宇野重規『保守主義とは何か――反フランス革命から現代日本まで』

 

保守主義とは何か - 反フランス革命から現代日本まで (中公新書)

保守主義とは何か - 反フランス革命から現代日本まで (中公新書)

 

 

 冒頭で、「保守」あるいは「保守主義」が一種のバズワードになっており、曖昧な思想になっていることが指摘されます。その大きな原因として挙げられているのが、「進歩」という理念の衰退です。すなわち、保守主義とは進歩主義との対立や緊張関係の中で展開してきたものであり、進歩という理想に対する懐疑が拡がった現代では、結果として保守主義も迷走してしまっていると論じられます。

 その思想を整理してゆく上で、まず参照点としてエドマンド・バークが採り上げられます。彼の保守主義思想を、(1)保守すべきは具体的な制度や慣習であり、(2)そのような制度や慣習は歴史のなかで培われたものであることを忘れてはならず、さらに、(3)大切なのは自由を維持することであり、(4)民主化を前提にしつつ、秩序ある漸進的改革が目指される、と要約します。歴史の中で培われた制度や慣習を重視するという立場から、たとえば王権の連続性が担保されてきたイギリスと、革命による断絶を経験したフランスとでは、保守するものが異なるというわけです。人々の自由を重視する立場であったバークが、フランス革命による急進的な変化に対しては批判的であった点が強調されます。

 続いて、それぞれの時代と社会における進歩主義的な理念に対して、保守主義がどのように向き合ってきたのかという問題設定の下で、「社会主義との闘い」、「『大きな政府』との闘い」、「日本における保守主義」が論じられてゆきます。類書と比較した際の特徴として、「保守主義者」とは自認していない人々も、保守主義思想の系譜に位置づけられているようです。たとえば、市場メカニズムの称賛者としてもっぱら見られることが多いハイエクについて、ハイエクは自らを保守主義者ではないと自認していたにもかかわらず、その重要な思想として人間の計算能力の限界と自由の擁護があったことを指摘し、保守主義的な側面が描き出されています。それから日本の箇所では伊藤博文を挙げて、最新の研究に基づいた議論が展開されています。

 また、保守主義における特徴として、理性だけではなく感情や共感の重視という点を挙げ、宗教の役割についても論じられています。特に、アメリカにおける政治や世論を捉える上で、宗教の理解は不可欠であるとされます。宇野先生が近年、宗教に関心を寄せられているということも、この保守主義の問題と関連しているということが、本書を読んで感じとれました。

 本書を読んで、たとえば現代社会における生命倫理の問題を考える上では、「歴史の中で培われた制度や慣習」、「秩序ある漸進的改革」というバークに基づく保守主義的な理念は重要になるのではないかと思いました。この点に関連するかもしれないこととして、本書でハーバーマスに若干触れられている箇所も興味深かったです。