矢野眞和『試験の時代の終焉―選抜社会から育成社会へ』

試験の時代の終焉―選抜社会から育成社会へ

試験の時代の終焉―選抜社会から育成社会へ

教育経済学、特に人的資本理論を下敷きに選抜、およびそれに対する人々の認識を問題にした本。

人々を競争させて選抜する時代は終わったのであり、これからはいかに育成するかが重みを増す、発見・選抜・育成の時代だというのが骨子。

本書が出版されたのは1991年で、この後の長期不況に伴う労働需要の減少を考えると、教育によって育成すればよいとは単純には言えないと思う。いくら人材があっても、仕事のパイが限られていたらどうしもないからだ。しかし、様々な収益率のデータを引き合いにだし、教育には生産性を高める力があるとする著者の主張はとても説得的である(なお、人的資本理論=学歴別による収益率測定と思われがちであるが、本当は教育の生産性について注目するものである)。目下問題になっている大学全入時代などを考える上でもとても重要だ。

また、第4章は「プロ野球に学ぶ」と題されており、ドラフトの順位とその後の活躍の関連について論じられている。それによれば、ドラフトで1位・2位で選ばれたものを別とすれば、3位以降で選ばれた者は活躍の水準に目立った違いはない。

つまり、能力が数値化されている度合いが高く、それが極めて可視的であると思われているプロ野球の世界でさえ、明確な選抜を行うのは難しいということ。だから選抜よりも育成が大事ということで、なるほどと思った。

それから、選抜の際に情報を完全することの不幸を論じた上で、「知識の水準を保った上で、情報をより不完全にする」という主張が印象に残った。
つまりは、ありとあらゆる基準を考慮した合理的すぎる人材配分は行わない方がよいということ。

もし実現しようと思ったら正統性の確保との兼ね合いが難しそうだが、今で言うハイパー・メリトクラシーに対する処方箋の一つなのかなと思った。