フョードル・ドストエフスキー『賭博者』

 

賭博者 (新潮文庫)

賭博者 (新潮文庫)

 

 

 再読しました。今回も原拓也訳でしたが、紙版ではなくKindle版にて。

 ドストエフスキーのヨーロッパ旅行における経験に深く根ざした作品ですね。作中で主人公を翻弄するポリーナは、当時のドストエフスキーの恋人であり、一緒に旅行をして回ったアポリナーリヤ・スースロワの人格を少なからず反映しているとされます。

 ドストエフスキー作品では、人間精神の矛盾が過剰に描き出されるのが特徴で、高潔な理想を抱いたり、口に出したりする人間が身を破滅させるというような描写がしばしば出てきます。『カラマーゾフの兄弟』には、「聖母の理想をいだいて踏み出しながら、結局ソドムの理想に終わる」という台詞も出てきます。本作では、ギャンブルという要素を媒介させて主人公の身の破滅を描くことで、そうした矛盾や混沌が表現されているといえるでしょうか。

 

 ところで、ここ数年は小説を読む量も頻度も、かなり落ちていました。

 小説自体がつまらなくなったわけではないのですが、小説を読んでいる暇があったらもっと研究をすべきではないかという、罪悪感がしばしばあったように思います。ちなみに人類学者ブロニスワフ・マリノフスキーの日記には、「今日も調査が進まずに小説ばかりを読んでいてしまった」というような記述が頻繁に出てくるのですが、こうした罪悪感は自分だけでないのかもしれませんね。

 しかし、仕事と娯楽をトレードオフに捉えすぎていたのかもしれないなと、他方で思います。当然かもしれませんが、むしろ相互補完的な面もあるのでしょう。特に社会科学の研究では、対象を単純化して捉えようとすることが多いので、ドストエフスキーの小説のように人間社会のきわめて複雑で多様なあり方を教えてくれる作品からは、よい刺激をもらえます。