『ドストエフスキーと愛に生きる』

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原題はドイツ語で、『婦人と五頭の象』という感じのようです。五頭の象とは、ドストエフスキーの後期の五大長編のことを意味しています。
ウクライナ生まれでドイツ在中の80代の翻訳家、スヴェトラーナ・ガイヤーの半生を追ったドキュメンタリーになっています。

冒頭は彼女の静かな日常生活と翻訳作業が描写されます。口述で翻訳を読み上げ、タイピストが古いタイプライターで綿密に確認をしながら打ち込んでいます。このようなスタイルが何十年も続いていることを感じさせるシーンです(余談ですが、ドストエフスキー自身も速記者であった妻に口述で小説を書き取ってもらっていたことを思い浮かべました)。さらにタイプされた草稿を、知り合いの音楽家に朗読してもらい、直しの作業が行われます。時には衝突をしつつも、よりよい表現を探ってゆく姿勢はプロとしてのこだわりを感じさせます。

他にも、言葉のプロであることを感じさせるシーンは、洗濯物にアイロンをかけながら、翻訳することについて語るシーンです。一度洗った服は繊維が乱れてしまうから、その方向を直さなければならず、それは翻訳についても同じことだと彼女は言います。すなわち、テクストとテクスタイルの共通性であり、これらは語源も同じであると言っています。

映画が半ばに入ると、スターリン政権下で幼少期を過ごし、ヒトラー支配下でドイツ軍の通訳者として戦時期を生き抜いた、過酷な過去が語られます。特に、大粛清の犠牲となった父の思い出を語る部分は胸に迫るものがあります。