Abbott(1997)「曖昧の7つの型」
Abbott, Andrew A. 1997. "Seven Types of Ambiguity." Theory and Society 26(2): 357-99.
- 研究会で読んだやつです。ある種のメタ分析として社会学とでは先駆的な事例に位置づけられそうですが、通常メタ分析がメタレベルでの何らかの客観的な結果を得ようとするのに対して、本論文は通常の実証分析では無視されている曖昧性を抽出しようとしています。
イントロダクション
- 本論文の目的は、通常は実証主義の可能性を妨げると考えられている現象を「実証的に」分析すること;つまり、複数の同じ基準では測れない出来事の意味についての分析である
- この論文において「実証主義」(positivism)とは社会的現実を何らかの曖昧ではない形で測定できるという考え方を指す;つまり、「実証主義」とはここでは「測定」であり、より一般的な概念である定量的分析や因果主義的思考とは区別される
- 「測定」(measurement)とは、社会的現実のある側面の違いに関して、フォーマルな関係を作り出すことである
- 「フォーマライゼーション」とは、複雑な物事について、性質がよりよく知られているもっと単純な物事によって表すことを指す;測定はフォーマライゼーションの下位概念である
7つのタイプの曖昧さ
- 通常の実証主義モデルでは、観察可能な指標(indicators)が観察不可能な概念(concepts)を測定すると想定する
- 概念間の関係は何らかの順序に従っているという意味で構文的(syntactic)関係である;これはパス図に似ている
- 概念→指標の関係は意味論的(semantic)関係である
- 指標間の関係も構文的関係であるが、これは純粋に数量的なものであり、相関係数自体には特定の性質や方向はない;つまり、「因果の方向」はすべて研究者によって概念レベルにおいてもたらされる
- 概念レベルの上にはナラティヴのレベルがあり、様々な行為者による行為がこのレベルで起きることで概念レベルの関係が生まれる;概念とナラティヴのレベルの関係は意味論的であるが、概念レベル・指標レベルの関係よりもはるかに複雑である
- 意味論的曖昧さ(semantic ambiguity)→1つの指標が複数の概念と結びついていること
- 位置の曖昧さ(ambiguity of locus)→ある指標が異なる社会集団の性質を示すこと(離婚率が示すのは家族の変化かコミュニティの変化か)
- 構文的曖昧さ(syntactic ambiguity)→ある指標が概念レベルでは分析者によって異なる因果関係を表すこと
- 持続的曖昧さ(durational ambiguity)→ある指標の示す対象の時間的な継続性がわからないこと
- ナラティヴの曖昧さ(narrative ambiguity)→ある概念レベルの関係を示すナラティヴが複数あること
- 文脈的曖昧さ(contextual ambiguity)→ある指標が研究によって異なる変数群(意味の文脈)と結びつくこと
- 相互作用的曖昧さ(interactive ambiguity)→ある指標の意味が、それを解釈する人々との相互作用によって異なる捉えられ方をすること
指標とそれに関連する概念
- GSSに含まれる宗教的強度(religious intensity)の変数を用いる
- 155の論文を、(1)1980年以前、(2)1980~1984年、(3)1985~1989年、(4)1989年以降の4つの時期に区分
- 155の論文には2,432個の可能な変数のうち774個の異なる変数が使用されている
- 「変数間の近さ」を基準にしてクラスター分析を行ったところ表1のようになった;この変数の距離はJaccard係数により、2つの変数が同時に表れた論文の数を、少なくとも片方が表れた論文の数で割ったものである
- 興味深いことにこの分析ではいずれの宗教変数も互いに近くならなかった
変化する宗教的強度の領域
- 同じくJaccard係数を使用し、今度は2つの論文が同じ変数のセットを用いる傾向にあるかどうかを分析する(2つの論文に共通に表れた変数の数を、2つの論文に表れた変数の合計で割る)
- 表2のとおり、1980年以前の論文は8つのクラスターにわかれた
- 表2の最終列からわかるように、それぞれのクラスターは論文の主題についての手がかりとはあまりならない(例外はクラスター1);この使用変数のパターンと概念的関心の関連の薄さは、文脈的曖昧さの証拠である
- 宗教的強度の変数は一部の研究では宗教全般を表しており、他の多くの研究では礼拝と組み合わせることで、態度と行為を区別している;これは意味論的曖昧さの証拠である
- 中絶の変数によって構成されたクラスター7では、中絶が従属変数だったり、子どもの有無を規定する要因であったり、単に政治行動に関連していたりと、構文的曖昧さもみられる
- これらのクラスターは「研究群」(literatures)と呼ばれるものの端緒と言えるかもしれない
- 上述したような3つの曖昧さを考慮すると、研究群とは特定の主題、特定の変数群、あるいは特定の方法で用いられた特定の変数群というように異なった定義が可能である;研究群と通常呼ばれているものは、大部分はレビュー論文によって回顧的につくられているのだろう
- 表3のとおり、1980~1984年の論文は10のクラスターにわかれた
- 政治的寛容性の研究は相互作用的曖昧さの例を示している;GSSでは様々な社会集団に属する人々が声を上げる権利を持つかどうかを尋ねている
- しかし、左派的な人々が一般的に寛容的な態度をとる集団の変数がより多く用いられる傾向がある;つまり対象者は左派・右派の両者が強調された文脈で回答をしているものの、こうした相互作用的な文脈が除かれて研究者が自由に解釈をしてしまっているのである
- 構文的曖昧さはより目立っている;以前の時期には宗教的強度は独立変数としてもっぱら用いられていたものの、従属変数・中間変数など様々な用いられかたをしている
- 宗教的強度を安定的な性格特性として扱っている研究には、ナラティヴの曖昧さと持続的曖昧さもあると言える
- ここでの目的は、何らかの適切な方法を当てはめることで正しい答えが得られるということではなく、実証研究を注意深く読むことで社会生活に予想される曖昧な複雑さが見出せると示すことなのである
- ここで見られたのは、ナラティヴの曖昧さと持続的曖昧さによって強化された相互作用的曖昧さと構文的曖昧さであり、これらは意味と解釈のねじれから生じている;この文脈では、少なくとも共通した変数の機械的な現象という意味での「研究群」は不可能であるように思われる
- 表4に示したのは1985~1989年の研究の分類結果であり、10のクラスターにわかれた
- 一貫した研究群は、ある中核的な変数群が他の変数群によって強化されることでつくりだされると予想されるかもしれない;しかしこのデータの中では、あるトピックに関して時間が経つにつれて使用される変数の数が増えるという傾向は確認されなかった
- クラスター10の研究Jは位置の曖昧さを示している;この研究は産業レベルの分析であり、すべての予測変数は個人ではなく産業の特性として測られている;この文脈では宗教的強度の変数も集団の特性となっているのである
- 3つ目の時期では位置的曖昧さに初めて直面したものの、これは研究群がより明確に特定された事例ということもできる;しかし単純な結果からより「複雑な」方向へ研究群が変化していると言える一方で、これは単に部分的な構文的曖昧さをより大きな文脈的曖昧さに取り替えたものにすぎないようにも見える
- 表5に示したのは1990年以降の研究で、7つのクラスターにわかれた
- 最期の時期は宗教変数の複雑さが増しており、これはおそらく宗教的コミットメントに関する研究群の成熟の兆候である
- この時期にはナラティヴの曖昧さに関して興味深い事例である;宗教的コミットメントは教会の際立った特徴から説明される場合もあれば、個人の神秘的体験とされる場合もあり、また産業レベルの特徴を背景としている場合もある
- これらは位置の曖昧さとの緊張関係とともにナラティヴ的曖昧さが表れている興味深い例であり、それぞれの研究を組み合わせることで曖昧さを解くヒントも示唆される
要約と結論
- 第一に、宗教的強度それ自体に関して、次第に複雑な研究が生まれてきていることがわかる;第二に、こうした宗教的強度を中核とした研究以外に、宗教的強度は様々な文脈において様々な役割を担っている
- 研究群の発展に関するヒントは得られたものの、一貫した研究群というものは見出されない;一貫した変数のグループは必ずしも一貫したトピックを予測しないのである;研究者は既存研究に対して単にいくつかの変数を追加しているのではなく、まったく新しい変数のクラスターを追加しているのである
- ここで挙げた様々なタイプの曖昧さは様々な研究の間のすきまの中に消えてしまっている;このことにあえて目をむけないことで、実証主義は可能になっている
- 実証主義者が困難で不可視であるとしてきた曖昧さについて、実証主義者の研究を注意深い用いることで可視化できる
- すべての科学研究の「発展」は、ある形の曖昧さを別の曖昧さに取り替えることで成り立っている;今後必要なのは、こうした終わりのない曖昧さの変化が何らかの意味で実際に進歩をもたらしているかどうかに関するフォーマルな理論である
芦田宏直(2019)『シラバス論――大学の時代と時間、あるいは〈知識〉の死と再生について』
- 生協で平積みになっていて面白そうだったので買ってみました。著者の先生が以前からブログに書きためてきた文章を書籍化したもののようで、かなり分厚くトピックも多岐にわたっています。全部は大変なので、とりあえず1,2章まで読みました。
- 大学設置基準の大綱化以降の大学改革・授業改革に対して展開されている批判はすべてがあたっているとは思いませんが、本書の中心的な主張である、「シラバスをコマシラバスへと転換させる必要性」に関しては、説得的でありかなり勉強になりました。
- 従来型のシラバスを「概念概要」型のシラバスと形容し、授業を行うため、あるいは学生の理解度を測るための指針にまったくなっていないことが批判されます。これに対してコマシラバスとは、「時間」型のシラバスとされており、各回の授業においてどのような内容を教えるかを細目レベルで設定し、どのように展開するかを書き記したものとされています。
- あるいは著者の言い方を用いると、コマシラバスとは「使う」シラバスであり、これに基づいて各回の授業は進められるということです。
- 授業の進め方については自分自身まだまだ手探りな部分が多いのですが、たしかにこのようなコマシラバスをつくると、毎回の授業の見通しがかなりよくなりそうだという気がします。来年度の授業を準備する上で、本書で紹介されている例を参考に行ってみようと思いました。
2020年2月15日
- 引越し先の物件にて、水道料金の引き落としに指定されているのが地銀の口座のみで、少々キレそうになりますね。
- 新年度の前に「学生へのメッセージ」のような書類を準備する必要があり、大した分量でもないし、大したことは別に求められてもいないとは思うのですが、やたら記入に時間がかかっています。「自分が偉そうに学生に対して何か言えることがあるのか」みたいなことを考えてしまうからよくないのでしょうね。つくづく要領が悪いと感じます。もちろん、Goffmanの言う「印象操作」への欲望もあるのでしょう。
- しかし、マックス・ヴェーバーが価値自由の文脈で「教師は教壇において自らの価値観を語ってはならない」ということを述べていますが、その根拠は教師と学生の権力の非対称性であり、やはり自省的で謙虚な姿勢は大事だとも思うのです。
Watson(2014)「継続中の縦断サンプルを追加サンプルと統合する上でのウェイト付け方法の評価」
Watson, Nicole. 2014. "Evaluation of Weighting Methods to Integrate a Top-up Sample with an Ongoing Longitudinal Sample." Survey Research Methods 8(3): 195-208.
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パネルデータにおいてtop-upサンプルないしはrefreshサンプルが追加された際に、元サンプルと統合するためのウェイトをどのように作成するか
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2つの方法がある:(1)推定値の統合(combining estimates)、(2)サンプルをプールする(pooling samples)
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(1)では2つのサンプルからの推定値のウェイト付き平均を使用する
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ウェイトの値はそれぞれのサンプルの大きさと、それぞれのサンプルのデザイン効果に依存する
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デザイン効果とは、単純ランダムサンプル(replacementを行わない)の分散に対する、実際のサンプルの分散の比率である
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2つのサンプルのデザイン効果を同じとみなすことも可能であるが、これが妥当であるという保証はない;というのも、元サンプルは時間経過による脱落を経験しているためである
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他にはデザイン効果をウェイトの変動係数から推定する方法などもある
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(2)は、ある個人が2つのサンプルのどちらかに属して回答する確率を推定し、その逆確率を用いる方法である
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しかし、ある個人に関してサンプルAとサンプルBのそれぞれに属する確率はわからないので、何らかの形で推定する必要がある
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ここでは回答確率をロジット変換し、これをいくつかの共変量に回帰させる;そして、それぞれのモデルをサンプル外予測に用いる(サンプルAに属する人々がサンプルBにおいて回答する確率と、サンプルBに属する人々がサンプルAにおいて回答する確率を推定する)
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(1)推定値を統合する方法と、(2)サンプルをプールする方法に関して、ベンチマーク統計と比較した際のバイアスと、平均平方誤差に基づいてパフォーマンスを評価した
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おおむね、(2)のサンプルをプールする方法のパフォーマンスがよい
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サンプルをプールする方法では、top-upサンプルにおける個人で、もし元サンプルに属していた場合に回答しにくい個人は、高いウェイトを与えられることになる;これは元サンプルの脱落効果をtop-upサンプルが弱めることを可能にする
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これに対して推定値を統合する方法では、それぞれのサンプルに同様の重要性を与えるために、ウェイトの変動係数が大きくなる傾向にある
Link and Phelan(2001)「スティグマを概念化する」
Link, Bruce G. and Jo C. Phelan. 2001. "Conceptualizing Stigma." Annual Review of Sociology 27: 363-85.
- 授業の準備に。来年度は自分の専門からやや外れる授業を持つ必要があるのですが、この論文のフレームワークに従いつつ、関連する概念や事例を押さえていけば何とかなりそうな気がしてきました。
- スティグマやステレオタイプ化など社会心理学の分野での蓄積も多いものの、本論文は社会学のレビューということで、マクロレベルの特性や構造的な不平等の分析にどのようにつなげていくかという点が強調されています。
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スティグマの概念は定義があまりに曖昧であることと、個人レベルで分析されてきたことが批判されてきた
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スティグマを以下の要素の同時生起として定義:(1)人々が差異をラベリングする、(2)支配的な文化的信念によって、ラベル化された人々と望ましくない特性、すなわちネガティヴなステレオタイプが結びつけられる、(3)ラベル化された人々は区別されたカテゴリーに置かれ、「彼ら/彼女ら」から「われわれ」を一定の形で分離される、(4)ラベル化された人々は不平等な結果にいたるような地位の喪失と差別を経験する、(5)スティグマが生じているかどうかは、社秋的・経済的・政治的権力へのアクセスにもっぱら依存する;これらの権力は差異の同定、ステレオタイプの構築、ラベル化された人々の区別されたカテゴリーへの分離、そして非難、否定、排除、差別などを引き起こすことを可能にするものである
Evans et al.(2018)多元的な社会的アイデンティティーの交差点に位置する健康の不平等をモデル化するためのマルチレベル・アプローチ
Evans, Clare R. et al. 2018. "A Multilevel Approach to Modeling Health Inequalities at the Intersection of Multiple Social Identities." Social Science and Medicine 203: 64-73.
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健康の不平等を複数の社会的アイデンティティの交差システムとして捉える
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従来的な固定効果モデルによって交差性を捉えようとすると、多くの交互作用を推定することになる
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これに対して、個人が交差階層にネストされているとみなすマルチレベルモデルを採用する
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(1)マルチレベルモデルではサンプルサイズが小さい層のランダム効果は、より全体平均の値に引きつけられ、安定した推定値が得られやすい、(2)従属変数の全体の分散を個人レベルの分散と層レベルの分散に分割することで、それぞれの交差階層間・階層内の異質性を数量的に表すことができる
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マルチレベルモデルでは固定効果モデルにくらべて安定した推定値が得られた
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マルチレベルモデルを使用した際に、ヌルモデルと主効果を投入したモデルによって、層レベルの分散がどの程度縮減したかを表すことができる;これは、主効果を投入した上でも説明されない層レベルの分散(交互作用に起因しうるもの)がどの程度あるかを示す
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マルチレベルモデルを用いた場合にも、関数形の仮定や、層内ではそれぞれの観察がi.i.d.に従う仮定などが必要になる
Lynch and Bartlett(2019)「社会学におけるベイズ統計――過去・現在・未来」
Lynch, Scott M. and Bryce Bartlett. 2019. "Bayesian Statistics in Sociology: Past, Present, and Future." Annual Review of Sociology 45: 47-68.
- 過去40年間において、ベイズ統計を用いた論文の比率が社会科学分野ごとに示されているのですが、社会学でそれほど増えていないのはイメージ通りですが、政治学でもあまり増えていないのは意外でした。
- ベイズ統計を明示的には用いていなくとも、BICのようにベイズ統計の理論に従った分析を慣習的に用いている場合もあるし、ネストされていないモデルを比較することが社会学の実証分析で重要な位置を占めていることに注意が向けられています。
- 偽陽性(false positives)が問題となるのは、古典的な統計学における帰無仮説アプローチに著者たちは原因を求めており、これもベイズ的なアプローチによりよい解決が見られています。