Mun and Jung (2018) "Policy Generosity, Employer Heterogeneity, and Women’s Employment Opportunities: The Welfare State Paradox Reexamined"

 

Mun, Eunmi and Jiwook Jung. 2018. "Policy Generosity, Employer Heterogeneity, and Women’s Employment Opportunities: The Welfare State Paradox Reexamined." American Sociological Review 83(3): 508-35.

 

 寛大な家族給付を伴う社会政策は、雇用主が女性を雇ったり昇進させたりするインセンティヴを減らすことで、その政策の目的とは反する帰結がもたらされるという、「福祉国家のパラドックス」として知られる理論を、日本を事例として検証した論文です。

 

  • 「福祉国家のパラドックス」は、労働供給側・需要側の双方のプロセスから起こりうるものであるが、これまでの実証研究は主に前者を対象としたものであった。既存研究は、育休の給付期間が伸びることで女性の家事労働が増え、職場に復帰する確率が減少することを明らかにしている。
  • 本論文では、雇用主側のメカニズムについて検証を行う。理論的に想定されてきたのは、統計的差別である。家族給付を拡充する政策によって男性よりも女性は平均的に生産性が減少すると雇用主が想定することで、女性の雇用・昇進の可能性が減少するというものである。
  • 福祉国家のパラドックスは、政策によって誘導された(policy-induced)雇用主による差別という意味で、従来的な統計的差別とは区別される。そこには2つの理論的な仮定がある。(1)統計的差別は大部分の雇用主が政策の介入に対して起こす反応である。(2)政府は家族政策を実施する上でおおむね同じアプローチを採用する。この意味において、福祉国家のパラドックスはある種の法的介入(たとえば強制的な実施)に対するある種の組織レベルの反応(たとえば統計的差別)によるアウトカムであると言うことができる。
  • 福祉国家のパラドックスにおける既存研究では、統計的差別は政府の介入に対して雇用主が採る受動的な反応であると想定されてきた。しかしながら、公共政策のような外部の要求に対する雇用主の反応は相当にばらつきが存在する。法的な処罰を避けるために単に受動的に法を遵守するのではなく、むしろ政策介入に対して正当性を確保するために、積極的な反応をする組織も存在するのである。
  • 組織研究における知見によれば、家族政策に対する雇用主の反応は、過去の意思決定を通じて積み重ねてきた内的なロジックに依存すると考えられる。家族向けの福利厚生を提供してきた雇用主は、家族政策のメリットをより認識しやすいかもしれない。たとえば日本企業の中では、特に集中的なOJTを提供する企業ほど、企業特殊的人的資本を有した女性を維持するために家族を優遇する政策を推進していることが知られている。政策介入に対する雇用主の反応の異質性を考慮することが、福祉国家のパラドックスを検証する上で重要なのである。
  • ある政策の介入が強固な施行メカニズムを持たない場合には、雇用主は必ずしも抵抗しないかもしれない。そうした状況の下では、雇用主は実際の行動を変えることなく、象徴的に遵守することが可能である。
  • 既存研究では、直接的な監視や強制ではなく、自発的な遵守とインセンティヴに基づく政策に対する雇用主の反応である。違反に対するペナルティがない場合には、雇用主は遵守した場合の利益に集中するかもしれない。
  • 本論文では、日本の家族政策における2つの政策介入を対象とする。第一に、1992年の育児休業法であり、第二に2005年の改正育児休業法である。1992年の法改正が雇用主に12ヶ月の育休を実施させることを強制するものであったのに対して、2005年の改正は企業が積極的な家族優遇措置を採ることへのインセンティヴを重視したものになっている。
  • 分析の戦略として、政策変化前の3年間と変化後4年間における、女性の雇用・昇進に関するアウトカムを比較する。
  • 1989年から2009年までの「就職四季報」から、企業レベルのパネルデータを構築した。就職四季報では、様々な産業における1000近くの大企業がサンプルとなっている。さらに、「日経NEEDS」を利用して、企業の財務データを追加した。アウトカムとして利用するのは、女性管理職(実数を対数化したものと、対数オッズ化したもの)と新卒の女性正規雇用・ホワイトカラー(実数を対数化したものと、対数オッズ化したもの)である。
  • 1992年の政策変化についてはそれぞれの企業を、(1)政策変化前からの育休を自発的に実施していた企業(prior provider)と、政策変化後に実施した企業(prior non-provider)に区別する。2005年の政策変化については、(1)政策変化以前から法的基準以上の長さの給付を行っていた企業(prior over-provider)、(2)政策変化後に法的基準以上の長さの給付を行うようになった企業(responsive over-provider)、(3)政策変化後も法的基準以上の長さの給付を行わなかった企業(never over-provider)に区別する。
  • 分析の結果、福祉国家のパラドックスの理論的な主張はほとんど支持されない。1992年の政策変化に関しては、prior non-providerであっても女性の雇用・昇進を減らすことはなく、prior providerはさらにそれらを拡充していた。2005年の政策変化に関しても同様であり、prior over-providerがもっとも女性の雇用・昇進を増やしていることが確認された。
  • これらの知見から、福祉国家のパラドックスはもっぱら労働供給側のメカニズムによるものではないかと考えられる。新たな家族政策が導入される際に、女性は自らののキャリア選択を新たな機会構造に合わせて修正するのである。また、新たな家族給付を利用する際に、女性はたとえば家事労働の増加などの家庭内の性別役割分業の強化を経験することで、元のキャリアプランを追求することが難しくなる。
  • 雇用主が政策介入に対して異なる反応を示すという事実は、政策立案をする上でも重要となりうる。どのような企業が政策を遵守しやすいのかを特定し、それぞれに異なるアプローチを採るべきである。