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『仕事ができる人はなぜ筋トレをするのか』

仕事ができる人はなぜ筋トレをするのか (幻冬舎新書)

仕事ができる人はなぜ筋トレをするのか (幻冬舎新書)

ビジネス系の自己啓発書もたまに読みます。ここにはあまり書いていませんが。


寒くなってきて外で走るのが辛くなってきたので、1ヶ月半くらい前からジムへ行き始めました。
ランニングマシンやトラックで走るのが中心ですが、せっかくお金を払っているので色々と試そうと思い、プールで泳いだり、ウェイトルームに行ったりもしています。友達と一緒に行くことが多いので、今のところモチベーションも保てています。


せっかく運動をしているので、どうせなら少し知識でもつけようかと思い、本書を買ってみました。

ビジネスパーソンがこれからの時代を生き残るのに有益なスキルは、「英語」「IT」「金融知識」とよく言われる。私はここに「筋肉」を加えたい。筋肉を鍛えることは、いまや単なる趣味やレクリエーションではなく、「将来的に大きなリターンを生む自己投資」である。

という、やや衝撃的な文章から始まります。
本書はタイトルから一見すると、「思ったとおりの○○になれる!」系のハウツー本の匂いを感じさせますが、内容は真逆です。いかに筋トレがすぐに効果が出ないか、なぜ続かない人が多いのか、にもかかわらずなぜ続ける価値があるのか、というようなことが豊富な経験談や運動生理学などの観点から書かれています。


印象に残った文章は多いですが、一つ取り上げてみます。

 ある経営者は、「自分がトレーニングをするのは、自分本来の輪郭をしっかり保つためだ」と言っている。
(中略)
 ビジネスで成功すれば、まわりからチヤホヤされる。自分が人間としてビッグになったように思ってしまう。剣道をしたことがある人は分かると思うが、竹刀のような長い棒を持っただけで自分が強くなったような気になる。それと似たようなものだ。
 でもジムに来ればそうではない。
 よく「銭湯や温泉に行けば、偉い人もそうでない人も、みんな同じ。裸のつきあいができる」と言う。それと同じで、ジムに行ったら金持ちだろうと貧乏だろうと、いまの自分のありのままの肉体をさらすしかない。
 「オレは金を持ってるぞ」と言っても、「懸垂ひとつ、できないのか」と言われればそれまでだ。こればかりはごまかしようがない。代わりに誰か部下にやらせるわけにもいかない。
 会社に行けば権力者かもしれないが、実際に走ったら5分も走れない、10キロのバーベルも上がらない。そのふがいなさを自覚すれば、自分がビッグな人間だ、などという幻想は即座に打ち砕かれる。

自分はジムに通い始めてまだ日が浅いですが、なるほどなと思います。いったんあの空間に入れば、人種・性別・階級・地位などは関係ありません(もちろん、それらの属性によってどういった運動を好むかという差はあると思いますが)。誰もが自分の身体に向き合うことを余儀なくされます。



余談ですが、筋トレと言われて思い出すのは三島由紀夫です。最近、『宴のあと』の英訳を読んでいます。

三島は戦時期に虚弱な体質から、身体検査で徴兵を免除されました(このエピソードは、『仮面の告白』にも書かれています)。これによって、戦争で名誉ある死を遂げることができなかったという複雑な思いが生まれ、その後の三島の人生や作品に影響を及ぼし続けたと言われています。
戦後、三島はボディビルによる肉体の改造に取り組むようになりました。その後も様々な武術の体得や自衛隊体験入隊も果たしており、それらの影響は、その独自の日本文化論や国防思想にも見られます。


上記で引用したのは、肉体を鍛えることによって、様々な社会的な属性とは離れた自分一人と向き合うようになるという話でしたが、むしろ「日本人とは何か」にますます考えを深めるようになった三島は稀有な例なのかも知れません。