Brady, David and Amie Bostic. 2015. “Paradoxes of Social Policy: Welfare Transfers, Relative Poverty, and Redistribution Preferences.” American Sociological Review 80: 268-98.
研究会用にまとめました。少し専門からずれることもあり、具体的に何を言っているかわからないところや、こなれた訳ができないところがあります。
イントロダクション
- 社会政策研究においてもっとも影響力の大きい文献の一つは、Korpi and Palme(1998)による、「再分配のパラドックスと平等の戦略」である。KorpiとPalme(以下、KP)は、社会政策は貧困層に向けられるべき(targeted)か、それともすべての人々に普遍的に(universally)分配されるべきかという問いに取り組んだ。直感に反することに、KPは福祉国家がより貧困層を社会移転(transfer)の対象にするほど、貧困の削減は進まないと主張した。
- KPによれば、貧困層に集中したモデルは、貧困層と富裕層の間でのゼロサムの利害対立を生み出す。これに対して、普遍主義はこの両者を同一の制度構造に組み入れ、階級交差連合(cross-class coalitions)を形成する上で好ましい条件が期待できるというのである。
- こうしてできた政治連合は、「再分配の予算規模」(redistributive budget size)、すなわち世帯収入のうち社会移転の占める割合を増やすことにつながる。KPは過去の研究について、社会移転がどのように分配されるかを重視し、その規模を無視してきたと批判する。そして、再分配の予算規模が貧困と不平等を削減することを示した。またKPは、低所得者の選別(targeting)が、再分配の予算規模を減少させ、貧困と不平等を増大させると主張した。それゆえ、貧困層への給付により注力するほど、貧困と不平等の削減が進まないのである。
- この論文では、KPの再検証を行う。移転の割合(transfer share)、低所得者の選別主義、普遍主義の3つの次元が、貧困と再分配への選好とどのように関係しているのかを検証する。
- KPの再検証を行う第一の理由は、利用可能なデータと方法が大きく改善したためである。KPの分析は、Luxembourg Income Study(LIS)に含まれる、1980年代の11ヶ国の先進民主主義国家における、マクロレベルの相関関係に基いている。この論文では、LISの近年のデータと、International Social Survey Programme(ISSP)によって、2000年代におけるより多くの国を分析する。さらに、ISSPを用いることで、KPは理論化しているものの実証はしていない、個人レベルの選好を分析することが可能になる。
- 第二の理由は、KPが分析した1980年代半ばからは、根本的に変化が起きたためである。ほとんどの先進民主主義国家では、社会的不平等は増大し、福祉国家を支える政治連合は変容した。今日の福祉国家は、ネオリベラリズムと緊縮財政、インサイダーとアウトサイダーの二極化に直面している。
- 第三の理由は、より多くの国についてデータが利用可能になったためである。発展途上国はしばしば非民主主義国家ではあるが、これらの国々にも社会政策が存在し、人々は選好を有しており、その支持は重要である。
福祉の移転の次元
- この節では第一に、福祉の移転の3つの次元を概念的・操作的に定義する。移転割合および低所得者の選別主義は、KPの指標に基づいている。第三の次元である普遍主義については、低所得者の選別主義とは区別された(単にこれの逆ではない)、新たな指標を提案する。第二に、KPや他の研究の主張を提示し、これらの次元がどのように関連しうるかを示す。第三に、福祉の移転における新たな2つのパラドックスの説得性を主張する。
移転割合
- この論文では、KPの言うところの「再分配の予算規模」を、「移転割合」と呼び替える。概念的には、移転割合とは、平均的な世帯収入において、福祉国家の占める程度として理解できる。移転割合は、世帯収入における福祉移転の割合として測定される(表1では、スウェーデン49%、コロンビア7%)。
- 移転割合は、レベルの福祉国家の規模(welfare effort)にも似ている。データ中の移転割合は、各国のGDPに占める福祉への支出と0.7の相関を持っている。Esping-Andersenを初めとして、質的な面に比べれば福祉政策の量的な面は重要ではないという多くの批判がされてきたことを鑑みると、この結果は注目に値する。
- 上記の批判にもかかわらず、KPは移転割合が貧困と不平等に対してきわめて重要であること示した。また、Brady and Burroway(2012)は、母子世帯の貧困をもっとも予測する変数は、どれだけ母子世帯向けに寛大な(generous)給付が行われているかではなく、移転割合であることを示している。
- 移転割合が貧困と負に相関する理由は少なくとも2つある。第一に、所得は、(A)より不平等に分配される市場所得と、(B)より平等に分配される公的移転からなる。所得がAからBに転換するにつれ、貧困は必然的に減少する。また、BがAに対して増えることで、公的移転は、私的移転・私的年金を締め出し(crowd out)、さらに貧困と不平等を削減する。第二に、移転割合は寛大さ(generosity)とニーズを区別できていないという批判はあるものの、この批判はどのニーズが世論の支持を受けているかという政治的な選択を曖昧にしている。福祉国家があるニーズに対して移転割合を増やしている際には、これらのニーズを認識し、正統なものと認めているのである。
- 先進民主主義国家以外では、移転割合は貧困とは強い関連を持っていないかもしれない。これは、発展途上国における社会政策が、排除的(exclusive)なことが多いためである。発展途上国ではしばしば、公的セクターにおけるエリートが、福祉政策へのアクセスを持っているためである。逆に、これらの国々を含めることで、移転割合は貧困とさらに強い関連を示す可能性もある。
- 再分配選好は規範(norms)と利害(interests)が混ざり合って決まるものだということを踏まえると、移転割合と再分配選好の関係は不明確なところがある。経路依存に関する研究は、大きな福祉国家は平等主義的な規範と信念を反映しており、さらにこれを強めるフィードバック効果を持つと主張する。一方で、高い移転割合を実現するためには、高税率が必要である。そして、高税率は富裕層と貧困層の間での再分配選好にばらつきをもたらす。こうしたばらつきによって、平均的には低い水準の再分配選好が帰結しうる。こうして、移転割合と再分配選好には負のフィードバックがあるかもしれない。
低所得者の選別主義
- 低所得者の選別主義とは、概念的には福祉の移転がどれだけ低所得者に集中しているかで定義される。低所得者の選別は、希少な公的資金をもっとも必要な人々に効果的に集中させているということで通常は正当化される。選別主義な政策は、労働や結婚など貧困の減少につながる行動へのインセンティブを阻害しないと主張する研究者もいる。
- KPを含むこれまでの研究はしばしば、普遍主義を低所得者の選別主義に対置してきた。しかしながら、移転は低所得者にも、高所得者にも集中されうる。高所得者への集中は、発展途上国でよくみられる。それゆえ、低所得者への選別主義の反対は、高所得者への高所得者への選別主義であり、普遍主義ではない。
- KPは低所得者の選別度は、貧困と正に相関すると主張する。これは部分的には、選別主義は低い移転割合を帰結させるためである。選別主義の効率性を強調する研究もある。しかし選別主義は、受給者の監視と審査を必要とするため、行政的なコストをもたらし、受給者の恣意的で差別的な排除や、低い受給率がしばしば生じる。
- KPが述べるように、低所得者の選別主義は不人気であり、再分配選好とは負に相関するはずである。選別主義は不利な状況の人々にスティグマをもたらし、貧困層をそれ以外の人々から分断し、幅広い政治連合の形成を困難にする。
普遍主義
- 普遍主義を実際に定義している研究は多くない。KPも普遍主義をきちんと定義していない。しかし、「すべての国民をカバーする政策」、「低所得の人々と高所得の人々が同一の制度構造に含まれること」に注意を向けている。Esping-Andersen(1990)は、「すべての国民が、階級や市場における地位にかかわらず同様の権利を与えられていること」と、普遍主義にそれとなく触れている。
- この論文では、給付、カバレッジ、受給資格が人々の間で同質的であること(homogeneity)を普遍主義として定義する。新たな指標として、「受給した移転金額の変動係数の逆数」を提案する。例えば、雇用されていることと関連した移転(所得比例の給付)を考える。市場所得は不平等であるため、このような政策は高所得者をより利することになる。しかし、所得比例の給付を行う政策は、雇用割合が高ければ、広いカバレッジと開かれた受給資格を有するのである。
- 上で述べたように、普遍主義は単に低所得者の選別主義を逆転させたものではない。また、普遍主義は、低所得者または高所得者の選別主義が存在しないことでもない。選別主義は所得分布に対して異質な給付を行う。しかし他にも性別、年齢など所得分布とは重ならない異質性も存在する。普遍主義はこうした他の様々なカテゴリーにおける同質性を伴うものである。
- 表1では、チェコは都市部と地方の間で人々の受け取る移転額に大きな違いはない。一方で、メキシコでは都市部の人々が受け取っている移転額より大きく、異質性がある。
- KPによれば、普遍主義は選別主義よりも貧困を削減する。選別主義と同様に普遍主義も、移転割合を通して、貧困に対して間接的な関係を持つと考えられる。よって、移転割合を含めない場合に、普遍主義は貧困と負の関係があることが予想される。
- 普遍主義は私的保険・私的移転を締め出すことで、平等を促進する。さらに、普遍主義は不安定な世帯が直面する異質なリスクに対して、よりうまく取り組むことができる。選別主義的な政策においては、人々は貧困に陥ってはじめて受給資格を得ることができるようになる。これに対して普遍主義は、病気などのリスクに陥る可能性とコストを削減するのである。
- 普遍主義が貧困と負に関連する重要な理由は、政治的な評判がよいということである。普遍主義は移転を受け取る確率がより同質的であるので、広い支持が受けられると考えられる。よって、普遍主義は再分配選好と正に関連すると期待される。
社会政策のパラドックス
- KPのパラドックスは、貧困層を援助することを明示した政策が、高い移転割合を支えるための政治連合を弱体化させ、結果的に貧困を増やすというものである。これに基づけば、次の3点が観察されるはずである。(1)移転割合と普遍主義は貧困と負に、低所得者の選別主義は貧困と正に関連する。(2)普遍主義は再分配選好と正に、低所得者の選別主義は再分配選好と負に関連する。(3)移転割合は低所得者の選別主義とは負に、普遍主義と正に関連する。KPによれば、普遍主義は自己継続的(self-sustaining)であり、普遍主義の効率性と政治的評判の間には補完性(complementarity)がある。
- これに対して、2つの異なるパラドックスが可能であることを提唱する。パラドックスとは、社会政策の効率性(例えば、貧困の少なさ)を生み出すものと、社会政策の評判(例えば、高い再分配選好)の間の不一致、そして移転の3つの次元の間での矛盾であると定義される。この新たな2つのパラドックスを、「非補完性」(noncomplementarity)および「弱体化」(undermining)と名付ける。
- 非補完性のパラドックスは、貧困に関係する次元と、再分配選好に関係する次元の不一致である。このパラドックスは、もし移転割合が貧困と負に関連している一方で、再分配選好とは関連していない場合に起こりうる。これまでの研究では、移転割合は貧困と負に関連する一方で、移転割合と再分配選好の関係は明らかにされておらず、このパラドックスはありうることである。
- 弱体化のパラドックスに関してはまず、移転割合は貧困を削減し、低所得者の選別主義は再分配選好を弱体化させることが前提となる。KPは、移転割合と低所得者の選別度は負に関連すると主張した。しかし、近年の研究では移転割合と低所得者の選別主義は正に相関することが示されている。さらに、多くの発展途上国では、高所得者向けの移転と低い移転割合が保たれており、これは両者に正の相関があることを意味する。それゆえ、貧困を削減する次元が、再分配選好を弱める次元とともに増加するということがありうる。そして、弱まった再分配選好は、結果的に高い移転割合を支えるための政治連合を弱体化させることになるかもしれない。
方法
- 分析は二段階で行われる。第一段階では、個人が貧困であるかどうかを、国レベルの福祉の移転の次元と、個人レベルの要因によって説明する。個人レベルのデータは、LISによるものであり、分析の単位はすべての年齢の個人である。
- どちらの段階でも、まずはデータが利用可能であり、かつ自由民主主義が20年以上続いている先進国を分析する。その後にすべての国を分析対象とする。
- どちらの従属変数も二値である。マルチレベルロジスティック回帰モデルを使用する(ランダム切片モデル)。
- マルチレベル分析は、KPのマクロレベルの分析にくらべて大きく2つの利点がある。第一に、マルチレベルモデルは、従属変数および国レベルの変数の共変動を、個人レベルの変数で条件付けられることである。例えば、貧困は婚姻状態、雇用状態、学歴などと関連する。これらの個人レベルの要因を調整しない場合、国レベルの効果と観察されない集団レベルの異質性を区別できない。マクロレベルの分析は自由度が限られているので、これらのすべての個人レベルの変数について、国ごとの平均値によって条件付けるのは困難である。第二に、マルチレベルモデルは、国レベルの効果をより有効に推定することができる。
福祉の移転の次元についての国レベルの指標
- KPと同様に、福祉の移転は実際に受給したものを測定する。受給基準や公的な規則から学べることも多いが、捕捉率を調べることも重要である。多くの人々は受給資格があるにもかかわらず、移転を受け取っていない。さらに、受給基準を指標とする場合には、失業保険などの少数の測定可能な政策に絞らざるをえなくなる。国家間でどの政策に多くを支出するかは異なっており、現金給付を総合的に測定することで、相互に関連している移転の分布をより捉えられるのである。
- 移転の次元を捉える上で重要な指標となるのは、世帯に対する公的移転、および世帯の可処分所得である。移転については、政府による現金および現金に類似する扶助を、標準化した価値によって測る。これには、現金給付の社会保険、現金給付の普遍移転(universal transfer)、そして(現金かそうでないかにかかわらず)社会扶助が含まれる。KPと同様に、サービスを含めることはできない。可処分所得については、課税後の所得と、移転によって測定する。移転及び所得は、世帯員の二乗根で割ることによって等価に調整する。
- 移転割合は、世帯の可処分所得に占める移転の平均値である。これはKPの言うところの再分配の予算規模と基本的に同じである。KPは課税前の粗所得を用いているところだけが異なっている。低所得者の選別主義はKPと同様に、移転を受け取る前の等価世帯所得についての、Kakwaniの集中係数を用いる。Kakwaniの指標は、-1(もっとも貧困な個人がすべての移転を受け取る)から+1(もっとも富裕な人がすべての移転を受け取る)の範囲をとる。これを逆転させて+1がもっとも低所得者に移転が向けられているようにした。普遍主義は、受け取った移転の絶対額の変動係数について逆数をとった。
貧困の分析における個人レベルの指標
- 第一段階の分析における従属変数は、相対的貧困(貧困であれば1をとる)である。課税後および移転を受け取った後の等価可処分所得について、中央値の50%未満であれば貧困と定義する。
再分配選好の分析における個人レベルの指標
- 再分配選好についてのデータは、2006年のISSP「政府の役割」である。第二段階の分析における従属変数は、次の質問からなる。「全体として、富む者と貧しい者とのあいだの所得の格差を少なくすることは、政府の責任だと思いますか。それとも、政府の責任ではないと思いますか」。回答の選択肢は、「政府の責任である、どちらかといえば政府の責任である、どちらかといえば政府の責任ではない、政府の責任ではない」という順序変数である。これを、「政府の責任である」と「政府の責任ではない」の二値にまとめた。
- この質問を用いる理由はいくつかある。第一に、再分配選好をもっとも直接に測っているためである。第二に、各国の研究者は、政府の責任を重視しており、とりわけこの質問は重要と見なされている。第三に、支出への選好についての他の質問は、各国における現在の支出に依存するためである。このことによって、国家間で比較をすることが難しくなる。最後に、再分配選好は党派性、福祉の支出規模などと関連することが知られており、重要な変数であるためである。
分析結果
貧困の分析
- 図1は、貧困率と福祉の各次元の関係について、マクロレベルの相関を示したものである。移転割合は先進国のみ、すべての国を含めた場合のどちらにおいても貧困と負に相関している。
- KPとは異なり、低所得者の選別度は貧困と負に相関している。アメリカはしばしば低所得者へ移転を集中していると見なされているが、特にそういうわけではない。
- 普遍主義は貧困と強く負に相関している。スウェーデンとノルウェーは高い普遍主義と低い貧困率を示し、アメリカは低い普遍主義と高い貧困率を示している。
- 表2は、貧困についてのマルチレベルモデルの結果である。福祉の次元を別々に入れたモデル1とモデル3では、移転割合と普遍主義は、KPと同様に貧困と負の関係を示した。モデル2ではKPと異なり、低所得者の選別度は貧困と負に関連している。これら3つを同時に入れたモデル4では、移転割合は負のままであった。しかし、低所得者の選別度と普遍主義は統計的に有意な結果ではなくなった。これは、低所得者の選別度と普遍主義の効果の一部は、移転割合に媒介されていることを示唆する。こうした間接効果は、普遍主義についてはKPの議論と一致するが、低所得者の選別主義については一致しない。
- すべての国を含めた場合に(モデル5-7)、移転割合、低所得者の選別度、普遍主義はそれぞれ別々に入れた場合には、先進国のみの場合と同様に貧困と負の関連を示した。3つを同時に入れたモデル8では、移転割合は負の効果を持ち続け、普遍主義は有意ではなかった。
- 図2はモデル8の予測確率をプロットしたものである。移転割合が中位の国(イタリア)で貧困の予測確率は0.19となった。
- モデル8では、低所得者の選別度は、貧困と統計的に有意な正の関連を示した。これは安定的な結果ではないと判断する。さらに移転割合を統制した後にも低所得者の選別度と貧困が正に関連することは解釈が難しい。
再分配選好の分析
- 図3は、福祉の各次元と、再分配選好のマクロな相関関係を示している。移転割合は貧困とは強い負の相関があったものの、再分配選好とは関連していない。
- KPと一致して、低所得者の選別度は再分配への支持とは負に相関している。しかしながら、普遍主義は再分配への支持とは相関していない。
- 表3は、再分配選好についてのマルチレベルモデルの結果である。先行研究と一致し、女性、未婚者、地方や郊外の居住者、低学歴者、パートタイム労働者、公的セクター労働者、失業者、プロテスタント・カトリック以外の宗教信仰者は再分配をより支持しやすい。
- 先進国のみの場合、すべての国を含めた場合のどちらにおいても、移転割合と普遍主義は再分配選好とは統計的に有意な関連を示していない。これは、福祉の各次元を別々に入れた場合、同時に入れた場合のどちらにおいてもそうである。
- 先進国のみの分析において、低所得者の選別度は再分配選好とは負の関連を示しているが統計的に有意ではない。ただし、日本を除くと有意になる。日本のデータはLIS(2008年)とISSP(2006年)の間でラグがあり、これが測定誤差を生み出しているかもしれない。
- すべての国を含めた場合に、低所得者の選別度は再分配選好と負の統計的に有意な関連を示している。モデル8では、どの国を分析からはずした場合にも、この関係は維持されることがわかっており、頑健な結果である。
3つの次元の関係
- 図5は、福祉の各次元の間のマクロな相関関係を示している。KPは普遍主義が移転割合を増加させると主張しており、その通りとなっている。また先ほどの分析において、移転割合と普遍主義はともに貧困と負に関連していたが、これらを同じモデルに入れた場合に、普遍主義は統計的に有意ではなくなった。これについても、普遍主義と貧困の関係は移転割合に媒介されているものだという、KPの主張と一致する。
- KPのパラドックスの中心にあるのは、低所得者の選別主義と移転割合のトレードオフである。すなわち、「低所得者の選別と予算規模を同時に最大化することはできない」というものである。しかしながら、図5では逆に、低所得者の選別度と移転割合は正に相関している。これは、高所得者の選別度が高い国において、移転割合が低くなっていることが理由の一つである。ある一国において、貧困層を社会政策に組み入れようとするにつれ、移転が高所得に集中する傾向は弱まり、同時に移転割合は増加するのである。先進国のみに限定しても、低所得者の選別度と移転割合は正に相関しており、トレードオフが存在するとはいえない。
- すでに述べたように、選別主義と普遍主義はしばしば対置される。この論文では、普遍主義ではなく、高所得者の選別が、低所得者の選別の逆であることを主張した。さらに、普遍主義とは、移転前の収入における同質性ではなく、人口全体における同質性であると定義した。実際のところ、低所得者の選別度と普遍主義は先進国においては関連していない。
- 例えば、デンマークでは低所得者への移転度合いが大きく、かつすべてのカテゴリーにおける人々をカバーしている。この組み合わせが、デンマークにおける高い移転割合の理由の一つである。
補足分析
- KPは相対的貧困だけでなく、所得の不平等にも関心を持っていた。福祉の各次元とジニ係数の相関を見ると、貧困との関係と同じようになっている。これは、ジニ係数と貧困の相関が高い(r>0.9)ことを考えれば、驚くことではない。
- KPによれば、選別主義は労働者階級を分断するという。個人の左派政党の支持を分析したところ、先進国のみ、すべての国のどちらの場合にも、福祉の各次元はいずれも相関を持たなかった。
考察
- いくつかの結果はKPを再確認するものであった。貧困は移転割合と負に関連しており、普遍主義とも移転割合を通して間接的に関連している。再分配選好は低所得者の選別度と負に関連している。
- KPとは異なり、普遍主義は再分配選好と関連していなかった。また、移転割合は再分配選好と関連していなかった。効果的な社会政策は同時に政治的な評判が高いわけでないということである。さらに、低所得者の選別度は移転割合と正に関連し、さらに分析対象を広げた場合には普遍主義とも正に関連していた。
- 補足分析によると、KPと結果が異なったのは、KPの分析対象国が少なかったことにくわえ、移転割合と低所得者の選別主義の関係が、1980年代とは変化したためだということが言える。当時は再分配のパラドックスが生じていたが、その後はもっとも平等な福祉国家においては普遍主義、高い移転割合、低所得者の選別主義のすべてが組み合わさっているのである。
- この結果から、2つの新たなパラドックスが導かれる。第一に非補完性のパラドックスである。これは、貧困に関連する要因と再分配選好に関連する要因の不一致である。これが生じる理由の一部は、高い貧困率と高い再分配選好を持つ国々があり、また低い貧困率の国々では再分配選好がばらついているためである。高い貧困率がより再分配への支持を高める一方で、低い貧困率が再分配選好を弱めるということがあると考えられる。
- 第二に、弱体化のパラドックスである。これは、貧困をもっとも削減する福祉の次元(移転割合)が、再分配選好を減少させる次元(低所得者の選別主義)と正に関連しているというものである。それゆえ、貧困の削減に効果的な社会政策が、再分配への公的支持を減らすことになりやすいのである。
- 他にもこの論文は、いくつかの貢献を行った。第一に、貧困および不平等がいかに政治的・制度的な起源を持つかという研究においてである。個人のライフチャンスがいかに階層化されているかは、各国内の政策という文脈を考慮しなければならないことを示した。
- 第二に、低所得者の選別主義と再分配選好の負の関係は、フィードバック効果を描き出しており、福祉国家がいかに個人の福祉国家への態度に影響するかを示した。
- 第三に、発展途上国における社会政策研究についての展望を示した。この研究はLISデータにおけるすべての国を使用した、最初の研究の一つである。
- 第四に、福祉の移転の次元を、発展途上国についての情報を組み合わせることで、福祉国家の類型をさらに理解することができる。例えば、低い移転割合、低い普遍主義、高所得者の選別度が高いという、最小限の発展をしている国のタイプ(インド、ペルー、コロンビア、グアテマラ、中国)がある。先進国は低所得者の選別度では大きく変わらないが、移転割合と普遍主義の度合いについては、ばらつきがある。
- 最後に、この研究は福祉国家の規模が、社会政策の重要な指標であり続けていることを示した。多くの研究者が、福祉国家の規模では寛大さとニーズを区別できないと批判してきた。しかしこの研究は、移転割合が貧困を説明する上で最重要であることを明らかにした。
- 今後の研究としては、第一に経時的な変化を調べることができるだろう。第二に、国レベルの指標については、他のデータベースとつなげることに価値があるだろう。第三に、この研究ではできなかった、課税後の移転を評価することが考えられる。第四に、普遍主義の概念的・操作的な定義について、この研究をもとにさらなる議論が期待される。