菊池正史(2018)『「影の総理」と呼ばれた男――野中広務 権力闘争の論理』

 

 

 野中の政治を「弱者に寄り添う政治」と評する人がいるが、私は「寄り添う」という、どこか偽善的な生ぬるさのある言葉は、野中にふさわしくないと思う。野中の弱者への関わり方は、言葉だけの同情や、親切ごかしの口利きといった、ありふれた政治のレベルではなかった。それはまさに、「弱者と共に動く」政治だったと思う。 

 フリーライター辛淑玉は野中の政治を「平和のための談合」と評した。野中は二度と戦争をさせないために、権謀術数をめぐらした。その矛盾こそが、「平和であり、そして反戦であり、そして国民を中産階級の国民にしていく」ことを保守し続けるための、野中なりのリアリズムだったのではないか。

 

 昨年の1月に亡くなられた野中広務官房長官を採り上げた本です。著者のテレビ局政治部記者としての経験に基づき、野中氏との個人的なエピソードも交えつつ、その人生が振り返られています。また野中氏と関連して、戦後保守と戦争・平和の関係、小泉政権までの自民党の歴史・権力闘争などのテーマも描かれています。著者自身もあとがきで少し触れていますが、「安倍一強」の自民党と対比させつつ読むと、現代の政治で失われてしまったものについて理解が深まるように思います。

 1章では野中氏の戦争経験が描かれており、やはりこういった体験から紡がれる言葉には迫力を感じます。もう今の時代にはこのような政治家は出てこないのだろうかと思うと、なんとも残念な気持ちになります。

 政治制度に関する記述では、中選挙区制・派閥・談合型政治の功罪などについて関心を持ちながら読みました。素人的には、本来は政権交代を可能にしやすくするための小選挙区制の下で第二次安倍政権のような長期政権が維持されているのをみると、その弊害について少し考えてしまいます。また、小泉元首相の強権的な手法に反対して政界を引退したものの、その後の「安倍一強」の基礎を築いたのは、小渕内閣において公明党との連立を決断した野中に他ならない、という著者の指摘は皮肉ながら興味深いものでした。