井手英策(2018)『幸福の増税論――財政はだれのために』

 

幸福の増税論――財政はだれのために (岩波新書)

幸福の増税論――財政はだれのために (岩波新書)

 

 

 「弱者を助ける」という伝統的なリベラル政策がなぜ日本社会で支持されないのか、著者自身が政治に関わってきた経験も踏まえて見事に描き出されていると思います。

 しかし、消費税を20%近くまで上げるということに関しては、どれだけ増税の必要性を説得的に議論しても難しさを感じてしまいます。加藤淳子先生のご研究にもあるように、先進産業国におけるVATの導入と増税には経路依存性と重大局面(critical juncture)があるので、過去のスウェーデンアメリカを比較の対象にするのは、政治的コストが違うようにも思います。実現可能な落としどころは、別の著作で論じられているような社会なのでしょうか(まだちゃんと読んでいない)。

 

 以下、勉強になった箇所をいくつか書き出してみました。やはり財政・租税論に関する知識は知らないことばかりですね。

  • 現金とは異なりサービス給付の場合には、自分が受けたサービスの金額を正確に測ることはできないから、税負担と受益の差が大きいからといって高所得層が反対するとは限らない。むしろ将来不安を軽減するために就労と貯蓄に駆り立てられる必要がなくなれば、高所得層にもメリットがある。
  • 大企業の内部留保が批判の的になることがあるものの、毎年発生するフローの内部留保は資金調達の一形態に過ぎず、企業が銀行から借り入れをして設備投資にまわすのか、内部留保をもとに設備投資を行うのかの違いである。内部留保を減らせというのは、借り入れの難しい中小企業に設備投資を減らすように求めることに等しい。内部留保に課税を求める議論もあるものの、租税論的に言えば明らかに二重課税になる。
  • 第二次安倍政権の下で防衛関係費は4.8兆円から5.1兆円に約6%増大している(2013→2018年度)。しかし、一般会計当初予算の伸びが5.2%であるから、防衛費だけが極端に伸びたわけではなく、また現在の防衛予算は過去のピークである1997年度予算の4.9兆円とほとんど変わらない。
  • 65歳以上人口に対する15~64歳人口の比率が低下するという「肩車問題」によって将来世代が背負う借金が重くなるため、増税よりも財政再建を優先すべきだという議論がある。しかし、「就業者一人あたりが何人の非就業者を支えるか」という指標でみると、過去・現在・2050年の予測のどれも大きく変化しない。