本田由紀『教育の職業的意義―若者、学校、社会をつなぐ』

教育の職業的意義―若者、学校、社会をつなぐ (ちくま新書)

教育の職業的意義―若者、学校、社会をつなぐ (ちくま新書)

再読してからまとめようと思うので、とりあえずメモ的に。


■雇用環境の悪化の中、労働市場(需要側)を変革しない限りはいくら教育(供給側)を変えても仕方がない、あるいは教育よりも福祉で社会的格差は是正するべきという考えが強くなっている中、改めて教育が社会改良の手段となりうることをデータに基づいて提言している本書の意義は大きい。

■しかし、新しい概念を積極的に用いているがゆえに、既存の理論とのつながりが見えにくい。例えば教育社会学の伝統の一つであるトラッキング理論との関わりではどうなるのか。高校の専門学科が偏差値による序列の中で低位におかれていたことについては著者は言及しているが、「学科によってこうした進学機会の格差が存在することは問題が大きいことから、一般入試についても専門高校枠を設ける、専門科目による受験を大幅に認めるといった施策が必要となる」(p.207)と述べているだけで、本当にトラッキング構造を変えることができるのか、その実現可能性については疑問がある。実際、現在の大学入試は多様化しすぎており、基礎学力の充実を求める声の方が大学関係者からは大きいように思われる。専門高校卒業者が不利にならないようにするには、入試よりも卒業を厳しくする方がまだ有効ではないか。

■また海外の状況をやや礼賛しすぎている感じを受ける。というのも、例えばイギリスでは専門学科を置くことによる早期の選抜の弊害が問題視され、中等教育は総合制学校への統合が進んできた。また、ドイツは複線型の学校制度とデュアル・システムと呼ばれる職業教育を特徴としてきたが、2000年のPISA調査の不振を受け、そうした教育制度の問題が指摘され、カリキュラムの標準化が進んできている。本書は、こうした海外における一般教育重視の流れについては触れていない。

■本書の関心からはずれると思うが、財政的な視点が希薄なのも気になる。普通高校よりも専門高校の方が必要経費は大きい。ゆえに、単に専門教育の重視といっても現実性が乏しく感じられてしまう。また、専門高校の方が生徒あたり、あるいは学校あたりの公的助成が大きいゆえに、「教育の職業的意義」ではなく、単に公的助成による効果(例えばST比が低い)なのではないか、という疑問も出てくる。

■「教育の職業的意義」という概念は、機能的側面と認知的側面に分けて考えられるべきだと思う。矢野眞和先生は、『教育社会の設計』の中で、学校知識の生産性効果は極めて大きいにもかかわらず、20代では学歴による賃金格差が小さいことが影響して、「学校教育は仕事の役に立たない」という「隠蔽説」が浸透していると述べている。『教育の職業的意義』として著者が示しているデータは、もっぱら認知的側面についてのものなので、実際に知識や賃金として反映されているのかどうかを分析することが今後必要ではないか。

■他にもデータの引用や解釈について気になるところあり。