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石井隆之『前置詞完全マスタートレーニング1000題』

 

前置詞完全マスタートレーニング1000題

前置詞完全マスタートレーニング1000題

 

 

 200問目まで解きました。

 同じセクションの中でも難易度にばらつきがあり(まえがきによると、初級問題2割・中級問題5割・上級問題3割)、難しい問題は本当に難しいです。

 TOEICで500点~900点、英検で2級~1級向けと書かれています。しかし、自分が3年前に英検1級を取った時にくらべて、たぶん英語の総合的な力では上がっていると思うのですが、それでも正答率は6~7割でした。

 というか、「前置詞完全マスター」をタイトルに掲げていものの、必ずしも前置詞に関する知識を問うものばかりではありません。たとえば、95問目は、「虫垂炎」(appendicitis)という単語を穴埋めさせる問題でした。それはそれで勉強にはなりましたが。

Esping-Andersen (2015) "Welfare Regimes and Social Stratification"

Esping-Andersen, Gøsta. 2015. "Welfare Regimes and Social Stratification." Journal of European Social Policy 25: 124-34. 

  序文をおおざっぱに訳してみました。

 Esping-Andersenはオーソドックスな社会階層研究者ではないので、そのアプローチも面白いというか、特に制度の役割について踏み込む姿勢は勉強になります。また、『三つの世界』では統計的な検証はプリミティヴなものに感じられましたが、この論文ではSobel(1982)のデルタ法による間接効果の漸近的信頼区間の推定に関する研究が引用されているなどして、結構驚きました。 

 

  25周年を迎えた私の『三つの世界』を、Journal of European Social Policy誌がその特別号において再訪するという計画を告げられたことは、私のこれまでの人生においてもっとも名誉な瞬間であった。しかしその後、高揚感はパニックにとって代わられた――どのような意義ある貢献が私に果たせるのだろうか? 25年間の変化を踏まえて、私のレジーム分類を再検証する? 私に向けられた多くの批判に対して反論する? そのような選択肢はまったく退屈なものだと思っていたところ、ある日光明を見出すことになった――これは私がこれまでいかなる面でも真剣に扱うことのなかった、ある大きな問題に取り組むためのすばらしい機会であると。
 『三つの世界』には、大まかにいって2つの目的があった。第一に、福祉国家の多様性の背後にある原因を特定することであった。第二に、この多様性が人々のライフチャンスの質に対して、何らかの大きな影響を持っているかどうかを特定することであった。異なる福祉国家モデルが雇用に対して持つ効果を検証し、それらは質的に異なる「ポスト工業的」階層化シナリオにおける産婆役であると、私は(8章の終わりにおいて)主張した。振り返ると、私が何とか整理した関連データの不足を考えれば、これらの主張はかなり壮大なものに思える。そのため、Journal of European Social Policy誌のこの号が私に与えてくれた他にない機会を利用し、階層化の問題を再訪したい。
 福祉国家が階層化に与える影響を突き止めるためには、通時的(福祉国家の成立前後)および国家間の比較のデザインを明らかに採用すべきである。続く分析においては、社会政策を通じて平等を促進しようという意図的な努力をより行っているために、スカンディナヴィアに焦点化する(ただし比較の観点を用いて)。さらに階層化の次元は一つに、すなわち社会階級の世代間伝達に絞る。
 結論を先取りするならば、社会民主主義レジームは機会構造を効果的に平等化している一方で、保守あるいはリベラルモデルにおいてはそうではないという、説得力のある証拠がたしかに見出される。興味深いことに、これはほとんど例外なく、「ボトムアップ」の達成であった。すなわち、労働者階級の子どもにおける上昇移動のチャンスを促進する一方で、特権的な階級に与えられた有利さにはほとんど影響が及んでいなかった。主要な推進力としては、スカンディナヴィアにおける平等の達成は、他の平等の目的を追求した政策、すなわち教育システムの一応の民主化および女性の解放によって、もっぱらもたらされたものである。
 歴史的に言えば、福祉改革は平等の名の下に決まって着手されてきたものの、福祉国家の主要な目的は社会保護と所得維持にあり、階級構造を作り変えることではない。20世紀の終わりの数十年になってはじめて、機会構造の平等化のための政策への変化を見ることができる。それは一方では教育改革と子どもの貧困を削減する取り組みによるものであり、また一方では女性の雇用とさらなるジェンダー平等を促進することを狙った政策によるものである。そしてこうした変化は疑う余地なく、他のどこよりも社会民主主義レジームにおいて、はるかに強力なものであった。
 福祉国家が階層化のプロセスに与える因果的な影響を特定しようとする試みはいかなるものであれ、潜在的な内生性のために、ことのほか困難である。『三つの世界』において詳細に論じたように、肩を並べ合う私の3つの福祉レジームは、異なるタイプの階級交差連合によってもたらされたものである。社会階層の異なるパターンは歴史的に、異なる福祉国家構想の産婆役であった。たとえばスカンディナヴィアの事例では、強固な社会民主主義、その固有の福祉モデル、その平等主義的な推進力が、すべて共通の歴史的遺産の共同生産物だということがありうる。すなわち真なる説明は、社会民主主義のルールと「国民の家」政策モデルの両方に対して有利に働く条件の中に埋もれているということである。

Hernán et al. (2004) "A Structural Approach to Selection Bias"

Hernán, Miguel, Sonia Hernández-Díaz, and James M. Robins. 2004. "A Structural Approach to Selection Bias." Epidemiology 15: 615-25.

 

 非巡回有向グラフを用いて、様々な選択バイアスを分類している論文です。Robinsをはじめとして、疫学者の論文をしばしば読んではきているのですが、語彙に馴染みがないので、だいたいいつも苦労します。

 交絡(confounding)と選択バイアス(selection bias)を区別しているのが、この論文の特徴の一つです。前者は処置変数と結果変数に共通する原因によって引き起こされるもので、後者は処置変数と結果変数の共通の結果になっている変数を条件づけることで、引き起こされるものです。この論文では明示的に用いられていませんが、Pearlの語彙に従えば、前者はバックドア・パスを適切にブロックしないことによって起こるバイアスであり、後者は合流点変数(collider variable)を条件付けることで起きるバイアスと言えるでしょう。

 後半では時系列データにおいて、交絡と選択バイアスが問題になるケースと、その解決方法としての、処置変数の逆確率による重み付けの話が展開されています。

 

逆確率による重み付けは、これらすべての状況において、選択バイアスを適切に調整する。というのも、このアプローチは共変量 Lの条件付き効果の測定に基づいているのではなく、それぞれの個体における曝露と共変量 Lの値によって重みづけ直した後の、非条件付き効果の測定に基づいているためである。

[p. 621]

  逆確率による重み付けの欠点の一つは、すべての(何らかの処置を受ける、あるいは打ち切りの履歴についての)条件付き確率は、ゼロであってはならないというものである。

[p. 621]

 

Evans (1992) "Testing the Validity of the Goldthorpe Class Schema"

Evans, Geoffrey. 1992. "Testing the Validity of the Goldthorpe Class Schema." European Sociological Review 8: 211-32. 

 

 心理学にくらべると、社会学では指標や尺度の妥当性が検証されることは少ないですが、こういう研究は大事だと思います。

 

  • construct validityではなく、criterion-related validityを議論する。
  • 職業とは関係ない変数との関連を調べることは、Goldthorpeの階級分類の有用性(fruitfulness)の指標にはなるが、妥当性の検証とはならない。
  • 妥当性の検証として望ましいのは、Goldthorpeとその同僚らが理論的に重要だと捉えているような、仕事な特徴の差異を特定できるように、階級分類が職業構造を分けられているかどうかを調べることである。
  • Erikson and Goldthorpe(1992):「この図式の目的は、労働市場と生産単位における地位を区別すること、より具体的には、そうした地位に伴っている雇用関係の観点から区別することであると言える」。
  • Erikson and Goldthorpeは、自律性(autonomy)と権威(authority)がサービス関係を持つことと関連していると述べるものの、これらは階級分類の理論的な原理とはなっていない。この点において、自律性と権威が重要となっているWrightの階級分類とは異なる。
  • Goldthorpeの図式においては仕事上の課題や役割ではなく、雇用関係の性質が構成原理となっている。
  • 要約すれば、Goldthorpeの階級分類によって区別されている特徴は、雇用条件、仕事の保障(occupational security)の度合い、昇進の見込みである。

 

Vermunt et al. (1999) "Discrete-Time Discrete-State Latent Markov Models with Time-Constant and Time-Varying Covariates"

Vermunt, Jeroen K., Rolf Langeheine, and Ulf Bockenholt. 1999. "Discrete-Time Discrete-State Latent Markov Models with Time-Constant and Time-Varying Covariates." Journal of Educational and Behavioral Statistics 24: 179-207.

 Goodman(1973)の因果的対数線形モデルの拡張として、潜在マルコフモデルに時間可変・不変の共変量を投入する方法について論じられています。

 あまり目的を持たずに読んだのですが、最近ちょっと気になっていたこと(潜在マルコフモデルにおいて、節約性を高めるためにパラメータの制約をどのようにかけるか)に関して触れられていたので、得した気分になりました。

 

  • Goodman(1973)の因果的対数線形モデルは、一連のカテゴリカル変数に対して、事前の情報から因果的な順序を仮定しており、ロジットモデルによる逐次的なシステムから成り立つ。そこでは、ある式における従属変数は、後続する式における独立変数として用いられる。ただし、このモデルでは観察変数のみが許容され、潜在変数を用いることができない。
  • マルコフモデルでは、時点間の移行確率 \pi_{y_{t}|y_{t-1}} tに依存しないと仮定することで、節約性を高めることができる。これは一般的に、同質的(homogeneous)または定常的(stationary)マルコフモデルと呼ばれる。
  • 潜在マルコフモデルにおいて、各時点ごとに潜在変数の指標となる観察変数が一つしかない場合には、測定誤差と観察されない異質性を区別することが困難となる。
  • 潜在マルコフモデルを含めて、カテゴリカルなデータ分析に伴う一般的な問題として、度数の小さいセルが多い表(sparse tables)を分析する際に、Pearsonのカイ二乗統計量と、尤度比カイ二乗統計量による理論的な近似が悪くなるということがある。こうした状況においては、条件付き尤度比検定を用いることで、パラメータの有意性を検定することはできるものの、モデルの適合性を評価することができなくなる。この問題に対するありうる解決方法は、ブートストラップの手続きによってモデルの検定を行うことである。 

Bell and Jones (2015) "Explaining Fixed Effects: Random Effects Modeling of Time-Series Cross-Sectional and Panel Data"

 

Bell, Andrew and Kelvyn Jones. 2015. "Explaining Fixed Effects: Random Effects Modeling of Time-Series Cross-Sectional and Panel Data." Political Science and Research Methods 3: 133-53.

 

 4月に入ってから、少し方法論の勉強の比重を増やしています。政治学は経済学よりも社会学に関心の近いところがあるので、興味深い論文が多いです。

  パネルデータに対する、いわゆる固定効果モデルとランダム効果モデルの比較を行った上で、固定効果モデルを"gold standard"と見なすことに異議を唱えている論文です。データの生成プロセスに注意を払わず、機械的にHausman検定を当てはめ、その結果から固定効果モデルをより望ましいとする手続きを問題視しています。

  望ましい方法として提案されるのが、教科書でも採り上げられるwithinとbetweenの効果を分けてランダム効果モデルを推定する方法ですが、本論文の著者たちはbetweenの効果に実質的な意味を見いだしている点が、GreeneやAllisonとは異なっています。

 

青木(2014)pp.110-111

 青木昌彦,2014,『青木昌彦の経済学入門――制度論の地平を拡げる』 .

 

第2章「制度分析の考え方」

青木 社会科学では、これまで制度についてはいろいろな対立がありました。法実証主義やメカニズム・デザイン論が追求しているように意識的に設計されうるものであるのか、あるいはハイエク〔2007〕が考えるように進化的に、自生的に作られていくものと考えるべきなのか。あるいはサール(Searle 2010)という哲学者が考えるように、人間の権利とか、義務とかいう価値と合理的な選択とは二分法的に考えるべきなのか、そうでなくゲーム理論家のビンモア(Binmore 2005)が考えるように前者もある種の社会合理的な合意の選択として考えられるのか。制度は経済学者のノースが考えるように行動に関する制約なのか、あるいは社会科学者の盛山和夫教授が『制度論の構図』という名著で述べたように、社会的な意味の体系というところに本質があるのか。
 実はこうした対立が、ある程度ゲーム的な考えで統一的に説明できるのではないか、と思っています。さきほども示唆したように、制度を共通認識、予想と考えれば、そういうものが人間行動に何らかの規則性を生み出す。個々人にそういう共通知識は制約として感じられるかもしれないが、それはまた人々の行動選択によって確認され、再生産されていく。そういう循環関係にあるのですが、ただ、個々人のさまざまな選択の中からあるパターンが共通認識として成立していくには、何らかの人々の外部に存在する認知的な範疇の介在が資源として必要です。それが法とか、社会学が強調してきたさまざまな言語的表現や社会的シンボルの役割でもあるわけです。こうした関連性を考えていく上では、なぜそこから人々が共通認識を持ちうるようになるのか、ということを考える上で、山形さんも勉強しておられる認知科学や脳科学なども、今後はおおいに関係してくると思います。

[pp.110-1] 

 

 以前にサールの『行為と合理性』を読みましたが、それは制度が中心的なテーマではなく、古典的な合理的選択モデルの批判、行為の理由づけや、意思決定過程における「飛躍」などが主な内容だったような気がするので、本書で挙げられている文献も読みたいですね。