アマルティア・セン『不平等の再検討―潜在能力と自由』

不平等の再検討―潜在能力と自由

不平等の再検討―潜在能力と自由

・平等の分析における中心的な課題の一つは、「何の平等か」。リバタリアンも、自由について平等であるべきだと考えているし、功利主義者は効用の増減に関して平等であるべき(目的関数上で各人の効用の増分に対して等しいウェイトを与えるべき)と考えている。

・不平等の判断はある人と他の人との比較を行う際の、変数の選択に依存する。異なった人々を比較する際に分析の焦点となる変数を焦点変数focal variableと呼ぶ。いかなる理論もある焦点変数に関しては平等主義的である。

・個人の福祉は、その人の生活の質、いわば「生活の良さ」。生活とは相互に関連した「機能」(ある状態になったり、何かをすること)の集合からなっている。

・潜在能力capabilityは、機能のベクトルの集合として表わされる。真の機会均等とは、潜在能力の平等でなければならない。

・潜在能力アプローチでは、貧困とは基本的な機能を達成する潜在能力を欠いているということになる。このような考え方は、米国や西欧のような豊かな国々の貧困の性質を理解する上で特に役立つ。

・潜在能力の評価は、潜在能力から得られる効用を単純に合計することによっては行うことができない。もし潜在能力を効用の尺度で評価してしまうと、慢性的に剥奪されている者が望むことすら許されていない潜在能力を過小評価することになる。

・仮に社会的厚生が個人の福祉の関数であるとすれば、所得と潜在能力や機能との関係の多様性に適切な注意を払いながら、所得を福祉に変換する時に生じる多様性を考慮しなければならない。不平等の計測に対するアトキンソンのアプローチは、個人の多様性を考慮しないという制約の下では、極めて有用なものである。しかし、人間が多様であるという基本的な事実が認識されるならば、こうしたアプローチは根本的な転換を迫られる。

ロールズのアプローチとの対比。同一の基本財を有している二人の人間が、それを変換する潜在能力において異なっていることがあり得る。例えば、障害のある人は(所得、富などの)基本財を多く持っていたとしても潜在能力は低いというような場合である。基本財によって平等を評価得ることは、自由の程度の評価よりも自由の手段を優先することになる。

・潜在能力アプローチは自由の手段に注目するのではなく、自由を直接取り扱うという点で、より公正である。