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村上春樹『職業としての小説家』

読書

 

職業としての小説家 (Switch library)

職業としての小説家 (Switch library)

 

 

  タイトルは、マックス・ヴェーバーの『職業としての政治』に由来していることを感じさせます。しかし、ヴェーバーが政治家に強い倫理観を要請したこととは異なり(ちなみにヴェーバーはそれを責任倫理と呼びました)、小説家を目指す人間は「自らの望むことを自由に書いてよいのだ」ということが、たびたび強調されます。本の帯に柴田元幸先生のコメントがついていますが、彼によれば、「このように生きなくてもよいのだ」という意味において、小説家を目指す人だけではなく、生き方を模索するすべての人へのメッセージになっているとのことです。

 個人的には、同じく書くことを職業としている身として、参考になる点が多々ありました。本書の中心的なテーマの一つとして、長期にわたって小説を書き続けるために、著者がどのように考え、実践してきたかということが挙げられると思いました。小説を書くこと自体は、特に資格は必要なく、誰でも気軽に参入できることだと著者は言います。また、芸能人が小説を書いて、それがしばしばヒットしている事例などが紹介されます。しかし、長期にわたって小説を書き続けられる人というのは、それほど多くないとのことです。この点がまさに、「職業としての小説家」とは何かを考える上で、重要な参照点になるのではないかと考えられます。
 長期にわたって小説のアイディアを生み出し、書き続けるという観点から、著者自身の様々な経験が語られています。長編・短編・エッセイをどのように書き分けるかや、海外へ移住して英訳出版をしたこと、フィジカルな面の管理などです。これだけ長く書き続けてきても、まだアイディアや意欲が尽きず、また60代にして自らを「発展途上の作家」と言い切るのは、謙遜を差し引いても脱帽させられる思いです。
 村上春樹への評価は巷に溢れていますが、自身が文壇や読者に対してどのような思いを持ってきたのかということは、これまであまり知る機会がなかったので、単純に興味深かったです。自分の書いたものに対する批判をどのように受け止めるのか(あるいは受け止めないのか)という点は、学術研究を進めてゆく上でも、考えずに避けることはできないことなので、自分の経験を重ねて読みました。
 村上春樹は、そのキャリアの中で多くの読者を獲得してきたことを、基本的にポジティヴに評価しています。特に、『ノルウェイの森』が爆発的にヒットした頃とは異なり、現在では新作が出たら必ず買ってくれるという、リピーターが多くなってきていることが嬉しいとのことです。言葉はやや悪いものの、ジョン・アーヴィングの言葉を引いて、ドラッグの中毒患者のように読者をしてゆくことが、小説家が長期的に成功することのコツだとしています。私も、新作が出たらとりあえずは買うので(村上春樹作品の何が面白いのかと問われると、非常に難しいのですが)、その部類に入るのかもしれません。
 自分自身が影響を受けた作家への思いや、一緒に仕事をしてきた翻訳家・編集者とのエピソードが豊富に入っているのも魅力的です。最近はあまり小説を読めていませんが、レイモンド・カーヴァーやサリンジャーの作品も、読み返したいと思いました。