Elster (1989)


Elster, Jon. 1989. "Social Norms and Economic Theory." Journal of Economic Perspectives 3: 99-117.

 合理的選択理論に社会規範という要素を入れることが可能であるかどうかということが議論されている論文です。Elsterははじめに、社会科学における対立した人間観を挙げます。ひとつは、アダム・スミスに代表されるhomo economicusであり、すなわち道具的合理性に導かれて行為する個人です。もうひとつは、エミール・デュルケームに代表されるhomo sociologicusであり、すなわち社会規範に拘束される個人という見方です。
 Elsterは、合理的行為はアウトカムに関心が持たれるという特徴を挙げます。すなわち、Yを獲得したいならば、Xをせよというものです。一方で、社会規範は必ずしもアウトカムに関心がないといいます。すなわち、Xをせよ、あるいはXをするなというもので、Yとは結びつけられません。また、合理性は状況依存的、あるいは未来志向であるのに対して、社会規範は、非状況依存的であるか、状況依存的であるにしても未来志向ではないという説明を行います。
 また、社会規範が他の規範とどのように異なるのかという区別を導入します。例えば、社会規範は道徳的規範とは異なるといいます。道徳的規範は、結果主義的であるのに対して、社会規範はそうではありません。第二に、法的規範とも異なります。法的規範は、自己利益を追求する専門家たちによって維持されますが、一方で社会規範は、一般的な共同体のメンバーによって施行され、必ずしも自己利益によるものでありません。
 Elsterは社会規範を行為の説明メカニズムとして用いることは、必ずしも方法論的個人主義を放棄することではないといいます。社会規範と方法論的集合主義を結びつける必然性はないということです。というのも、規範とは個人の感情的・行動的傾向と捉えることが可能なためだとしています。また、そのような想定は、道具的合理性による説明メカニズムの重要性を貶めることでもなく、ある行為は合理性と規範の両方によって導かれるものだと考えられると論じています。
 また、Elsterは自身では具体的なアイディアはないものの、どのようにして人々は規範を維持するような感情を抱くようになるのか、その説明も行われなければならないと、今後の展望について述べています。