キケロー『友情について』

 

友情について (岩波文庫)

友情について (岩波文庫)

 

 

友情は数限りない大きな美点を持っているが、疑いもなく最大の美点は、良き希望で未来を照らし、魂が力を失い挫けることのないようにする、ということだ。それは、真の友人を見つめる者は、いわば自分の似姿を見つめることになるからだ。 

人は己れを恃むこと強ければ強いほど、そしてまた、誰の助けも必要とせず、己れのものは全て己れの中にあると考えるまでに、徳と知恵で厚く守られていればいるほど、友情を求め育むことにおいても卓絶するのである。 

財力・能力・資力で大抵のことができる者が、金で贖える他のものは馬にしろ、奴隷にしろ、豪華な衣裳にしろ、高価な食器にしろ、手に入れるのに、いわば人生における最高最美の家具である友人を手に入れないとは、これほど馬鹿げたことがあるだろうか。 

 

 ローマの政治家ガーイウス・ラエリウスによる対話篇という形の作品です。プラトンやアリストテレス哲学と同様に、徳による人間性の完成が強調されており、友情が存在するのも人々の持つ徳ゆえにであるとされています。人は欠乏や弱さのゆえに友情を求めるのではなく、むしろ自立した人々こそ強く友情を求めるのだという箇所は印象的でした。

 また、「いつか敵対しそうな人々とはそれを覚悟した上で友情を結ぶべき」か、あるいは、「いつか敵対しそうな人々は決して愛し始めないよう慎重であるべき」かという議論は、社会科学の信頼形成のモデルを想起させられました。

 

Garland (1991) "The Mid-Point on a Rating Scale: Is it Desirable?"

Garland, Ron. 1991. "The Mid-Point on a Rating Scale: Is it Desirable?" Marketing Bulletin 2: 66-70.

 

 Likert尺度による質問を行う場合に、中間の回答選択肢(「どちらともいえない」)が存在した方がよいのかどうかという問題設定の論文です。中間の選択肢が存在しない場合には、回答拒否を行わない限り、対象者は賛成・反対のどちらかに回答を強制されることになります。このことが回答の傾向に体系的な影響をもたらすかどうかという関心です。

 マーケティングの方法に関する同一の質問に対して、4件法・5件法の2つの選択肢を対象者にランダムに割り付け、結果を比較しています。結果として、中間の回答選択肢がある場合には、社会的に望ましい方向性への回答のバイアス(social desirability bias)がかかりやすいとされています。4件法の場合には、自らの態度の方向性を表明しなければならないのに対して、中間の選択肢がある場合に、社会的に望ましくない方向の意見を持つ人々は、「どちらともいえない」を選択できるために、4件法の場合よりも5件法ではネガティヴな回答が過小になるという解釈です。このバイアスを防ぐためには、中間の選択肢を除外した方がよいと著者は主張しています。

 ただ、「どちらともいえない」が実質的な意味をもつこともありうるので、どちらを選ぶかはケースバイケースかなとも思います。

 

久賀谷亮『世界のエリートがやっている最高の休息法――『脳科学×瞑想』で集中力が高まる』

 

世界のエリートがやっている 最高の休息法――「脳科学×瞑想」で集中力が高まる

世界のエリートがやっている 最高の休息法――「脳科学×瞑想」で集中力が高まる

 

 

 脳科学的な見地からマインドフルネスについて解説されている本です。小説の登場人物に学術的な知見や実践的なアドバイスを語らせるという珍しいスタイルをとっています。「疲れているのは『身体』ではなく『脳』である」という問題設定の下に、認知療法や瞑想を組み合わせたマインドフルネスがなぜ有効なのかというのが主な内容になっています。

 ここ数年、慢性的な首や肩の痛みに悩まされており、運動や整体でも解消されないので、自律神経的な要因から来ているのは何となくわかっていたのですが、その処置のヒントになるようなことがいろいろと得られました。ふだんの呼吸を意識するようにするだけで、だいぶ疲労感が違います。

 

鈴木秀明『効率よく短期集中で覚えられる 7日間勉強法』

 

効率よく短期集中で覚えられる 7日間勉強法

効率よく短期集中で覚えられる 7日間勉強法

 

 

 大学の先輩である資格マニア鈴木さんのご近著です。前にお話を伺った時に取得資格数が350個くらいと仰っていた気がしたのですが、現在は500個を突破されているようです(しかもここ数年は取得ペースが上がっているとのこと)。

 そうしたすさまじい取得ペースを支えている勉強法が本書では紹介されています。毎週のように資格試験を受けている著者らしく、7日間を区切りとするスタイルであり、そして徹底的に無駄を排した合理的な戦術とテクニックが採用されています。たとえば、「エビングハウスの忘却曲線」に基づき、試験1週間前は過去問の傾向をつかむことや覚えなくてもよいことを選別することに注力し、試験直前に暗記が問われる内容を詰め込むなどです。

 自分の今の仕事を考えると、資格試験のようにある時期までに特定の知識を身につけて、合格ラインを超えるというようなことは要求されていません。むしろ、必要な知識は曖昧で、中長期的なスパンで考えるべきものになっています。そういう意味で言えば、本書で紹介されているテクニックは必ずしも役に立つものばかりではありませんでした。ただし、たとえばある統計数値に関して、日本は国際平均よりどれくらい異なっているかというようなことは覚えなければいけないこともあるので、そうした個別の場面で役立ちそうな内容はありました。

 どちらかといえば具体的なテクニックではなく、鈴木さんがこれほどまでに資格を取得し続けるモチベーションがどこから来ているのかということが、もっと読んでみたいと思いました(あとがきでは少し書かれていましたが)。自分の場合は20歳の頃にくらべると、仕事に直接役に立たないことを新しく勉強しはじめようというモチベーションは明らかに低下しているので、部分的に仕事とはいえ、毎週のように新しい資格試験にチャレンジする鈴木さんの姿は素直に尊敬しています。

Heisig and Solga (2017) "How Returns to Skills Depend on Formal Qualifications: Evidence from PIAAC"

Heisig, Jan Paul and Heike Solga. 2017. "How Returns to Skills Depend on Formal Qualifications: Evidence from PIAAC." OECD Education Working Papers, No. 163, OECD Publishing.

 

 国際成人力調査(PIAAC)を用いて、公的な教育資格(学歴)、認知的スキルと労働市場におけるリターンの関係が、国によってどのように異なるのかを検証した論文です。

 

  • 低学歴の人々は平均して認知的スキルが低く、この事実が部分的に労働市場における不利さを説明する。しかし、学歴と認知的スキルの関係、およびこれらがいかに労働市場におけるアウトカムと結びつくかは、国によって相当のばらつきがある。
  • 低学歴の人々とそうでない人々のスキルの格差が相対的に大きく、かつ低学歴者のスキルの分布が均質的である場合に、学歴は雇用主に対して強い負のシグナルを与えうる。こうした「技能の透明性」(skill transparency)の程度によって、特定の社会では低学歴者が労働市場においてより大きな不利に直面しやすい。
  • PIAACをデータとして用いて、低学歴者を・中学歴者をそれぞれISCEDのレベル0から2、レベル3から4として定義する。ISCEDレベル5以上の高学歴者は分析から除外する(低学歴者と労働市場において競合することが少ないため)。認知的スキルの指標としては、計算能力テストの得点を用いる。これは他のテスト得点よりも労働市場におけるアウトカムの予測性が高いことが示されているためである。労働市場におけるアウトカムの指標としては、現職または最後職のISEI得点を用いる。分析は16歳から54歳で、かつ調査時点でフルタイムの就学をしていない人々に限定する。
  • 低学歴者と中学歴者の認知的スキルの格差の大きさは、教育システムの分化度合い(トラッキングの強さ)と正に相関しており、(後期)中等教育における職業教育の拡がりと負に相関している。
  • 低学歴者と中学歴者の認知的スキルの平均的格差が大きく、かつそれぞれの学歴グループ内のスコアの分散が小さい(均質性が高い)国ほど、学歴によるリターンの格差が大きい。

 

 日本も分析に含まれており、低学歴者と中学歴者の平均的なスキル格差は小さいものの、それぞれのグループの均質性はかなり大きい(それぞれのグループ内の分散が小さい)という結果になっています。

 マルチレベル分析も行われていますが、ワーキングペーパーということもあってか、仮説を十分に検証するような分析結果までは出されていません。低学歴者のサンプルサイズが小さいことがネックになっているとのことです。特に日本の場合、ISCEDレベル2以下ということは中卒に対応するので、交互作用を入れた分析だと、推定値がかなり不安定になっていると思われます。

Bonke and Esping-Andersen (2011) "Family Investments in Children: Productivities, Preferences, and Parental Child Care"

Bonke, Jens and Gøsta Esping-Andersen. 2011. "Family Investments in Children: Productivities, Preferences, and Parental Child Care." European Sociological Review 27(1): 43-55. 

 

 育児に関する選好を学歴で指標化してしまって大丈夫なのかなとはじめは思いましたが、ちゃんと仮説の構成手順を読むと、まあまあ説得的に感じました。

 

  • 育児にかける時間の量は、子どもの福利と技能の発達においてきわめて重要である。近年の研究は育児時間が特に高学歴世帯において増加していることを示している。こうした学歴による育児の格差の拡大が、より平等な社会においても起きているかどうかは明らかになっていない。たとえば、スカンディナヴィア諸国のように、普遍的で良質の育児サービスや寛大な家族給付が存在し、労働市場において男女がより平等な社会においてである。
  • 家事の分業に関する研究は、夫婦の相対的な市場生産性に注目することがもっぱらである。しかし、こうした相対的な市場価値が交渉力の強さとなり、家事の分業に影響するという仮説は部分的にしか支持されていない。
  • 市場生産性と交渉力と育児の関係は明快ではない。第一に、育児とは望ましい活動であると広く考えられている。夫婦間で交渉が起きるとすれば、子どものための時間を減らすためというよりも、むしろそれにかける時間を増やすために他の家事について交渉するのである。第二に、育児にかけるに時間が特に高学歴夫婦で増えているという事実は、時間制約の中で育児の優先度が高くなっていることを示している。第三に、Becker and Murphy(2007)が述べるように、高度な人的資本を持つ人々は、育児においても生産性が高いかもしれない。
  • 育児時間に関する研究の多くは、教育年数の影響が線形であることを仮定している。もし育児の技能が教育に対して線形であるのならば、なぜ高学歴の親は同等のアウトカムを得る上で、低学歴の親よりも長い時間の育児が必要になるのであろうか。
  • このパズルを解く鍵はおそらく、教育に内在するものとして、市場生産性とは別の要素を考えることである。育児の質的な側面に注目する研究においては、文化的要因(家庭の本の冊数)は子どもの認知的技能に強い効果を持つ一方で、こうした文化的な要因は世帯所得とはほとんど関連がない。
  • 教育の線形的な効果の仮定は、もし重要な交互作用が存在する場合には問題となる。学歴同類婚は夫婦の時間の用い方の一致をよりもたらしやすくなる可能性がある。
  • 同類婚は教育水準によって異なる育児実践をもたらすと考えられる。高学歴者間の同類婚は価値観、文化、嗜好に関してより社会的な選択を経ているため、育児に費やす時間をより強化する方向に働くと予想される。これに対して、低学歴者間の同類婚は家事の分業について伝統的な価値観を選択しやすいことが知られており、育児についても母親に偏りやすいことが予想される。
  • データはDanish Time-Use Survey。デンマークには寛大な育児給付が存在しており、経済的な要因は育児にかける時間の制約とはなりにくいことが予想できる。親と同居している18歳以下の子どもがいるサンプルに分析を限定する。
  • 市場における生産性は賃金率によってモデル化する。親の学歴が育児に対する選好の指標であると仮定する。
  • 育児に費やす時間は、労働時間、家事時間、余暇時間とも関連するために、見かけ上無関係な回帰(SUR)モデルによって頑健性を確認する。
  • 賃金率で測られる市場生産性は、育児時間に直接的な関連は有していない。父親・母親それぞれの学歴は育児時間と正に関連している。これは、もっぱら重要であるのは母親の学歴であるという通念とは反する結果である。そして予想されたとおり、高学歴者間の同類婚は育児にかける時間と正に関連している。
  • もし育児が効率を求めて行われるものだとすれば、夫婦間で分業を行い、全体での投資時間を減らすようになるはずである。しかし分析の結果、ともに高度な人的資本を有する夫婦は、どちらかが育児に特化するのではなく、全体としての育児時間を増やしている。

Williams (2016) "Understanding and Interpreting Generalized Ordered Logit Models"

Williams, Richard. 2016. "Understanding and Interpreting Generalized Ordered Logit Models." Journal of Mathematical Sociology 40(1): 7-20.

 

  通常の順序ロジットモデルにおける比例オッズの仮定を弱め、かつ多項ロジットモデルよりは柔軟(あるいは節約的)である一般化順序ロジットモデルについての論文です。著者は関連するテーマの論文をいくつも書いていますが、本論文では「比例オッズの仮定が成り立たない場合にそれをどのように解釈できるか」ということに重きをおいて、5つの具体例を紹介しています。

 

  • (1)モデルの特定化の失敗。本来は比例オッズの仮定が成り立つものの、重要な変数がモデルから落ちていたり、二乗項が入っていなかったりなどして、比例オッズの仮定が満たされていないように見えてしまう場合がある。
  • (2)非線形確率モデルとしての解釈。それぞれのアウトカムが生じる確率をシンプルに示すことで、潜在変数Y*を導入せずとも結果の解釈ができる。
  • (3)独立変数の効果はそれぞれの累積ロジットに対して非対称である可能性。比例オッズの仮定の下では、4値の従属変数において、「1 vs. 2,3,4」、「1,2 vs. 3,4」、「1,2,3 vs. 4」とそれぞれの累積ロジットにおいて独立変数の効果はすべて等しい。しかし、これは成り立たない可能性がありうる。Fullerton and Dixson(2010)は、政府の福祉支出に関して、いくつかの独立変数は支持よりも不支持に与える効果がかなり大きいことを示している。
  • (4)状態依存の回答バイアス(state-dependent reporting bias)。潜在変数Y*の分布はどのグループにおいても同じであっても、観察値を実現させる上での閾値がグループによって異なる場合がある。たとえば、「とても賛成」、「どちらかというと賛成」の間の閾値や、健康状態が「とてもよい」、「まあまあよい」の間の閾値は、回答者が参照するフレームによって異なりうる。
  • (5)回答の「方向」(direction)に影響する独立変数と、回答の「強度」(intensity)に影響する独立変数がある。たとえば、女性は男性よりも極端な政治的態度を示しにくい傾向がある(「とても賛成」、「とても反対」のどちらの態度もとりにくい)。

 

 (4)のグループによって参照するフレームが異なることで、閾値も異なるというのは、前に読んだこの論文で扱われている問題かなと思います。(5)の問題は、不均一分散を許容する順序ロジットでもモデル化できそうです。違いとしては、一般化順序ロジットモデルを用いた場合のほうが、推定に必要なパラメータの数は増えるものの、非対称な効果を検証できるという感じでしょうか。