTIでは行為の集合的な変化や差異は究極的には、「嗜好」(tastes)の違いではなく価格と所得の変化や差異の観点から説明される
  • PTIとDTIの違いとしては、PTIではある選択肢それ自体を説明しようとするわけではなく、異なる選択肢間の差異を説明することが目的である
  • また別の違いとしては、PTIではある個人の選択をモデル化するわけではなく、人工的に構築された個人の集合をモデル化している
  • PTIにおいて特定の行為それ自体の説明が目指されていないのは、個人の選好に関する詳細な情報がなく、それゆえ予算制約線上のどの点が選択されるかは予測できないためである

 

  • PTIによる方法論的装置は、様々な特徴(嗜好、選択手続きなど)と制約の点で異なる多くの個人の行為を単一の最適化モデルによってどのように集合的に表すかという問題に取り組む
  • これに対して還元主義的方法では、それぞれの個人の特徴と、集団におけるそれらの分布を考慮する;もっとも単純な還元主義モデルでは、すべての個人は同質的であり、DTIの意味で合理的であると仮定する
  • PTIにおける中心的な仮定は、非飽和性(non-satiation)である:人々(少なくともいくらかの人々)はより多くの財を望む
  • この仮定により、集合的に表される個人は常に制約線上の点を選択し、どの点を選ぶかは実際の観察によって決定される
  • 通常は人々の選好は凸状であると仮定される
  • 場合によっては、選好をまったくモデル化する必要もない;Becker(1971)は代替効果と所得効果について、効用関数を導入する前に議論している
  • こうしたことを考慮すると、PTIを表す上で無差別曲線を用いるのはいくらか誤解を招くものである;むしろ、PTIのアプローチでは需要・供給の図を用いるのがより容易く、選択自体ではなく変化やばらつきに焦点をあてるという目的にかなっている
  • 多くのミクロ経済学の教科書に描かれる還元主義的アプローチでは、個人が様々な財やサービスの消費レベルを選択し、DTIの意味で合理的であると仮定される;他の条件を等しくした場合に財の価格を変えることによって、個人の需要曲線は導かれる;個人レベルの需要を集合レベルの需要に変換するためには、強い仮定を置かなければならない
  • 還元主義的アプローチに対して、価格理論的アプローチでは集合需要曲線から直接議論をはじめる;価格理論的アプローチにおける需要分析はすべての財の価格ではなく、ある特定の問題に関連する価格のみが考慮される
  • 価格理論的アプローチは、現実の複雑性を縮減しつつ本質的な特徴を保とうとするものであり、PTIにおける合理性とは仮説ではなくモデリング装置なのである
  • 還元主義的アプローチでは、説明と予測のみならず記述的な正確さが目指される;さらに個人レベルと集合レベルの両方の分析が試みられる
  • これに対して、価格理論的アプローチはより実用主義的であり、記述よりも説明、つまりはhowに関する問いよりむしろwhyに関する問いに焦点がある;十分に正確な答えを得るため過不足のない変数から議論するのである

 

  • 行動経済学は、経済学をより現実的に基礎づけることを目指した研究プログラムとして出現した;行動経済学からは、合理的選択理論が無限定の合理性、無限定の意志力、無限定の自己利益を仮定していると批判されている
  • ここでは、行動経済学からの批判はDTIには一部あてはまるものの、PTIにはあてはまらないことを議論する
  • DTIはたしかに無限定の認知能力と意志力を仮定している面があり、行動経済学の批判は正しい
  • しかし、DTIもPTIも無限の自己利益は仮定していない;合理性はいかなる選好とも両立可能なのである;実際のところ、Becker(1998)は様々な動機を効用関数の中に取り入れている
  • 批判を行う人々が合理的選択理論と無限定の自己利益を結びつけるのは、行為を説明する上で選好の中身について何らかの仮定を置かない限り理論として同語反復であると考えているからかもしれない;しかし、これは選好の中身を所与とするPTIにはあてはまらないのである
  • PTIは無限定の合理性も意志力も仮定しない;すでにSamuelson(1963)は、合理的選択理論は特定の心理的仮定にコミットする必要はないことを指摘していた;人間の心は、意図的に「ブラックボックス」とみなされているのである
  • Becker(1998)は特定の状況における様々な認知的制約の重要性を認めているものの、他の制約のほうが集合レベルの行為の説明にはより重要であると考えたのである
  • おそらくもっとも重要なのは、PTIは何が「正しい」選択かを定義しないため、選択における誤りを扱うことができないという点である
  • ある状況において人々が体系的に選択の誤りを犯すことはありうる;重要となるのは、こうした誤りが異なる集団間における集合レベルの行為の差異につながるかどうかである;もしそうした差異がみられるならば、PTIは制約の差異によって説明しようとするであろう
  • 合理的選択理論への批判者が念頭に置いているのは、もっぱらDTIなのである;こうした人々は、合理的選択理論は人々が実際に行う選択をそのまま記述したものと考えている
  • PTIの観点からは、無限定の合理性、無限定の意志力、無限定の自己利益という批判は的外れであるものの、行動経済学からの妥当な疑問も存在する
  • 第一に、行動経済学ではある行為の変化やばらつきは制約の差異によるのではなく、フレーミングの差異にすぎない場合があることが示されている;こうした批判は、価格理論がある選択の定義により注意を払わなければいけない(同じ対象の記述が異なる財を表しているとみなされる場合がある)ことを意味する
  • 第二の課題は、「嗜好」が制約とともに変化する場合があることに由来する;Mullainathan and Shafir(2013)は、選択メカニズムが緩やかな制約と厳しい制約の下で異なることを示している;この事実はたとえば、豊かな人々と貧しい人々の行動の違いは、人的資本・社会関係資本のレベルといった制約の違いのみならず、制約の変化によって誘発される意思決定の変化に起因することを示唆する

 

  • 行動経済学は還元主義的アプローチに根ざしている;Thaler(2015)が述べるように、行動経済学の目的は「人間の行動を正確に表現する記述的経済モデル」の確立である
  • 行動経済学はまた、脳生理学から導出された「正しい」カテゴリーを見つけ出し、経済学の「恣意的な」カテゴリーを置き換えることを目指している;上述したように、価格理論的アプローチにおいては、カテゴリーの有用性はある問題に対して評価される
  • 要約すると、行動経済学とPTIの決定的な違いとは行動に関する仮定にあるわけではなく、むしろ還元主義的な方法を採用するかどうかにある;行動経済学は選択のルールを明示的にモデル化する傾向があるのに対して、価格理論的な合理的選択理論は様々な決定ルールを効用関数に集約するのである
  • PTI的な意味での合理的選択を行動経済学的モデルによって基礎づけることは可能であるかもしれない;その根拠は、行動経済学的モデルは具体的な選択手続きと直接関連しており、より具体的な予測を可能にするものの一般性が低いためである;これに対して価格理論的な合理的選択モデルは特定の選択手続きを明示的に特定しないために、より一般的であるものの具体的な予測を与えないのである
  • たとえば、人々はインセンティヴに反応するという考え方はPTIの下における合理的選択アプローチの顕著な特徴である;しかし、この理論はインセンティヴの具体的な形態については言及しない
  • 合理的選択モデルはある条件の下で、成果報酬は成果の向上につながると予測する;しかし、この成果の向上とは特有の形態を取りうる
  • Fryer et al.(2012)は教師の成果について分析し、教師にボーナスを事前に支払い、もし生徒の成績が向上しない場合にはボーナスを没収するというやり方では、同じ金額のボーナスを生徒の成績が向上した場合に事後適しに支払うやり方にくらべて、より教師の成果が改善することを発見した;この知見は行動経済学者によって発展させられた、損失回避仮説と整合する

 

  • 価格理論的観点からみると、合理的選択モデルと行動経済学的モデルは相互に補完的とみるのがもっとも適切である;しかしながら、行動経済学者たちはDTIを念頭において、自らのアプローチが合理的選択理論に代わるものであると「売り込んで」いるのである
  • こうした点において、行動経済学による革命は、19世紀後半の限界革命と類似性がある
  • 限界効用理論の父の一人であるJevonsは、限界主義を古典的経済学からのラディカルな逸脱として提示した;これに対して、Marshallは限界主義と古典的政治経済学の間の補完性を注意深く示した;そしておそらく、Marshallの戦略は限界主義のより早い受容を可能にした
  • Jevonsにとって思考のラディカル変化に見えたものは、生産と分配の問題から消費と交換に焦点を移行し、また長期の現象から短期の現象へと分析の焦点を移行させることだというのが次第ににわかってきた
  • 同様にして、一部の行動経済学者にとってラディカルな変化として見えているものは、集合的行為の理論から個人の選択手続きへ、あるいは価格理論的モデルから還元主義的モデルへの移行としていずれ理解されるかもしれない
  • しかしながら、還元主義的モデルが価格理論的アプローチを補完するのではなく、むしろ代替すべきかどうかについては明らかではない;様々な数学的発展などによって複雑性をより豊かに表すことができることになる一方で、経済学的な重要性が失われてしまう可能性もある

Bol et al.(2019)「学校から仕事への連関、学歴のミスマッチと労働市場のアウトカム」

 

Bol, Thijs, Christina Ciocca Eller, Herman G. van de Werfhorst, and Thomas A. DiPrete. 2019. "School-to-Work Linkages, Educational Mismatches, and Labor Market Outcomes." American Sociological Review 84(2): 275-307. 

 

  • いやー、ASRの論文は一読や二読では理解しつくせない点が多いですね。学歴・専攻分野にマッチした職業の操作化の方法がまだよくわからないです。

 

 

  • 職業特殊的スキルが労働市場のアウトカムを高めるかどうかは、繰り返し問われてきた
  • 教育システムの制度構造に注目する研究は、制度を国レベルで捉えるために国家内の異質性を捉えることに失敗している
  • 学校から仕事への移行の結びつきの強さが賃金と雇用に対していかなる効果を持つかについて、フランス、ドイツ、アメリカの3ヶ国のデータによって検証する
  • 既存研究では、学歴にマッチした職業に従事する人々はミスマッチである職業に従事する場合にくらべて、平均的に高い賃金を得ることが明らかにされてきた
  • これらの多くの研究は人的資本理論に従っており、人々は職業特殊的スキルを学校で身につけ、マッチした職業についた場合にはこうしたスキルを生産性と賃金に変換できるという議論である
  • 他方で、資格理論(credentialing theory)では教育は技能を生み出す制度というよりも、人々をふるい分ける制度としみなしてきた;ただし、資格理論は専攻分野による違いと水平的なミスマッチの効果については説明が不十分である
  • この研究では、(ミス)マッチを垂直的・水平的両面において概念化する;たとえば、医師が看護師の仕事についた場合には、垂直的にはミスマッチであっても水平的にはマッチしていると言えるかもしれない
  • 国家間の違いに注目する研究では、強固な教育訓練システムの下では、学校から仕事への移行はより円滑となることが指摘されてきた;こうした潮流にしたがい、職業特殊的な教育システムを持つ国々においては、学歴にマッチした職業につくことの利益がより大きいと予想する;他方でこうした国々では、期待された職業へのマッチングが失敗した場合のペナルティもより大きいと考えられる
 
  • 仮説1:学歴にマッチした職業の人々は、同じ学歴を持ちつつも異なる職業の人々よりも高い賃金を得る傾向にある
  • 仮説2:ある学歴と職業の強固な連関は、その学歴へのリターンを高める
  • 仮説3:強固な連関による利益は、学歴にマッチした職業の労働者においてより大きい(連関の強さとマッチングの有無の交互作用)
  • 仮説4:特に職業特殊的な教育システムを持つ国々おいては、マッチングによる利益(あるいはミスマッチによるペナルティ)がより大きい
 
  • データ
    • フランスは2005~2011年における4半期ごとの労働力調査
    • ドイツは2006年のマイクロセンサス
    • アメリカは2009年のACSと2004年・2008年のSIPP
  • すべての国に関して、分析サンプルは18~65歳のフルタイム労働者に限定し、自営労働者は除く(フランスのデータにおいて自営労働者の所得が記録されていないため)
  • フルタイム労働者に限定するのは、パートタイム労働者の労働時間がドイツとアメリカのデータでは不十分であるため
  • 雇用の有無を従属変数とした分析では、フルタイム労働者、パートタイム労働者、自営労働者、失業者を含める
  • 学歴と職業の連関の強さには、他グループにおける分離を測定する相互情報量指数(Mutual Information Index)を使用する
  • 学歴・専攻分野の分類にははISCED-97を使用する
  • 職業にはISCO-88の3桁分類を使用する
  • ある学歴に対するマッチした職業は、学歴・専攻分野と職業が統計的に独立である場合にくらべてもっともつきやすい職業として操作化する;次にこうした得られた反実仮想的な度数と実際に観察された度数と比較する
  • ある学歴・専攻分野においてもっとも一般的な10の職業をはじめに特定した後に、学歴・専攻分野と職業が統計的に独立な場合とくらべて比率がもっとも増加する2つの職業をマッチした職業とする
  • 連関の強さは学歴・専攻分野レベルの特性であり、マッチした職業とは個人レベルの特性であることに注意が必要である
  • 回帰モデルには他の変数として、年齢、年齢の2乗、フルタイム労働であるかどうか、ジェンダーを含める
  • それぞれの国ごとの回帰モデルにくわえて、固定効果によって広く括られた専攻分野が同一である人々の間の所得格差を分析するモデルも用いる
 
  • 教育と職業の連関の強さは(弱い)正の関連を持つ;特に高等教育において、連関の強さは高い賃金をもたらしている
  • マッチした職業についている人々は、ミスマッチの職業についている人々にくらべて高い賃金を得ている
  • 連関の強さによって高い賃金が得られるという関係は、マッチした職業についている人々においてとりわけあてはまる
  • 国ごとの違いとして、ドイツの後期中等教育段階で職業特殊的な分野を修了した人々は、マッチした職業についた場合に得られる利益が大きい;この傾向はより学校ベースの訓練システムを持つフランスのサンプルには見られない
  • 連関の強さと失業率の間には負の関係がみられる
  • 国の固定効果を含めたモデルでは、連関の強さによる失業を防ぐ効果は、特に後期中等教育学歴の男性被雇用者において大きい
  • 連関の強さは労働市場の柔軟性を失わせるので失業リスクを高めるという主張とは異なり、年齢の高い労働者において失業リスクが高まる傾向がみられなかった;むしろ年齢とジェンダーにかかわらず、連関の強さは失業を減少させる傾向がよりみられた
 
  • この研究の限界としては、国家間の比較では頻繁に用いられる教育システムの標準化や階層化のレベルが含められていないというものが挙げられる
  • ミスマッチによる効果とその連関構造によるばらつきの説明としては、人的資本理論と社会的閉鎖理論をありうるメカニズムとして挙げたものの、これらのメカニズムを検証可能なデータとはなっていない
  • 分析の結果は、一般的スキルと特殊的スキルがゼロサムの関係にあるのかどうかという議論に対して新たな方向性をもたらしうる;教育プログラムは職業への強い連関とともに相当の一般的スキルをもたらしうるし、こうした専攻分野の修了者は一般的スキルと特殊的スキルの組み合わせから所得の優位を得ているかもしれないのである

West and Nikolai(2013)「福祉レジームと教育レジーム――ヨーロッパ(とアメリカ)における機会の平等と支出」

 

West, Ann and Rita Nikolai. 2013 "Welfare Regimes and Education Regimes: Equality of Opportunity and Expenditure in the EU (and US)." Journal of Social Policy 42(3): 469-93.

 

  • 分析は指標の使い方など勉強になったのですが、フランスが大陸ヨーロッパではなく、地中海のクラスターに分類されたことについて、特に説明がなかったのが若干気になりました。先行研究で導出された分類と似ているとも書かれていたのですが、フランスに関してもそうなっているのでしょうか。

 

 

  • 教育は福祉国家とは切り離せない要素であるにもかかわらず、福祉国家研究は現金給付のみを対象としてサービス給付は扱わない傾向が近年まであり、教育にはあまり注意が向けられてこなかった
  • 福祉レジームと教育の関係に関する比較研究を発展させることを目的として、機会の(不)平等と、公的支出に対する教育支出の優先度という2つの次元を分析にくわえる
  • Wilensky(1975)を参照すると、福祉国家の本質は、「政府によってすべての市民に対して保護された最低水準の所得、栄養状態、健康、住宅、教育であり、慈善行為としてではなく政治的権利として保障されたもの」と要約可能である;ここから社会政策へ示唆されるのは、所得再分配の手段としての福祉国家と、「若年者の機会平等の強調」である
  • 機会の平等という用語の使用法には混乱があり、(1)平等なインプットの提供、(2)異なる教育水準へのアクセス、(3)総合的な学校へのアクセス、(4)教育のアウトカムの平等といった複数の意味を有する;ここでの分析には、平等なインプットの提供以外の3つの次元を含める
  • 分析にはヨーロッパ14ヶ国とアメリカを含める
  • 階層的クラスター分析(Ward法)によって、類似した国をクラスター化する
 
  • 機会の平等:アクセス
    • 就学前教育を受けている3歳児の比率、あるいは施設ベースのプログラムに参加する3~6歳児の比率
  • 機会の平等:就学
    • 最初の選抜が起きる年齢と、15歳時点における学校タイプの数
    • 標準化された外部試験が存在するかどうか
    • 政府管下の私立学校(政府による助成が一定程度)と、政府とは独立した私立学校に就学する生徒の比率
    • 一般教育・職業教育に就学する生徒の比率
  • 機会の平等:アウトカム
    • PISAにおける学力達成の格差(95パーセンタイル値と5パーセンタイル値の差)
    • PISAの得点の分散がPISAの社会経済文化指標(ESCS)によって説明される割合
    • 18~24歳人口において後期中等教育を修了していない人々の割合
    • 25~34歳人口において高等教育を修了している人々の割合
  • 支出
    • 初等・中等・高等教育への合計公的支出と、教育の私的支出のGDP
    • 社会支出の合計に対する公的教育支出の比率(GDPに対する比率を使用)
    • 初等教育中等教育および、高等教育ではない中等後教育におけ1教師あたり生徒比率
 
  • スカンジナビア、大陸ヨーロッパ、地中海、英語圏という4つのクラスターに分類された
  • 教育レジームを分類する主要な特徴は、最初の選抜が起きる年齢、15歳後の学校タイプの数、教育支出である
    • すべての国々は義務教育期間において非選抜的で公的に助成された、統合的な学校システムを有しており、16歳時まではトラッキングはない
    • 読解の得点が低い水準の15歳生徒の比率は平均以下であり、読解得点と社会的背景の関連も平均以下である
    • 読解の高得点者と低得点者の格差は、デンマークスウェーデンにおいて平均以下である
    • 就学前教育への参加度合いはフィンランドをのぞいて平均以上である
    • 職業教育プログラムへの参加は平均以上であり、中退者の比率は低い
    • 25~34歳時点の高等教育修了者は平均以上である
    • 公的教育支出の水準は平均以上で特に中等・高等教育において高い
    • 教育の私的支出の水準は低い
  • 大陸ヨーロッパ(オーストリア、ベルギー、ドイツ、オランダ)
    • 学校システムは高度んトラック化・階層化されており、10~12歳において選抜が起きる
    • 読解得点の上下格差は平均以上であり、オランダをのぞいて読解得点と社会的背景の関連も平均以上である
    • 就学前教育の参加比率は高い
    • 15歳以上において職業教育プログラムへの参加度合いは高く、中退者の比率は低い
    • 25~34歳時点の高等教育修了者の比率は国によって異なる
    • 教育の公的支出はすべての教育段階において平均的である
  • 地中海(フランス、ギリシャ、イタリア、ポルトガル、スペイン)
    • 階層化された教育システムを有しており、最初の選抜は13~15歳時点で起きる
    • 読解得点が低い水準の生徒比率は高い傾向にあるものの、読解得点の上下格差と読解得点と社会的背景の関連は国によって異なる
    • 就学前教育への参加比率はギリシャをのぞいて高い
    • 職業教育プログラムへの参加比率は国によって異なり、中退者比率はフランスを除いて高い
    • 25~34歳時点の高等教育修了者の比率は国によって異なる
    • 公的教育支出の比率は平均以下の傾向にある
  • 英語圏アイルランド、イギリス、アメリカ)
    • 最初の選抜は15~16歳時点で起きる
    • 読解得点の上下格差は平均より大きく、他方で読解得点と社会的背景の関連は国によって異なる
    • 就学前教育の参加比率は国によって異なる
    • 職業教育プログラムへの参加比率は低く、中退者比率はアメリカを除いて高い
    • 25~34歳時点の高等教育修了者の比率はすべての国々において高い
    • 初等教育の公的支出比率は平均以上であり、中等教育の公的支出比率はアイルランドとイギリスでは平均以上である
 
  • 用いた指標は既存研究とは異なるものの、4つのクラスターはGreen et al.(2006)やCastles(2004)によって導出されたものと似ている
  • 大陸ヨーロッパと地中海の国々の区別を強調した既存研究とも一致する結果である