Castilla, Emilio J. and Stephen Benard. 2010. "The Paradox of Meritocracy in Organizations." Administrative Science Quarterly 55: 543-76.
組織が業績主義的(meritocratic)な文化である際に、むしろ男女の不平等を拡大するようなバイアスが生じるという、逆説的な仮説を検証している論文です。実験によるアプローチが興味深いです。
- 成果主義的な賃金制度の導入や、アファーマティブ・アクション、ダイバーシティ政策にもかかわらず、職場における不平等は残り続けている。こうした状況は、組織の慣行は明文化された目的のためではなく、部分的にはシンボリックな理由により導入されると見なす新制度論の立場からすれば、おかしなことではない。
- 未だ明らかになっていないのは、ジェンダーや人種による不平等は、管理者が業績主義を促進しようという努力にもかかわらず残り続けているのか、それともむしろそうした努力のために残り続けているのかである。
- 業績主義的な報酬の慣行が実際に労働者の成果と生産性に結びついているのかどうかや、ステレオタイプあるいは仕事には無関係な要因による影響を減らしているのかどうかは、よくわかっていない。
- 先行研究では、業績主義的な報酬慣行を持つ組織の中でも、人口学的な要因による不平等が残っていることが報告されている。
- しかし、先行研究では業績主義的な報酬システムを導入した後の組織が対象となっているために、こうしたシステムの導入にもかかわらず属性による不平等が残り続けているのか、それともこうしたシステムのためなのかがわからない。
- 業績主義を強調することが、逆説的な効果を持つという予測は、文化と認知の関連についての研究によっても示唆されるものである。認知的バイアスとステレオタイプについての近年の研究によれば、人々は自らが公平・客観的であると感じるような文脈においては、より不公平に振る舞う傾向にあるとされている。
- 仮想的な大企業において、従業員の成果を評価させるという実験を行った。この実験では、(1)評価のシステムが業績主義的かどうかと、(2)評価の対象となる従業員が男性か女性かという、2つの要素を操作する。実験はMBAの学生に対して行った。参加者は、3つの従業員プロファイルを提示される。このうち2つが「テストプロファイル」であり、同様の成果を挙げている男性従業員1人と女性従業員1人が含まれる。もう1つは「フィルタープロファイル」であり、成果の低い男性従業員1人が含まれる。フィルタープロファイルは、この実験がジェンダーによるバイアスを検証するためのものであるという疑念を参加者に抱かせないために用意された。参加者はそれぞれの従業員に対して、ボーナスの大きさ、昇進を推薦するかどうかなどを評価する。
- 組織が業績主義的であるかどうかを操作するために、その企業の「中核的な価値観」として、参加者が受け取る情報を変化させた。業績主義的な組織では次の情報が提示される。(1)すべての従業員は公平に報いられる。(2)従業員の昇給に値するかどうかは成果によって決まる。(3)昇給とボーナスは従業員の成果のみに基づく。(4)昇進は従業員の成果がそれに値する場合に行われる。(5)この企業の目標はすべての従業員を毎年公平に報いることである。
- 非業績主義的な企業に割り当てられた参加者に対しては、次の情報が提示された。(1)すべての従業員は定期的に評価される。(2)従業員が昇給に値するかどうかは管理者によって決められる。(3)昇給とボーナスは管理者の裁量に基づく。(4)昇進は管理者がそれに値すると判断した時に行われる。(5)この企業の目標はすべての従業員を毎年評価することである。
- 実験の結果、業績主義的な企業においては、同等の成果を挙げている従業員にもかかわらず、女性従業員に対するボーナス提示額は、男性従業員よりも有意に低くなった(非業績主義的な企業においては、むしろ女性従業員の方が高い)。昇進や採用などの他の従属変数についても、結果は予測される方向であったものの、ボーナスの場合ほど明確な差は見られなかった。これは、ジェンダーによるバイアスは昇進や採用などの見えやすい結果では起こりづらいという予測とも整合する。
- ただし、最初の実験で得られた結果は、フィルタープロファイルとして使用した従業員の性別が男性であったことによって起こったのかもしれない。人々が評価を行う際に、男性の場合は別の男性と、女性の場合は別の女性と比較を行うということは、しばしば指摘されている。実験1では、フィルタープロファイルとして使用された男性従業員の成果が低かったために、テストプロファイルの男性従業員をより高く評価してしまったのかもしれない。そのため実験2ではフィルタープロファイルの従業員の性別を女性に置き換えた。しかし、実験2においても業績主義のパラドックスは確認された。
- 非業績主義的な企業において女性従業員のボーナス額が有意に大きくなったのは、「管理者の裁量による」という文面が影響したのかもしれない。よって実験3として、非業績主義的な企業に割り当てられた参加者に対して、この裁量という文面を提示しないというように条件を変更した。結果として、非業績主義的な企業におけるボーナス額の男女差は、統計的に有意なものではなくなった。しかし、業績主義な企業における場合のように、男性の方が有意に金額が大きくなるということはなかった。やはり、業績主義のパラドックスは確認された。
- 業績主義のパラドックスが生じるメカニズムの1つとして、人々は自らが偏見を持った人間ではないという道徳的な信任(moral credentials)が得られた際に、差別的な態度を示しやすくなるということが挙げられる。
- この知見を一般化する前に、いくつかの条件を考慮しておく必要がある。第一に、人々が事前に持つバイアスの大きさである。評価する人間がもともとジェンダーによるバイアスを持っていなければ、業績主義のパラドックスは生じないであろう。ただし、人々は意識的・無意識的なバイアスの両者に影響されることに注意が必要である。意識的にはステレオタイプを否定する人々でも、無意識のバイアスが評価に影響する場合がある。
- 第二に、組織の成員に対してどのように業績主義の手続きと価値が与えられるかである。この実験では、参加者は企業の中核的な価値を提示され、それに同意するかどうかを単に答えただけであった。Uhlmann and Cohen(2007)による研究では、応責性(accountability)が大きい場合に、自らが客観的であると思い込むことによる採用時のバイアスは小さくなることが明らかにされている。
- この研究では、文化的な文脈と個人の認知・行動の関連について新たに貢献した。組織の文化的な価値として業績主義を強調することは、属性的なバイアスを解き放つ「環境的な引き金」(DiMaggio 1997)として働くのである。