フランツ・カフカ(辻瑆訳)『審判』

審判 (岩波文庫)

審判 (岩波文庫)

 

  フランツ・カフカの死後に未完成のまま刊行された小説です。ごく普通の銀行員である、ヨーゼフ・Kはある日突然に逮捕されていることを告げられ、裁判に巻き込まれることになります。どのような罪で裁判にかけられることになったのかは、決して説明されることはありません。非日常的な出来事が主人公に起きながら、その過程が明らかにされないところは、『変身』にも共通するところがあります。最後も、『変身』と同様に、救いのないまま主人公は殺されてしまいます。

 K自身は何の罪を犯していないことを確信しています。自分を弁護してくれる人も出てくるのですが、粗暴な態度を取るなどして、次第に自分を不利な状況に追い込むことになります。Kからは終始、陰鬱な態度がただよっており、どこか自分の生を自分のものとして感じられていないような印象を与えてきます。一方で、裁判が進むにつれて銀行の中での自分の評判が傷つかないかなど、俗人的な事柄にも囚われており、常に焦燥を感じています。訳者によれば、「現代人の孤独と不安と絶望の形而上学」を提示した作品と言えるとのことです。

 裁判所の官僚的な構造や、冤罪を生み出しかねない仕組みなども詳しく記述されており、法律・裁判小説として読むことも可能そうですが、カフカ自身はそうした容易な解釈を拒んでいるようにも見えます。第9章では、聖堂にて僧から寓話を聞かされ、自らの運命を受け入れるように説教されますが、ここをどのように解釈するかが本書におけるもっとも重要な箇所に思われました。