Brinton (2016) "Intentions Into Actions: Norms as Mechanisms Linking Macro- and Micro-Levels"

Brinton, Mary C. "Intentions Into Actions: Norms as Mechanisms Linking Macro- and Micro-Levels." American Behavioral Scientist 60(10): 1146-67.

 

  • ポスト工業社会における出生行動を説明する理論として、3つのものが挙げられる。
  • (1)個人化と、それに伴う個人の出生行動への規範的影響の減少を提唱する理論→しかし、「家族主義的」とされる国々において、出生率はもっとも低い。
  • (2)国家の政策的介入によって、仕事と家庭のトレードオフを調和可能になることを強調する理論→政策によるプラスの効果を示す研究もあるものの、一致した結論は得られていない。
  • (3)個人、特に女性が自らの出生希望を実現する上での制約が、社会によって異なることを強調する理論。McDonaldの「ジェンダー公正」理論は、公的・私的領域におけるジェンダー公正の進捗がもっとも遅れている国において、女性の出生希望と出生行動の乖離がもっとも大きくなると予測する。
  • McDonaldの理論は、ポスト工業社会の中においてもなぜ出生率の違いが見られるかを説明するものとして、注目を集めている。Esping-AndersenとBillariは、ジェンダー公正と出生の多重均衡の存在を提唱している。
  • 「第二の人口転換論」は人々の価値観の変化を強調するのに対して、McDonaldの理論は男女の性別役割分業を支持するイデオロギーと、構造的な条件との矛盾を重視している。こうした見方は、Beckerが新しい家族経済学として提唱した、労働市場への参加と育児の機会費用とのトレードオフという見方と両立しないわけではない。
  • しかし、ポスト工業社会における現実のデータを見るならば、かつて見られた女性の労働参加と出生率の負の関係は、1980年までに逆転したのである。この事実は、女性の労働参加と育児のトレードオフを重視する説明に疑問を投げかける。
  • この論文では、3点の修正がなされた説明を行う。(1)男性を出生の分析の中に再び取り入れる、(2)出産への意志がなぜポスト工業社会ではしばしば実現されないかを説明する、(3)構造的条件と出生行動を媒介する一連の条件として、文化的規範を中心に据える。男性稼ぎ主―女性ケア役割モデルに対する文化的規範を用いて、「低出生のジェンダー本質主義理論」(gender-essentialist theory of low fertility)と呼びうるアプローチを採用する。
  • ジェンダー本質主義アプローチでは、出生の意図を行動に変換する上でのメカニズムとして、ジェンダー役割規範は理論化される。
  • ジェンダー本質主義アプローチは、出生の希望や意図の水準そのものではなく、意図と行動に介在するメカニズムに焦点を当てるのである。すなわち、ポスト工業社会における重要な違いは、個人あるいはカップルの平均的な出生意志ではなく、その意図を実現させることを促進・制約するものとして感じている条件にあると主張する。

 

 実証分析でやろうとしていることは、以前に読んだArpino et al.(2015)とあまり違いはないように思います。しかし、Arpino et al.(2015)はあくまでマクロレベルの分析であることを強調し、ミクロレベルの説明に関しては抑制的でした。それに対して本論文は、Colemanなどにも積極的に言及しているように、ミクロ的な基礎づけを重視しています。

 本論文で提唱されている理論を厳密に検証する上では、個人レベルの変数を入れたマルチレベル分析が適切なのでしょうが、データの制約でまだそこまでやるのは難しいようですね。

Hall (2006) "Systematic Process Analysis: When and How to Use It"

Hall, Peter. 2006. "Systematic Process Analysis: When and How to Use It." European Management Review 3: 24-31.

 

  • 社会科学における説明のモードとして、(1)歴史特有の説明、(2)多変量の説明、(3)理論志向の説明に分けられる。
  • 理論志向の説明は、様々な種類のアウトカムに対する主要な規定要因を特定し、そのメカニズムを明らかにすることを重視する。
  • 理論志向の説明は歴史特有の説明とは異なり、あるアウトカムが特定の時期と場所において起こったことの完全な説明を目的とするわけではない。また多変量の説明とは異なり、「最終的な原因」とみなされるような、少数の重要な変数に対する厳密なパラメータ推定には価値をあまり置かない。むしろ、アウトカムが生成される上での、因果的な連鎖における規則性を特定することにより大きな価値を置く。
  • 既存の理論が関連する変数を特定できており、またそれらの変数が少数でありかつ測定できる場合には、多数ケースへの多変量の説明モードは有意義である。
  • もしも統計分析と同じ推論を少数ケースデザインにおいて行うのであれば、自由度の不足によってその弱みは明らかである。
  • 体系的な過程分析の方法は、(1)理論形成、(2)予測の導出、(3)観察単位の構成、(4)結論の導出からなる。
  • 理論および結論の形成にあたっては、競合理論との比較や区別によって改善されうる。
  • Owen(1994)の「民主的平和」に関する分析は、体系的な過程分析がいかにして因果を明らかにできるかの優れた事例である。
  • Owenの議論は非常にバランスの取れたものとなっている。多くの社会科学の研究では、自らの理論の正しさを示すためには、他のすべての理論は不十分であるだけではなく、誤りであると示さなければならないと信じ込まれているように思われる。しかし、Owenは競合理論である現実主義的なパースペクティブにおける一部の論点は認めつつ、他の論点は否定している。このことによって、関連する研究はより建設的な方向へと、理論統合が進むことになった。
  • 統計分析は、アウトカムの背後にある基本的な因果の過程について広い了解があり、それを引き起こす要因の相対的な効果を議論する際に、もっとも有益である。
  • これに対して過程分析は、ある現象に対して複数の理論が異なる説明を行っている際に、もっとも有益である。このような場合には、統計分析におけるパラメータ推定値は、ある特定の因果の連鎖を検証するのには間接的なものにしかならない。
  • 因果の連鎖が複雑であり、測定可能なパラメータに関する予測をもたらさない場合には、過程分析は不可欠である。

 

Lamont et al. (2014) What is Missing? Cultural Processes and Causal Pathways to Inequality

Lamont, Michèle, Stefan Beljean, and Matthew Clair. 2014. "What is Missing? Cultural Processes and Causal Pathways to Inequality." Socio-Economic Review 12: 573-608.

 

  • 社会学における不平等の次元を、(1)物質的不平等、(2)象徴的不平等、(3)位置に基づいた不平等(近隣効果・ネットワーク効果など)に分類
  • これら3つの不平等を生み出しうるメゾレベルの次元として、文化的プロセスを想定
  • 人々の認知によって、間主観的な不平等のカテゴリーが生み出されることの研究が不十分である
  • 間主観的に形成された意味によって、人々が社会を認識するためのカテゴリーと分類システムができるという考えは、DurkheimとMaussの研究にまで遡ることができる
  • 不平等を生み出しうる文化的プロセスとしては、人種化(racialization)、スティグマ化(stigmatization)、標準化(standardization)、評価(evaluation)が挙げられる
  • 人種化とスティグマ化の2つは特定化(identification)、標準化と評価の2つは合理化(rationalization)として括ることができる
  • 文化的プロセスは、「地位」や「属性」ではなく、目下の(ongoing)行為を強調する。そのため、'identity'のように物象化の暗示持つ概念ではなく、'identification'のように能動態の動詞を用いて本質化を避ける
  • 文化的プロセスは、支配的な行為者によってのみもたらされるものではない。人種的なマイノリティが人種カテゴリーを自ら用いるように、従属的な行為者も間主観的な意味の形成にしばしば関わっている。
  • 文化的プロセスは、不平等の帰結について決定論的な立場はとらない。それぞれの行為者は不平等を生み出すことを常に意識しているわけではないし、また標準化されたテストのように、不平等の縮減をもたらすプロセスもあるためである
  • 文化的プロセスは、個人の行為や認知を強調している点において、「社会的メカニズム」研究、分析的社会学とも関連性がある

 

 引用されている文献も面白そうなものが多くて、いくつかダウンロードしたのですが、文献リストの間違いが結構ありました。自分の書いた論文タイトルも間違っているのはどうなのでしょうかw

 カテゴリカルな不平等の生成ということに関して、Charles Tillyの研究はちゃんと読まないといけないですね。

 

Powerpointで穴埋め式の資料を作る

 

 授業の資料を準備していて、なるべく学生に手を動かしてもらう量を増やした方がよいかなと思って、穴埋め式の部分を作りはじめました。

 Powerpointでのやり方の一つとして、穴埋め式にしたい部分のテキストの上に白い(背景と同じ色の)図形を重ねて、その図形に「終了効果」のアニメーションをつけるという方法があるようです。

 こうすることで、印刷した資料は空欄のままで、投影したスライドには順次テキストが映るというようにできました。

acrossとamong

 

 「国家間の~に関する分析」みたいな時に、"across countries"とするか、"among countries"とするべきか気になったのですが、どちらの場合もありそうですか。

 Googleで調べると、"across countries"は約3,470,000 件で、"among countries"は約546,000件でした。自分の手元にある論文でも、国の場合はacrossが多いようでした。amongは、"among groups"とか、"among women"などと言った用例が多いようです。

 amongはそれぞれの集団内での同質性をより意識しているのかなという感想を持ったのですが、もうちょっと勉強しないとわからないですね。

 

 あとタイトルとは関係ないですが、今日気づいたこと。"institutionalism"という単語が2回に1回くらいの割合でタイプミスします。

key point is ~

 

Our key point is not that we object to looking at statistical significance but that comparing statistical significance levels is a bad idea. In making a comparison between two treatments, one should look at the statistical significance of the difference rather than difference between their significance levels.
(Gelman and Stern 2006: 329)

 

重要なのは、統計的有意性を見ることに私たちが反対しているということではなく、統計的有意水準を比較するのがまずい考えであるということである。2つの処置を比較する際には、有意水準の差ではなく、処置の差の統計的有意性を見るべきなのである。

 

  object to の to は前置詞なので後に続くのは動名詞にしないといけないですね(look forward to と同じ)。

in response to

 
In reponse to the widespread abuse and misinterpretation of significance tests of null hypotheses, some editors and authors have strongly discouraged P values. However, null P values still thrive in most journals and are routinely misinterpreted as probabilities of a "chance finding" or of the null, when they are no such thing.
(Greenland and Poole 2013: 62)
 
帰無仮説の有意性検定において広く見られる誤用と誤解を受けて、P値の使用に強く反対する編集者・著者も見られてきた。しかしながら、大部分の雑誌において帰無仮説のP値はいまだに猛威を奮っており、「偶然の発見」である確率あるいは帰無仮説が真である確率として、そのような解釈が正しくないにもかかわらず誤解されているのが通常である。 

 

 "discourage the use of P values"ではなく、"discourage P values"でも用法としてOKなのですね。