イアン・マキューアン『未成年』

 

未成年 (新潮クレスト・ブックス)

未成年 (新潮クレスト・ブックス)

 

 

 現代文学はふだんあまり読みません。『ノルウェイの森』の永沢さんをリスペクトしているわけではありませんが、なんだかんだで古い教養主義に毒されてきたところがあるからかもしれません。しかし、イアン・マキューアンの小説は昔、駒場の古本屋でたまたま一冊買って読んだことがありました。ブッカー賞受賞作である、『アムステルダム』です。

 そんな彼の新作が出たという記事を見て、買ってみました。主人公のフィオーナは60歳近くの女性裁判官です。彼女は法廷で、白血病にかかりながらも宗教上の信仰から輸血を拒む少年の審理を担当することになります。病院側は少年の命を救うために輸血は緊急で必要性だと訴え、一方で家族と少年自身はたとえ命の危険があるとしても、輸血は神に対する冒涜であると主張します。

 また、少年は18歳になるまで数ヶ月足りておらず、法的には自ら受ける治療についての決定権を持っていません。しかし、主人公と少年の交流を通して描かれるのは、この少年が未成年であるとしても知的に成熟しており、成人と同等に扱ってもよいのではないかというような難問です。

 あらすじを新聞の書評で読んだ段階では、全編を通してどのような判決を下すかという主人公の苦悩や煩悶が描かれるのかと思っていました。しかし、少年の審理は前半で決着が着き、後半は少年が命を救われた後の宗教的・精神的な変容、および主人公と長年連れ添った夫の不和が中心に移ります。フィオーナはある日、夫から愛人を作りたいと言い出され、裁判官としては長年離婚訴訟に関わってきたものの、一人の女性として自分自身に向き合うことになります。また、夫を非難しつつも少年に対して強い感情を抱く自分への困惑を覚え、「成熟」とはどういうことかが、少年だけではなく主人公の視点を通して二重の問いを投げかけることになっています。

 内容はほとんど忘れてしまいましたが、『アムステルダム』も社会の倫理や道徳の複雑さを扱いつつ、しかしスキャンダラスになり過ぎない見事な筆致で描かれていたという記憶があります。