Hudik(2019)「合理的選択理論の2つの解釈と行動経済学的批判との関連性」

 

Hudik, Marek. 2019. "Two Interpretations of the Rational Choice Theory and the Relevance of Behavioral Critique." Rationality and Society 31(4): 464-89

 

  • 著者は経済学の先生ですが、社会学における合理的選択理論の位置を考える上でも、非常に勉強になりました。集合レベルの現象を説明することが目的なので、下位レベルの行為の記述は正確なものではなくともよく、目的に叶う範囲で単純化されたものでよいというのは、Arthur Stinchcombeがメカニズムに関する論文で指摘していた点とも関連すると思いました。

 

 

  • 合理的選択理論の2つの解釈を比較する:(1)意思決定理論的解釈(decision-theoretic interpretation: DTI)と、価格理論的解釈(price-theoretic interpretation: PTI)
  • 前者は効用最大化の仮定が意思決定手続きを文字通り表していると受け取り、後者は集合レベル行為の変化・分散を説明する上でのモデリング装置とみなす
  • 合理的選択理論に対する近年の批判として行動経済学によるものがあり、合理的選択理論は非現実的な仮定に根ざしており、そこからの予測は実証的に反駁されると主張されている
  • PTIの下では、合理的選択理論は「合理性」とも「選択」ともほとんど関係がない;むしろ、集合レベルの行為に関する変化やグループ間の差異の説明に重きが置かれる
  • こうした変化や差異のすべては、グループの内在的な特性ではなく制約の影響として説明される;つまり、PTIの核心は人々が根本的に同質的だというものである
  • PTIはもっぱら伝統的にシカゴ学派の経済学者、特にGary Beckerに結び付けられている
  • これに対してDTIは、合理的選択は人々の実際の意思決定ルールであるとみなす;
  • DTIは典型的には数学的な背景を持つ研究者によって採用され、意思決定理論やゲーム理論で用いられている
  • DTIはPTIの特性の一部と組み合わされ、とりわけPTIの行動的基礎として理解されることもある
  • この論文では、行動経済学による合理的選択理論への批判はDTIには直接あてはまるものの、PTIには限定的な意味でしかあてはまらないことを議論する
  • Weyl(2019)は価格理論を「配分の問題に対する解決法として、豊富でかつしばしば不完全に特定されたモデルを『価格』に縮約する分析」と定義し、かつこれを個人の意思決定に焦点をあてる還元主義(reductionism)と実証主義(empiricism)のアプローチと比較している
  • 価格理論と還元主義の区別は、FriedmanによるWalras的な経済理論とMarshall的な経済理論の区別と密接に関連する;Walras的経済理論は説明や予測よりも事実の記述を重視し、還元主義の特徴に関連する;Marshall的概念は説明と予測を強調し、価格理論と対応する
  • 価格理論の関心は集合レベルの現象であるので、PTIにおける合理的個人は実際の行為をモデル化したものではなく、単なる方法論的装置である;こうした観点からは、PTIは合理的選択理論の理念型としての解釈と関連する

 

  • DTIの観点からは、合理的選択とは一連の代替選択肢を所与とした際において、もっとも選好に一致する特定の選択を行うという手続きを指す
  • DTIにおける主要な問いは、合理的選択モデルが実際の選択行為を説明・記述しているかどうかである;この問いに対しては行動経済学者をはじめとして多くの反証が述べられている
  • もしDTIが唯一可能な解釈であるとすれば、規範的な目的を別にすれば合理的選択理論に固執する理由はほとんどないように思われる
  • PTIは個人の選択ではなく、集合的現象に焦点をあてる;この理由は個人の行為は個別のショックによる影響を受けるものの、集合レベルでは消失するとみなせるからである
  • PTIでは行為の集合的な変化や差異は究極的には、「嗜好」(tastes)の違いではなく価格と所得の変化や差異の観点から説明される
  • PTIとDTIの違いとしては、PTIではある選択肢それ自体を説明しようとするわけではなく、異なる選択肢間の差異を説明することが目的である
  • また別の違いとしては、PTIではある個人の選択をモデル化するわけではなく、人工的に構築された個人の集合をモデル化している
  • PTIにおいて特定の行為それ自体の説明が目指されていないのは、個人の選好に関する詳細な情報がなく、それゆえ予算制約線上のどの点が選択されるかは予測できないためである

 

  • PTIによる方法論的装置は、様々な特徴(嗜好、選択手続きなど)と制約の点で異なる多くの個人の行為を単一の最適化モデルによってどのように集合的に表すかという問題に取り組む
  • これに対して還元主義的方法では、それぞれの個人の特徴と、集団におけるそれらの分布を考慮する;もっとも単純な還元主義モデルでは、すべての個人は同質的であり、DTIの意味で合理的であると仮定する
  • PTIにおける中心的な仮定は、非飽和性(non-satiation)である:人々(少なくともいくらかの人々)はより多くの財を望む
  • この仮定により、集合的に表される個人は常に制約線上の点を選択し、どの点を選ぶかは実際の観察によって決定される
  • 通常は人々の選好は凸状であると仮定される
  • 場合によっては、選好をまったくモデル化する必要もない;Becker(1971)は代替効果と所得効果について、効用関数を導入する前に議論している
  • こうしたことを考慮すると、PTIを表す上で無差別曲線を用いるのはいくらか誤解を招くものである;むしろ、PTIのアプローチでは需要・供給の図を用いるのがより容易く、選択自体ではなく変化やばらつきに焦点をあてるという目的にかなっている
  • 多くのミクロ経済学の教科書に描かれる還元主義的アプローチでは、個人が様々な財やサービスの消費レベルを選択し、DTIの意味で合理的であると仮定される;他の条件を等しくした場合に財の価格を変えることによって、個人の需要曲線は導かれる;個人レベルの需要を集合レベルの需要に変換するためには、強い仮定を置かなければならない
  • 還元主義的アプローチに対して、価格理論的アプローチでは集合需要曲線から直接議論をはじめる;価格理論的アプローチにおける需要分析はすべての財の価格ではなく、ある特定の問題に関連する価格のみが考慮される
  • 価格理論的アプローチは、現実の複雑性を縮減しつつ本質的な特徴を保とうとするものであり、PTIにおける合理性とは仮説ではなくモデリング装置なのである
  • 還元主義的アプローチでは、説明と予測のみならず記述的な正確さが目指される;さらに個人レベルと集合レベルの両方の分析が試みられる
  • これに対して、価格理論的アプローチはより実用主義的であり、記述よりも説明、つまりはhowに関する問いよりむしろwhyに関する問いに焦点がある;十分に正確な答えを得るため過不足のない変数から議論するのである

 

  • 行動経済学は、経済学をより現実的に基礎づけることを目指した研究プログラムとして出現した;行動経済学からは、合理的選択理論が無限定の合理性、無限定の意志力、無限定の自己利益を仮定していると批判されている
  • ここでは、行動経済学からの批判はDTIには一部あてはまるものの、PTIにはあてはまらないことを議論する
  • DTIはたしかに無限定の認知能力と意志力を仮定している面があり、行動経済学の批判は正しい
  • しかし、DTIもPTIも無限の自己利益は仮定していない;合理性はいかなる選好とも両立可能なのである;実際のところ、Becker(1998)は様々な動機を効用関数の中に取り入れている
  • 批判を行う人々が合理的選択理論と無限定の自己利益を結びつけるのは、行為を説明する上で選好の中身について何らかの仮定を置かない限り理論として同語反復であると考えているからかもしれない;しかし、これは選好の中身を所与とするPTIにはあてはまらないのである
  • PTIは無限定の合理性も意志力も仮定しない;すでにSamuelson(1963)は、合理的選択理論は特定の心理的仮定にコミットする必要はないことを指摘していた;人間の心は、意図的に「ブラックボックス」とみなされているのである
  • Becker(1998)は特定の状況における様々な認知的制約の重要性を認めているものの、他の制約のほうが集合レベルの行為の説明にはより重要であると考えたのである
  • おそらくもっとも重要なのは、PTIは何が「正しい」選択かを定義しないため、選択における誤りを扱うことができないという点である
  • ある状況において人々が体系的に選択の誤りを犯すことはありうる;重要となるのは、こうした誤りが異なる集団間における集合レベルの行為の差異につながるかどうかである;もしそうした差異がみられるならば、PTIは制約の差異によって説明しようとするであろう
  • 合理的選択理論への批判者が念頭に置いているのは、もっぱらDTIなのである;こうした人々は、合理的選択理論は人々が実際に行う選択をそのまま記述したものと考えている
  • PTIの観点からは、無限定の合理性、無限定の意志力、無限定の自己利益という批判は的外れであるものの、行動経済学からの妥当な疑問も存在する
  • 第一に、行動経済学ではある行為の変化やばらつきは制約の差異によるのではなく、フレーミングの差異にすぎない場合があることが示されている;こうした批判は、価格理論がある選択の定義により注意を払わなければいけない(同じ対象の記述が異なる財を表しているとみなされる場合がある)ことを意味する
  • 第二の課題は、「嗜好」が制約とともに変化する場合があることに由来する;Mullainathan and Shafir(2013)は、選択メカニズムが緩やかな制約と厳しい制約の下で異なることを示している;この事実はたとえば、豊かな人々と貧しい人々の行動の違いは、人的資本・社会関係資本のレベルといった制約の違いのみならず、制約の変化によって誘発される意思決定の変化に起因することを示唆する

 

  • 行動経済学は還元主義的アプローチに根ざしている;Thaler(2015)が述べるように、行動経済学の目的は「人間の行動を正確に表現する記述的経済モデル」の確立である
  • 行動経済学はまた、脳生理学から導出された「正しい」カテゴリーを見つけ出し、経済学の「恣意的な」カテゴリーを置き換えることを目指している;上述したように、価格理論的アプローチにおいては、カテゴリーの有用性はある問題に対して評価される
  • 要約すると、行動経済学とPTIの決定的な違いとは行動に関する仮定にあるわけではなく、むしろ還元主義的な方法を採用するかどうかにある;行動経済学は選択のルールを明示的にモデル化する傾向があるのに対して、価格理論的な合理的選択理論は様々な決定ルールを効用関数に集約するのである
  • PTI的な意味での合理的選択を行動経済学的モデルによって基礎づけることは可能であるかもしれない;その根拠は、行動経済学的モデルは具体的な選択手続きと直接関連しており、より具体的な予測を可能にするものの一般性が低いためである;これに対して価格理論的な合理的選択モデルは特定の選択手続きを明示的に特定しないために、より一般的であるものの具体的な予測を与えないのである
  • たとえば、人々はインセンティヴに反応するという考え方はPTIの下における合理的選択アプローチの顕著な特徴である;しかし、この理論はインセンティヴの具体的な形態については言及しない
  • 合理的選択モデルはある条件の下で、成果報酬は成果の向上につながると予測する;しかし、この成果の向上とは特有の形態を取りうる
  • Fryer et al.(2012)は教師の成果について分析し、教師にボーナスを事前に支払い、もし生徒の成績が向上しない場合にはボーナスを没収するというやり方では、同じ金額のボーナスを生徒の成績が向上した場合に事後適しに支払うやり方にくらべて、より教師の成果が改善することを発見した;この知見は行動経済学者によって発展させられた、損失回避仮説と整合する

 

  • 価格理論的観点からみると、合理的選択モデルと行動経済学的モデルは相互に補完的とみるのがもっとも適切である;しかしながら、行動経済学者たちはDTIを念頭において、自らのアプローチが合理的選択理論に代わるものであると「売り込んで」いるのである
  • こうした点において、行動経済学による革命は、19世紀後半の限界革命と類似性がある
  • 限界効用理論の父の一人であるJevonsは、限界主義を古典的経済学からのラディカルな逸脱として提示した;これに対して、Marshallは限界主義と古典的政治経済学の間の補完性を注意深く示した;そしておそらく、Marshallの戦略は限界主義のより早い受容を可能にした
  • Jevonsにとって思考のラディカル変化に見えたものは、生産と分配の問題から消費と交換に焦点を移行し、また長期の現象から短期の現象へと分析の焦点を移行させることだというのが次第ににわかってきた
  • 同様にして、一部の行動経済学者にとってラディカルな変化として見えているものは、集合的行為の理論から個人の選択手続きへ、あるいは価格理論的モデルから還元主義的モデルへの移行としていずれ理解されるかもしれない
  • しかしながら、還元主義的モデルが価格理論的アプローチを補完するのではなく、むしろ代替すべきかどうかについては明らかではない;様々な数学的発展などによって複雑性をより豊かに表すことができることになる一方で、経済学的な重要性が失われてしまう可能性もある

Bol et al.(2019)「学校から仕事への連関、学歴のミスマッチと労働市場のアウトカム」

 

Bol, Thijs, Christina Ciocca Eller, Herman G. van de Werfhorst, and Thomas A. DiPrete. 2019. "School-to-Work Linkages, Educational Mismatches, and Labor Market Outcomes." American Sociological Review 84(2): 275-307. 

 

  • いやー、ASRの論文は一読や二読では理解しつくせない点が多いですね。学歴・専攻分野にマッチした職業の操作化の方法がまだよくわからないです。

 

 

  • 職業特殊的スキルが労働市場のアウトカムを高めるかどうかは、繰り返し問われてきた
  • 教育システムの制度構造に注目する研究は、制度を国レベルで捉えるために国家内の異質性を捉えることに失敗している
  • 学校から仕事への移行の結びつきの強さが賃金と雇用に対していかなる効果を持つかについて、フランス、ドイツ、アメリカの3ヶ国のデータによって検証する
  • 既存研究では、学歴にマッチした職業に従事する人々はミスマッチである職業に従事する場合にくらべて、平均的に高い賃金を得ることが明らかにされてきた
  • これらの多くの研究は人的資本理論に従っており、人々は職業特殊的スキルを学校で身につけ、マッチした職業についた場合にはこうしたスキルを生産性と賃金に変換できるという議論である
  • 他方で、資格理論(credentialing theory)では教育は技能を生み出す制度というよりも、人々をふるい分ける制度としみなしてきた;ただし、資格理論は専攻分野による違いと水平的なミスマッチの効果については説明が不十分である
  • この研究では、(ミス)マッチを垂直的・水平的両面において概念化する;たとえば、医師が看護師の仕事についた場合には、垂直的にはミスマッチであっても水平的にはマッチしていると言えるかもしれない
  • 国家間の違いに注目する研究では、強固な教育訓練システムの下では、学校から仕事への移行はより円滑となることが指摘されてきた;こうした潮流にしたがい、職業特殊的な教育システムを持つ国々においては、学歴にマッチした職業につくことの利益がより大きいと予想する;他方でこうした国々では、期待された職業へのマッチングが失敗した場合のペナルティもより大きいと考えられる
 
  • 仮説1:学歴にマッチした職業の人々は、同じ学歴を持ちつつも異なる職業の人々よりも高い賃金を得る傾向にある
  • 仮説2:ある学歴と職業の強固な連関は、その学歴へのリターンを高める
  • 仮説3:強固な連関による利益は、学歴にマッチした職業の労働者においてより大きい(連関の強さとマッチングの有無の交互作用)
  • 仮説4:特に職業特殊的な教育システムを持つ国々おいては、マッチングによる利益(あるいはミスマッチによるペナルティ)がより大きい
 
  • データ
    • フランスは2005~2011年における4半期ごとの労働力調査
    • ドイツは2006年のマイクロセンサス
    • アメリカは2009年のACSと2004年・2008年のSIPP
  • すべての国に関して、分析サンプルは18~65歳のフルタイム労働者に限定し、自営労働者は除く(フランスのデータにおいて自営労働者の所得が記録されていないため)
  • フルタイム労働者に限定するのは、パートタイム労働者の労働時間がドイツとアメリカのデータでは不十分であるため
  • 雇用の有無を従属変数とした分析では、フルタイム労働者、パートタイム労働者、自営労働者、失業者を含める
  • 学歴と職業の連関の強さには、他グループにおける分離を測定する相互情報量指数(Mutual Information Index)を使用する
  • 学歴・専攻分野の分類にははISCED-97を使用する
  • 職業にはISCO-88の3桁分類を使用する
  • ある学歴に対するマッチした職業は、学歴・専攻分野と職業が統計的に独立である場合にくらべてもっともつきやすい職業として操作化する;次にこうした得られた反実仮想的な度数と実際に観察された度数と比較する
  • ある学歴・専攻分野においてもっとも一般的な10の職業をはじめに特定した後に、学歴・専攻分野と職業が統計的に独立な場合とくらべて比率がもっとも増加する2つの職業をマッチした職業とする
  • 連関の強さは学歴・専攻分野レベルの特性であり、マッチした職業とは個人レベルの特性であることに注意が必要である
  • 回帰モデルには他の変数として、年齢、年齢の2乗、フルタイム労働であるかどうか、ジェンダーを含める
  • それぞれの国ごとの回帰モデルにくわえて、固定効果によって広く括られた専攻分野が同一である人々の間の所得格差を分析するモデルも用いる
 
  • 教育と職業の連関の強さは(弱い)正の関連を持つ;特に高等教育において、連関の強さは高い賃金をもたらしている
  • マッチした職業についている人々は、ミスマッチの職業についている人々にくらべて高い賃金を得ている
  • 連関の強さによって高い賃金が得られるという関係は、マッチした職業についている人々においてとりわけあてはまる
  • 国ごとの違いとして、ドイツの後期中等教育段階で職業特殊的な分野を修了した人々は、マッチした職業についた場合に得られる利益が大きい;この傾向はより学校ベースの訓練システムを持つフランスのサンプルには見られない
  • 連関の強さと失業率の間には負の関係がみられる
  • 国の固定効果を含めたモデルでは、連関の強さによる失業を防ぐ効果は、特に後期中等教育学歴の男性被雇用者において大きい
  • 連関の強さは労働市場の柔軟性を失わせるので失業リスクを高めるという主張とは異なり、年齢の高い労働者において失業リスクが高まる傾向がみられなかった;むしろ年齢とジェンダーにかかわらず、連関の強さは失業を減少させる傾向がよりみられた
 
  • この研究の限界としては、国家間の比較では頻繁に用いられる教育システムの標準化や階層化のレベルが含められていないというものが挙げられる
  • ミスマッチによる効果とその連関構造によるばらつきの説明としては、人的資本理論と社会的閉鎖理論をありうるメカニズムとして挙げたものの、これらのメカニズムを検証可能なデータとはなっていない
  • 分析の結果は、一般的スキルと特殊的スキルがゼロサムの関係にあるのかどうかという議論に対して新たな方向性をもたらしうる;教育プログラムは職業への強い連関とともに相当の一般的スキルをもたらしうるし、こうした専攻分野の修了者は一般的スキルと特殊的スキルの組み合わせから所得の優位を得ているかもしれないのである

West and Nikolai(2013)「福祉レジームと教育レジーム――ヨーロッパ(とアメリカ)における機会の平等と支出」

 

West, Ann and Rita Nikolai. 2013 "Welfare Regimes and Education Regimes: Equality of Opportunity and Expenditure in the EU (and US)." Journal of Social Policy 42(3): 469-93.

 

  • 分析は指標の使い方など勉強になったのですが、フランスが大陸ヨーロッパではなく、地中海のクラスターに分類されたことについて、特に説明がなかったのが若干気になりました。先行研究で導出された分類と似ているとも書かれていたのですが、フランスに関してもそうなっているのでしょうか。

 

 

  • 教育は福祉国家とは切り離せない要素であるにもかかわらず、福祉国家研究は現金給付のみを対象としてサービス給付は扱わない傾向が近年まであり、教育にはあまり注意が向けられてこなかった
  • 福祉レジームと教育の関係に関する比較研究を発展させることを目的として、機会の(不)平等と、公的支出に対する教育支出の優先度という2つの次元を分析にくわえる
  • Wilensky(1975)を参照すると、福祉国家の本質は、「政府によってすべての市民に対して保護された最低水準の所得、栄養状態、健康、住宅、教育であり、慈善行為としてではなく政治的権利として保障されたもの」と要約可能である;ここから社会政策へ示唆されるのは、所得再分配の手段としての福祉国家と、「若年者の機会平等の強調」である
  • 機会の平等という用語の使用法には混乱があり、(1)平等なインプットの提供、(2)異なる教育水準へのアクセス、(3)総合的な学校へのアクセス、(4)教育のアウトカムの平等といった複数の意味を有する;ここでの分析には、平等なインプットの提供以外の3つの次元を含める
  • 分析にはヨーロッパ14ヶ国とアメリカを含める
  • 階層的クラスター分析(Ward法)によって、類似した国をクラスター化する
 
  • 機会の平等:アクセス
    • 就学前教育を受けている3歳児の比率、あるいは施設ベースのプログラムに参加する3~6歳児の比率
  • 機会の平等:就学
    • 最初の選抜が起きる年齢と、15歳時点における学校タイプの数
    • 標準化された外部試験が存在するかどうか
    • 政府管下の私立学校(政府による助成が一定程度)と、政府とは独立した私立学校に就学する生徒の比率
    • 一般教育・職業教育に就学する生徒の比率
  • 機会の平等:アウトカム
    • PISAにおける学力達成の格差(95パーセンタイル値と5パーセンタイル値の差)
    • PISAの得点の分散がPISAの社会経済文化指標(ESCS)によって説明される割合
    • 18~24歳人口において後期中等教育を修了していない人々の割合
    • 25~34歳人口において高等教育を修了している人々の割合
  • 支出
    • 初等・中等・高等教育への合計公的支出と、教育の私的支出のGDP
    • 社会支出の合計に対する公的教育支出の比率(GDPに対する比率を使用)
    • 初等教育中等教育および、高等教育ではない中等後教育におけ1教師あたり生徒比率
 
  • スカンジナビア、大陸ヨーロッパ、地中海、英語圏という4つのクラスターに分類された
  • 教育レジームを分類する主要な特徴は、最初の選抜が起きる年齢、15歳後の学校タイプの数、教育支出である
    • すべての国々は義務教育期間において非選抜的で公的に助成された、統合的な学校システムを有しており、16歳時まではトラッキングはない
    • 読解の得点が低い水準の15歳生徒の比率は平均以下であり、読解得点と社会的背景の関連も平均以下である
    • 読解の高得点者と低得点者の格差は、デンマークスウェーデンにおいて平均以下である
    • 就学前教育への参加度合いはフィンランドをのぞいて平均以上である
    • 職業教育プログラムへの参加は平均以上であり、中退者の比率は低い
    • 25~34歳時点の高等教育修了者は平均以上である
    • 公的教育支出の水準は平均以上で特に中等・高等教育において高い
    • 教育の私的支出の水準は低い
  • 大陸ヨーロッパ(オーストリア、ベルギー、ドイツ、オランダ)
    • 学校システムは高度んトラック化・階層化されており、10~12歳において選抜が起きる
    • 読解得点の上下格差は平均以上であり、オランダをのぞいて読解得点と社会的背景の関連も平均以上である
    • 就学前教育の参加比率は高い
    • 15歳以上において職業教育プログラムへの参加度合いは高く、中退者の比率は低い
    • 25~34歳時点の高等教育修了者の比率は国によって異なる
    • 教育の公的支出はすべての教育段階において平均的である
  • 地中海(フランス、ギリシャ、イタリア、ポルトガル、スペイン)
    • 階層化された教育システムを有しており、最初の選抜は13~15歳時点で起きる
    • 読解得点が低い水準の生徒比率は高い傾向にあるものの、読解得点の上下格差と読解得点と社会的背景の関連は国によって異なる
    • 就学前教育への参加比率はギリシャをのぞいて高い
    • 職業教育プログラムへの参加比率は国によって異なり、中退者比率はフランスを除いて高い
    • 25~34歳時点の高等教育修了者の比率は国によって異なる
    • 公的教育支出の比率は平均以下の傾向にある
  • 英語圏アイルランド、イギリス、アメリカ)
    • 最初の選抜は15~16歳時点で起きる
    • 読解得点の上下格差は平均より大きく、他方で読解得点と社会的背景の関連は国によって異なる
    • 就学前教育の参加比率は国によって異なる
    • 職業教育プログラムへの参加比率は低く、中退者比率はアメリカを除いて高い
    • 25~34歳時点の高等教育修了者の比率はすべての国々において高い
    • 初等教育の公的支出比率は平均以上であり、中等教育の公的支出比率はアイルランドとイギリスでは平均以上である
 
  • 用いた指標は既存研究とは異なるものの、4つのクラスターはGreen et al.(2006)やCastles(2004)によって導出されたものと似ている
  • 大陸ヨーロッパと地中海の国々の区別を強調した既存研究とも一致する結果である

Austin(2011)「観察研究において交絡効果を減少させるための傾向スコア分析法入門」

 

Austin, Peter C. 2011. "An Introduction to Propensity Score Methods for Reducing the Effects of Confounding in Observational Studies." Multivariate Behavioral Research 46(3): 399-424.

 

  • 読み直して、気になったところを中心に書き出しました。 自分の読んできた中で傾向スコア分析の入門としては、一番よい論文のように思います。

 

  • 傾向スコアはバランシングスコアの一種であり、それを条件づけることで観察される共変量の分布は、処置群と非処置群の間で類似したものとなる
  • 傾向スコアを用いることで、観察研究のデザインと分析を分離することが可能になる;ランダム化比較実験と同様に、研究デザインがきまってからのみ、処置変数の結果変数への効果が推定されるのである;回帰分析による共変量調整では、結果変数が常に念頭にあるため、分析者は望ましい関連がみられるまでモデルを修正したいという誘惑にかられることになる
  • いくつかの研究によると、推定した傾向スコアを層化する方法、回帰分析の共変量として用いて調整する方法にくらべて、マッチングによってバイアスが取り除かれる比率が大きい;状況設定によって、マッチングとIPTWは同程度にバイアスを取り除く場合もあれば、マッチングが若干上回る場合もある
  • どのような変数を傾向スコアの推定に含めるかに関しては、処置変数のみと関連し結果変数とは関連しない共変量は含めるべきではなく、処置変数とは関連せず結果変数とは関連する共編量は含めるべきであることがしられている;しかし多くの状況では、変数間の真の交絡関係はわからないことが多く、実際には処置変数・結果変数の双方と関連を持つ共変量が多いため、観察されるベースラインの共変量をすべて傾向スコアの推定モデルに含めることにはあまり問題はない
  • ランダム化統制実験と同様に、傾向スコアは限界処置効果(あるいは母集団平均効果)を推定するものであり、条件付き処置効果の推定を行う回帰ベースのアプローチとは対比される
  • 傾向スコアの推定に関するバランス診断は、結果変数の回帰モデルが正しく特定されているかどうかの診断よりも、透明性を有する
  • 同様にして、回帰ベースのアプローチを用いた場合にくらべて、観察される交絡が十分に取り除かれたかどうかを評価するのが傾向スコアによる分析ではより簡単である

Rözer and Bol(2019)「ライフサイクルと時間を通じた一般教育と職業教育の労働市場への効果」

 

Rözer, Jesper and Thijs Bol. 2019. "Labour Market Effects of General and Vocational Education over the Life-Cycle and across Time: Accounting for Age, Period, and Cohort Effects." European Sociological Review 35(5): 701-17.

 

  • 職業教育の労働市場へのリターンは、ライフサイクルを通して変化すると議論されている;職業に特化した学位を得た人々は労働市場への円滑な移行を経験しやすい一方で、後のキャリアで特殊的なスキルが陳腐化した際に困難に直面するというものである
  • こうしたライフコース上のペナルティは、技術変化が急激な時代に特に大きくなると予想されるものの、既存研究は年齢効果の観点のみを扱ったものがおおく、コーホート効果と時代効果には注意が払われていない
  • 主要なリサーチクエスチョンは、「職業に特化した学位にくらべた一般教育の就業と職業的地位へのライフサイクルを通じた効果はどのようなものか」である
  • 職業教育を受けた人々は、一般教育を受けた人々にくらべてキャリアの初めにおいて雇用を得やすいものの、一般教育を受けた人々はより柔軟であるためこのパターンはキャリアを経るにつれて逆転すると予想する
  • さらに職業教育は長期の契約へのアクセスをもたらすことで失業にを防ぐ上では効果的であるものの、このことによってより高い地位を探すインセンティブや可能性を減らすことで、一般教育を受けた人々ほどより職業的地位の上昇速度が早いと予想する
  • オランダ労働力調査(Dutch Labour Force Survey)の1996~2012年データを用いて分析する
  • 1999年からは交代制のパネルデザイン(rotating panel design)が採用され、対象者は12ヶ月の間に5回連続で調査されるようになったものの、分析を複雑化しないために第一波の調査のみを分析に含める
  • 調査時点で教育を受けていない20~65歳の人々を対象とし、欠損値に関してリストワイズ削除を行ったところ、分析サンプルは1,143,652人となった
  • 第一の従属変数は就業の有無であり、第二の従属変数はISCO-08で測られたISEI(最小値10、最大値90)である
  • 職業教育のリンケージの強さは、近年の研究のトレンドに従い、一般教育・職業教育の二分法ではなく、漸次的(gradual)なものとして捉える;具体的には、教育プログラムと職業の関係を局所的な分離(local segregation)として捉えたものを利用する
  • DiPrete et al.(2017)にしたがい、セル度数の小ささが分析に影響することを避けるため、100未満の対象者しか存在しない教育プログラムは分析から除外したところ、312の分野が残った
  • ふたたびDiPrete et al.(2017)にしたがい、ISCO-08の上3桁によって職業分類を作成し、さらに軍関係の職業は除外したところ、128の職業カテゴリーが分析に用いられた
  • この分析では学歴レベルではなく職業特定性の強さに関心があるため、学歴レベルはダミー変数によって統制した
  • また、対象者がオランダ国籍を有するか、あるいはオランダ生まれである場合には1、そうでない場合は0とするダミー変数も統制変数に含めた
  • 時代=年齢+コーホートという完全共線性をいかに統制するかが問題となる;この分析では、コーホート効果は存在しないという仮定を置く
  • 就業の有無に関してはロジスティック回帰を、職業的地位に関してはOLS回帰を用いる
  • モデル1では年齢、時代、職業的特定性の強さを投入し、モデル2では年齢×職業的特定性の交互作用を、モデル3では時代×年齢×職業的特定性の交互作用を投入した
  • 既存研究と整合して、職業的特定性の強い教育プログラムを経験した人々は労働市場への円滑な移行を得やすくなっている;ただし、一般教育にくらべて職業教育を受けた人々はキャリアの初期時点で地位の低い仕事につきやすい
  • 職業教育にはトレードオフが見みられ、キャリア初期の有利さは年齢を経るにつれて減少していく;職業教育の有利さがなくなるのは、男性が55歳、女性が60歳ころである
  • ただし、Hanushek et al.(2017)が示しているような、キャリア後期において一般教育と職業教育の就業確率の逆転は見出されなかった
  • さらに、キャリア初期からはじまる一般教育の職業敵地位への有利さは、ライフサイクルを通じてさらに拡大する
  • 時代効果に関して既存研究によれば、技術変化が急激な時代ほど職業特定的スキルは陳腐化しやすく、ペナルティが大きくなると予想していた;しかし、1996年と2012年という異なる時代を比較して、この証拠はほとんどみられなかった;職業的地位に関しては、一般教育を受けた女性が近年ほどより望ましい仕事につきやすいという傾向はみられたものの、この効果は非常に小さかった
  • こうした時代効果がほとんどみられなかったことは、技術変化や外注化、柔軟化によって特徴化される現代において、一般教育がより好ましいものとなっているという考え方に反するものである;実際にはこうした要素の発展は既存研究で示唆されるよりも緩慢なものなのかもしれない
  • 時代効果がみられなかったのは、対象とした国に特有なものという主張もあるかもしれない;しかし、オランダは過去数十年に大きな技術変化が起きているし、労働市場の柔軟化については国際的にみて非常に早いペースなのである
  • この研究の限界としては、個人が特定の教育プログラムを選択することが考慮されていない;よって職業教育の効果と個人の選択の効果を分離できていない;さらに近年では教育拡大によって学歴水準が上昇しており、どのような教育プログラムを選択するかの影響は時代によっても変化しているかもしれない
  • 職業教育を選択する人々は中退率が相対的に低いということも考慮できていない
  • 分析の知見から示唆されるのは、特に若年者の就業を改善する政策としては職業志向の教育プログラムがより効果的であり、他方で長期にわたった職業的発達を目的とした政策としては、一般教育を重視するのがより効果的だろうということである

Brinton and Oh(2019)「子どもか、仕事か、それとも両方か? 東アジアにおける高学歴女性の就業と出産」

 

Brinton, Mary C. and Euncil Oh. 2019. "Babies, Work, or Both? Highly Educated Women’s Employment and Fertility in East Asia." American Journal of Sociology 125(1): 105-40.

 

  • この論文では、日本と韓国という2つの東アジアの事例において、なぜ高学歴既婚女性の継続就業と子育てが非常に両立困難であり続けているのかを問う
  • 日本と韓国はOECD諸国の中でM字型就業カーブを維持している唯一の国々である
  • 既婚女性の就業に関する定性的分析のほとんどでは、女性自身のナラティヴにのみ焦点をあてているものの、この研究では既婚男性および未婚の男女の視点を引き出す
  • 日本ではM字型就業カーブがある程度はフラットになったものの、韓国では維持されている;またM字型就業カーブが緩和しているのは、未婚女性の継続就業と既婚女性の非正規での再就業によるところが多く、第一子出産後の離職率は過去30年で大きく変化していない
  • 日本では1970年代の後半に出生率は人口置換率2.1を割り、観光では1980年代の半ばに割っている;韓国の2017年における出生率の1.07は、1.3未満で定義される「極低出生国」("lowest-low" fertility country)の典型例である
  • 日本・韓国のどちらにおいても、結婚後数年の間にカップルは子どもを持ち、子どもを持たないケースは少ない;また婚外子も少ないため、両国での出生率の低下は、(1)30代後半における未婚率の上昇、(2)既婚カップルが第二子以降を持つ確率の低下という2つの要因に主にわけられる
  • アメリカの研究では、家事のほとんどを妻が行うカップル(「伝統」モデル)と、家事分担が相対的に平等であるカップルという両極において第二子以降を生む確率が高く、その中間では低いというU字型の関係が明らかにされている
  • 長時間労働などの労働市場の構造や組織の規範が、家事分業に影響し、結果的に出生に影響するのかどうかについての研究は少ない;つまり、社会人口学の研究は、労働市場の条件を出生の規定要因の一つであり、家事分業を媒介して効果を持つものとは考慮してこなかったのである;
  • 近年の例外の一つは、Nagase and Brinton(2017)であり、日本全国の代表データを用いて、男性大卒の大企業労働者(5000人以上)では、他の男性の学歴・企業規模グループの中でもっとも家事労働の寄与率が低い(13%)ことを明らかにしている;これは第二子を持つことを妨げているものの、あてはまるのは共稼ぎカップルの場合のみであった
  • 日本・韓国ともに公的セクターの規模は小さく、それゆえ民間セクターの労働市場条件が男女の生活において重要性を持つ
  • 両国ともに特に大企業の正社員では年功賃金システムが発達しており、企業間移動にともなうペナルティは大きい
  • 職場の規範として、長時間労働は雇用主への忠誠の証明と慣習的にみなされてきた;実際のところ、日本・韓国はOECd諸国の中で週50時間以上働く労働者の比率がもっとも高い(20%以上)
  • OECD24ヶ国を対象とした性別役割の価値観に関する近年の分析では、他国にくらべて日本と韓国では、女性の生活に関する「労働支持の保守」(prowork conservative)モデルに分類される人々の比率が高い;このイデオロギーは、女性の主要な役割は家庭にあり、補完的に労働市場での役割があるとみなすものである
  • 仕事と家庭に関する政策と、公的保育の利用可能性はアメリカの基準からすると充実しているものの、これらは男性稼ぎ主―女性ケア労働のイデオロギーによって相殺されている
  • データは、「出生とジェンダー公正に関する比較プロジェクト」を利用する;24~35歳の現地で生まれた、高等教育を受け、都市に居住する日本・韓国の男女に対して、定性的インタビューを行った
  • 日本のサンプルは東京・大阪、韓国のサンプルはソウル・釜山から選ばれた;韓国のサンプルサイズは65、日本のサンプルサイズは50である
  • サンプルは、(1)未婚(非同棲)、(2)既婚・子なし、(3)既婚・子ども1人という属性が、3分の1ずつになるように層化された
  • サンプルに含まれる人々は独立したサンプル、つまりどのグループにおける個人も互いにカップルを形成しているわけではない
  • 何らかの高等教育を修了した人々のみをサンプルに含めた;学歴の異なる人々を比較することはできないものの、高学歴女性がもっとも高い機会費用に直面するというMcDonald(2013)の指摘と一致するようなデザインとなっている
  • スノーボールサンプリングによって対象者は選ばれたものの、ある対象者から紹介してもらう人々を2人までに抑えることで、閉じたネットワークになってしまうことを防いだ
  • サンプルに選ばれた人々を事後的にクラスター分析にかけ、これらの人々が母集団の同一の人口学的グループにくらべて、異なる出生の意図や異なるジェンダー意識を持っていなことを確認した
  • インタビューの書き起こしは、Dedooseというソフトウェアによって構造的にコード化された
  • 分析の結果、既婚女性の典型的な平日のスケジュール、自分自身・配偶者の現在の就業状況、理想的な男性像、子どもをもつことを将来の就業に関して、3つの主要なテーマが現れた:(1)男性の長時間労働に対する暗黙の承認と、それによって帰結する非常に偏った家事分業、(2)女性による自らのフルタイム就業と第二子以降を持つことについてトレードオフの表明、(3)社会に対するにつながりを保つ手段として就業をみなすこと(日本の女性により顕著)と、自らのアイデンティティを表現する手段として就業をみなすこと(韓国の女性により顕著)
  • 既婚カップルは2つのグループにわかれる
    • (1)大半である労働市場への順応者(adjusters):妻はフルタイム就業を少なくとも一定期間はあきらめるグループ
    • (2)少数である労働市場への挑戦者(challengers):妻はフルタイム就業を継続することを意図しているグループ
    • 後者のグループでは、第二子を持てるかどうか確信を持てていない人々がより多い
  • 既婚者サンプルに含まれる男性は平均して9時または9時半に帰宅しており、平日に家事・育児に貢献することをほとんど不可能にしている;男女ともにこうした長時間労働の文化をしかたがないものとして受け入れている
  • 妻がフルタイム就業を継続することを意図している少数派グループでは、祖父母が近隣に居住していることや、夫か妻の労働時間が短いといった特徴が見られたが、このグループでは第二子以降を持とうという意図が一般的に弱かった
  • 未婚者のグループにおける知見として目を引くのは、家事負担が重くなることを予期して女性が結婚を忌避するという傾向は見られなかったことである;既婚女性と同様に未婚女性においても、男性の稼得能力は重視されており、このことによって男性の家事への貢献が小さくなることは妥協されるとみなされている
  • 日本と韓国の違いとして、未婚グループにおいて韓国の女性のほうがキャリア志向が強いことが確認された;日本の女性は仕事をキャリアを形成する手段ではなく、社会につながり続けるための手段としてみなしており、「男性のように働く」ことを望んでいない;この傾向は日本では韓国にくらべて既婚女性のパートタイム就業が広まっていることを部分的に反映していると考えられる

Billari et al.(2019)「成人期への移行における選択の社会階層」

 

Billari, Francesco C., Nicole Hiekel, and Aart C. Liefbroer. 2019. "The Social Stratification of Choice in the Transition to Adulthood." European Sociological Review 35(5): 599-615.

 

  • 成人期への移行(transition to adulthood)が社会経済的要因によって階層化される理由に関して、3つの経路を区別する:(1)階層化された社会化、(2)階層化されたエージェンシー、(3)階層化された機会
  • 階層化された社会化:家庭のSESの高低によって、主要な人口学的イベントが起きるタイミングに関する若年者の期待と意図は異なる
    • 高SES家庭出身の若年者はより早く実家を離れようとする一方で、パートナーと同居し、子どもを持つことに関しては遅らせようとすることが予想される
  • 階層化されたエージェンシー:家庭のSESによって、若年者は期待と意図を実際の行為に変換する能力も異なる
    • 高SES家庭出身の若年者は、離家、パートナーとの同居、結婚、出産に関してより自らの意図を実現しやすいと予想される
  • 階層化された機会:家庭のSESによって、特定の人口学的イベントを早期に経験しやすくなるような制約に異なった直面の仕方をするかもしれない
  • たとえば、家族人数の多さ、失業率、キャリアの選択肢の欠如、効果的な避妊へのアクセスの制約などによって、パートナーとの同居や子どもを持つことへの移行が早まる可能性がある;高いSES家庭出身の子どもは、より長く学校に就学するし、またこのような家庭出身の女性は高い機会費用に直面するので、家族イベントを遅らせる傾向にある
    • 高SES家庭出身の子どもは、より早く離家し、他方でパートナーとの同居や出産を遅らせる傾向にある
  • データとして、Generation and Gender Surveyの2時点の観察を利用する
  • Wave1時点で18~35歳の人々を分析に含める
  • 分析に含まれる国は、フランス、オーストリアブルガリア
  • Wave1で次の3年間に様々な人口学的イベントついての意図を尋ね、Wave2でそれらが実現したかどうかを測定している
  • イベントの種類は、離家、同棲、結婚、子どもを持つこと
  • 親のSESとして、父母の最高学歴と職業的地位を利用する;親学歴は国際標準学歴水準(ISLED)という一次元の連続スコアに変換し、職業的地位は国際社会経済的職業指標(ISEI)に変換して利用する
  • Wave1での意図と、Wave2でイベントが実現した比率には大きな差がある;ポジティブな意図(~をするつもり)はネガティブな意図(~をしないつもり)よりも実現しにくい
  • 構造方程式モデルによって多変量解析を行う
  • 高SES家庭出身の若年者は、より早い離家を意図し、より遅い同棲・結婚・親への移行を意図する傾向にある→階層化された社会化を支持
  • 高SES家庭出身の若年者は、離家、同棲、子どもを持つことの意図をより実現しやすい→階層化されたエージェンシーを支持;ただし結婚に関しては有意差なし
  • 意図の水準を統制しても、低SES家庭出身の若年者は4つのイベントを経験しにくい→階層化された機会を支持
  • 3つの経路のうち、階層化された社会化にのみ、年齢による違いがみられた;年齢が低い段階では、高SES家庭出身の子どもはより結婚と子どもを持つことを望みにくい
  • ジェンダーによる違いはみられなかった;唯一の例外として、男性にくらべて女性は離家の意図をより実現しやすい
  • 実質的な国家間の違いもみられなかった;ただし、意図と行為の関連はブルガリアにおいて全般的に弱く、これはブルガリアの経済状況と住宅環境の悪さを反映している可能性がある
  • この研究の限界として、Wave1時点でまだイベントを経験していない人々のみを対象としているというものがある;女性と年齢の高い対象者はすでにイベントを経験している比率が高い
  • 機会構造が変化しているときに意図は不安定なものとなる;GGSでは3年間という比較的短い期間で意図と行為の関係を観察できるという強みがあるものの、3年間という期間ですら当初の意図の変化を引き起こす様々な外的変化があるかもしれない
  • 親のSESとしては単一次元の指標を用いたものの、階層化された社会化については、SESの経済的な側面より文化的な側面に依存するかもしれない
  • 離家の行き先を区別することや、移行を連続的なもの(sequence)として捉えるフレームワークも興味深い